性癖、なのですか?
旦那様とゼノさんが目を瞬かせ、二人で顔を見合わせる。
私の意図が少しもわからないといった様子だ。
「あ、でも私、怒ってないとは言ってませんからね。まず理由をお聞きしたいです。なぜこんなことをなさったのか。というか、いつもこんなことをなさっているのですか? だから離婚を繰り返して…………はっ! そうだわ、あのオイル! あれは何か公序良俗に反する薬物の類では? 私を昏睡させるための――」
すかさずゼノさんが反論した。
「聞き捨てなりませんね。あれは正真正銘ただの美容目的のオイルですよ。少し気分を高揚させる効能はありますが、材料はすべて合法のものですし、なんでしたら成分を調べていただいても結構です。だいたい、そんな媚薬みたいなファンタジーなシロモノがこの世に存在するわけないじゃないですか。ただ奥様が俺の愛撫で気持ちよくなられただけなのに、悪しざまに言いがかりを付けるのはやめてください」
「そ、そちらこそ、語弊がありまくる言い方は慎んでくださいっ」
「そう、そうなんだよ、ゼノの腕は一級なんだ!」
なぜか旦那様が嬉しがっていた。
「ゼノは女性を落とすとき、小細工などは一切弄しないんだ。もちろん無理強いもしない。いつだって正々堂々女性を歓ばせて、その身も心も手中にする。これはもはやプロフェッショナルの域だよ。彼の技は匠だ。だからシルビアのもとに寄越した。私では無理でも、彼なら君の初めてを最高のものにできると思ったからね」
正々堂々?
私寝てるあいだに剥かれましたが……
というか、んん?
んんんん?
「ちょ、ちょっと待ってください、旦那様。この一件は、まさか私のためを思って、なんて言わないですよね」
「もちろん、君の喜ぶ顔が見たかったからだが? それに、妻が最高の男に抱かれ歓びに打ち震える姿が見れて、私も興奮する。そして、その素晴らしい情事の余韻にひたる愛しい妻を、最後に私が抱く。その瞬間だけは、私ごときが妻を抱くことを許される気がするのだ。……この手の内を知らなければ、君は筆舌に尽くしがたい素晴らしい初夜を彼とともに過ごせたはずだよ」
「旦那様……」
もはやドン引きだった。
「何を言っても無駄ですよ、奥様。旦那様はこういう方なんです。そのやり方があなたのためになるものだと本気で信じておられる。今までの元奥様たちは、俺との不倫を一定期間楽しまれてから、あとになって良心の呵責に耐えかねて自ら離婚を申し出るか、旦那様の性癖を異常視なされて口止め料を手に出ていかれるか、だいたいそのパターンの域を出ませんね」
「『性癖』、なのですか?」
「立派な異常性癖です。いわゆるNTR属性ですよ。ご存知ない?」
「そんなディープな世界、知る機会があったと思います?」
「まあ奥様のようにすれてない方には、正直おすすめできない遊び方ではあります。経験則では、真面目でお優しい方ほど間男のことも簡単には切り捨てられなくて、結果ずぶずぶにハマって破滅するんですよね。図太くないとNTRを楽しむのは無理です。そもそも、処女に勧めること自体論外ですけどね」
……さっきも思ったけど、なんで処〇ってばれてるの!?
「私はそこまで図太い自覚はないが、とても楽しんでいるよ」
誰も聞いていないのに、旦那様が能天気に発言した。
「だから旦那様はただの変態なんですってば。普通の人は、妻が自分以外の男に寝取られるなんて耐えられませんから」
「そうだろうか? 愛する妻の一番美しい姿を客観視点で拝めるなんて最高じゃないか。体力が削られない分頭も冴えているから、より鮮明にその場面を記憶できるし、竿役の一連の動きを追えるのもいい。また寝取られた側の心理状態として、妻を奪われて傷ついたような、けれども得も言われぬような倒錯的な興奮を覚えるような、その板挟みの良さを知ってしまえば、もう元には戻れないよ」
さらに旦那様の熱弁は止まらない。
「加えてシルビアは処女だ。来訪を待ち焦がれていた愛しい妻の初めてが、自らの従僕によって奪われてしまう貴重な貴重なレアイベントなのに、悠長に待てるわけがない」
「そのせいで失敗したのわかってます? 言っておきますけど、今回俺に落ち度はありませんからね。もう少し時間をかければ確実に成功してましたから」
「そこはお詫びの言葉もないよ。ゼノが優秀なのは私が一番よく知っている。だから大切な妻を預けたのだ」
……
……これ、喜んでいいの?
一つわかったのは、旦那様は一応私を大事に思ってくれていて、なおかつ自分なりの方法で私を愛そうとしていたということ。
かなり独創的なやり方ではあるけど。
そう思い至ると、私の中でどうしても気になることが出てきた。