1話 『砂漠の憩い亭』
「それにしても、この雨は、一体全体何なんだろうねぇ」
入ってきたばかりの黒ずくめの客を特段気にかける様子もなく、カウンター席に陣取っている男の一人がごちる。
まったくだと、うんざりした様子でその隣の男が相槌を打つ。
「しっかしまぁ、よくも毎日、毎日、こんなに降るもんだぜ」
「違ぇねぇ。毎日雨だっつぅのにちっとも涼しくなりゃしない。いつからグロッシュは蒸し風呂になっちまったんだ?あ~ぁ、毎日ここに来れれば最ッ高なのによォッ!」
男達は異口同音に同意を示し、手にした酒杯を煽る。どうやら四人組のようだ。四人が四人とも大柄で筋骨逞しい。袖なしのシャツから覗く腕は揃って丸太のようだ。
「ウチにもここと同じくらいの融合結晶が欲しいもんだぜ」
「オイオイ!そんな事になったらうちの商売上がったりだぜ!最もコイツらの出所は、お前らも良〜く知ってるだろう?どうだ!?ひとっ稼ぎ、遺跡まで行って採ってくるってぇのは!?」
聞き捨てならぬと言わんばかり、酒場の店主がすかさず横槍を挟む。無論、こんなやり取りも常連だからこそなのだろう。男たちはと言えば、
「無茶言わないで下さいよォ。この店のクラスのクリスタル・クリスティオを採るのがどれだけ大変か、知らないわけないでしょう?俺らじゃ、命が幾つあっても足りないッスよ〜。なぁ?」
店主の勢いに負け、困り顔で仲間に助け舟を求めるも、
「オゥ!行ってこい!」
「ガンバレ!!」
と、仲間たちは同意を求められても適当に誤魔化し、追い打ちを掛ける始末。
「まっ、精々頑張るこったな!」
とは、店主である。弱り果てた男にしてやったりの笑顔でと止めを刺す。茶化すだけ茶化して、誰一人として可否については議論すらしない。
しかし、それもこの品物の出自を思えば無理からぬことだった。
《クリスタル・クリスティオ》またの名を《トルクオ・クリスティオ》。精霊力と魔力を宿した融合結晶の中でも、『水神・トルクオ』の力を宿した、透き通る清水の如き融合結晶は、その場の空気を清め、涼やかさをもたらす。
店の中央に造られた吊り棚の上には、大の男が一抱えでも足りない程の見事な結晶が鎮座している。
ここ、グロッシュ地方はクリスタル・クリスティオの一大産地なのだ。しかし、何故、熱砂と烈風に覆われたこの地で水神の力を宿した結晶が採れるのかは未だに解明されていない。
ともあれ、一大産地といえども、これ程見事な結晶には早々拝める代物ではない。
「それにしても、こんな灼熱地獄の土地で、水神の力を宿した鉱石が採れるなんて、なんとも皮肉な話だぜ。リンクォの神さんもホントに洒落が効いてるってもんだよなぁ」
「ホントに違ぇねぇ。さすがユーモアの神!こんなに笑える話はありゃしねぇやなァ」
半ばやけっぱちの様相で、四人組はゲラゲラと一際大きくけたたましい笑い声を店内に響かせる。
確かに皮肉な話だ。地上は火神・スペサルの影響力によって、グラグラ煮え立つような暑さだというのに、クリスタル・クリスティオを始め、南の遺跡群からは様々な鉱物と魔法の品がされる。
地下には水脈があり、なんとか穀物も育てることができる。その穀物を蒸留した火酒もまた、この地方の特産品になっている。
半ば世間から見放され、ならず者達が集まり、周囲を開拓したこの土地は、決して相容れることのない二つの恵み〜無論、水神と火神の恵みのことだ〜無くして、成立し得ないのだ。
まして、そのどちらの恵みを得るにも過酷な環境はつきまとう。
矛盾と過酷な環境。その中で生きる男達が心身ともに逞しくない筈が無い。
その屈強な男達をして、酷だと言わしむるのだから、この店の融合結晶の価値は、やはり、計り知れない。
(いや、なればこそ……か……)
黒ずくめの客は、影を思わせる、気にも留めない程の希薄な存在感で、周囲の会話に聞き耳を立てながら、独り思考を巡らせていた。