いつもこんなことをしているの?
「き、」
叫びそうになった私の口を、ゼノさんが思いきり塞ぐ。
「お、落ち着いてください奥様、お願いですからどうか落ち着いて……」
何を言ってるの、この人。
寝てるあいだに服を脱がされて、落ち着いていられるわけないでしょう……!
少しは仲良くなれたと思ったのに。
信じてたのに。
どうして、どうして。
「聞いてください、奥様。私はただ、全身のオイルマッサージをさせていただくための準備をしていただけです。お召し物を汚してしまってはいけませんので……」
「全身の、オイル、マッサージ……?」
「先ほど奥様にもきちんとご承諾いただきましたよ。たしかに、奥様が眠っていらっしゃると気づかず、そのまま進めてしまった俺も悪いですが……」
「マッサージ? マッサージのため?」
「もちろんです。それ以外になんの意図がありましょうか」
必死なゼノさんを見ると、私のほうが悪者のような気さえしてくる。
彼は施術者としての仕事を全うしようとしただけ?
マッサージ、そうかマッサージ……。
マッサージのためなら、裸になるのも仕方ないのか。
……
……
って、そんなわけあるか!
「と、とにかく、服を返しなさい。さあ早く!」
私が声を荒げると、ゼノさんは渋々夜着を差し出した。
この期に及んで「お手伝いしましょうか」などと抜かす彼を無視して、即座に頭から夜着を引き被る。
なぜこんなことになってしまったのか。
信頼して身を任せていただけに、その分裏切られたという気持ちは大きかった。
「いつもこんなことをしているの?」
「……それが俺の仕事ですから」
「旦那様はご存知なの? その、ほとんど裸で受けるマッサージのこと、とか……」
「もちろんです。すべて旦那様のご指示によるものです。旦那様は、奥様に最高の癒しの時間をご提供したいと仰っていました。これは旦那様の愛情に他なりません」
「愛情って……」
ゼノさんの奇妙な言い回しに首を捻る。
「じゃ……じゃあ、今あったことを旦那様に報告してもいいのね?」
「どうぞ。俺はやましいことなど何一つしていませんから」
ゼノさんはもう焦ってはいなかった。
それどころか、完全に目が据わっている。
むしろ、こんなことくらいで騒ぐ私のほうが悪いとでも言いたげだ。
「じゃあ、そうね……。後ろ暗いところがないのなら、お義母様にも報告して構わないわね?」
「そ、れは……っ」
「あら、旦那様はよくてお義母様はだめなの? なぜ?」
「いえ、ですから……あまり大ごとにされてしまうのは、ちょっと……」
「やましいところがなければ大ごとになんてならないでしょう。大げさに騒ぎ立てた私が常識知らずだと笑われて終わりよ。……ひょっとして、旦那様もグルなの?」
「ああもう、めんどくせえ」
今まで丁寧な所作だったゼノさんが、急に自身の赤毛を乱暴にかきむしる。
私が何か言う間もなく、彼は大声を張り上げた。
「だから言ったんですよ、初日はさすがに無理だって! 旦那様のせいですよ、どうするんですかこれ!」
すると、ギィという音とともに、ドアがゆっくりと開いた。
金髪の美青年――旦那様が、ためらいもなく室内に入ってくる。
「ノックもなしに失礼」と形ばかりの謝罪をして。
「仕方ないだろう、ゼノ。だってシルビアは処女なんだぞ。そんなの一日だって待てる気がしない」
「だからってがっつきすぎなんですよ、この変態公爵。ご自分の奥様の初めてを従僕に奪わせようとするなんて、ホント理解不能な性癖ですよね。とにかく、俺はもう今夜は下がらせていただきますよ。修羅場に巻き込まれるのはごめんだ」
「まあ、それは私も許可してあげたいところだけれど……おそらく無理な話だと思うよ」
だってほら、と旦那様が私を見やる。
「鬼のような形相だ。これは絶対逃げられないから、ゼノもここにいて私と一緒に罵倒されよう。修羅場というものは、何度かいくぐっても慣れるものではないんだ。頼む、私を助けると思って」
彼らのやりとりを、一言だって聞き漏らすまいと、私は真剣に耳を傾けた。
ゼノさんのさっきの奇行は、信じたくないけど、旦那様が仕向けたことに間違いないようだ。
しかも二人の口ぶりは、明らかに常習犯のそれだ。
反省の色もなし。
……こんなの、一人で熱くなってるほうが馬鹿らしい。
急激に冷めて、私は冷静さを取り戻していた。
とんでもない人たちだけど、今は二対一でこちらが不利。
糾弾して逆上されても困るし、どうしたものか。
すると、旦那様がため息混じりにゼノさんにこぼす。
「……今回こそは、と意気込んでいたんだけれどなぁ。残念だよ……」
「そうだったんですか? あまりに急かすから、俺はてっきり投げやりになられたのだとばかり」
「とんでもない。好きだからこそ我慢できなかった。彼女のことを念入りに調べ上げ、時には自ら足を運んで普段の様子を見にいくことさえした。それで好意を抱いたからこそ結婚を申し込んだんだ。なんとも思っていない女性をゼノに引き合わせようとはしないよ」
「なら尚更、もっと慎重にいくべきでしたね。一日もたないとか最短記録更新じゃないですか。また社交界に話題を提供なさるとは」
「言わないでくれ、今は正論が痛い。……はぁ、また離婚か。あとで手続きといつもの口止めの件、よろしく頼むよ」
「は? 嫌ですよ。そんな仕事は他のやつに振ってください。でかいリスク負ってるんだから、甘い汁しか吸わないっていつも言ってるでしょ」
「まったく主人に不実な使用人だ。――――さて、待たせたねシルビア。覚悟はできた、存分に私たちをののしってくれ」
ずっと静観していた(ツッコミが追いつかなかった)私に、旦那様が話を振ってきた。
出方を決めかねていたけど、目の前の二人があまりにあけすけなので、あえて私も思ったことをそのまま口にした。
「ご事情がわからないうちは、無闇に責めたりなどいたしませんよ。まず、当事者の私抜きで勝手に話を進めないでいただけます?」