気持ち良すぎて……
足の下に拭布を敷かれる。
ゼノさんの手によって、温かいオイルが膝下から足先までまんべんなく塗り込まれていく。
末梢から中枢へ血液循環にそってマッサージすると、血のめぐりが良くなって、足の疲労回復に繋がるのだと教えてもらった。
「とても良い香り……なんのオイルですか?」
「香油にリンゴ、ザクロ、イチジク、それから蜂蜜を混ぜたものを使っています。気持ちを落ち着かせ、リラックスできる効能があるんですよ」
ゼノさんはこまめにオイルを追加しながら、足の甲や足指の一本一本まで丁寧にもみほぐしてくれた。
考えてみれば、足なんて家族にもなかなか触られたりしない部位だ。
恥ずかしいけど、でもそれを上回るくらい気持ちいい。
足の裏、最高……。
特に今日は慣れないヒールで疲れたし。
足首から脛・膝下にかけて、手のひらでぐぐーっと押し上げてくるのもいい感じ。
それから……ああ! ふくらはぎ!
ふくらはぎぃぃぃ……、……
「はぁ〜〜天国……」
「お褒めにあずかり恐縮です」
はっとして口を押さえたけど、もう遅かった。
は、恥ずかしい!
心の声がだだ漏れに……!
「す、すみません、はしたなくて……」
「いえ、とても光栄です」
ゼノさんが声をかみ殺して笑っているのがわかる。
やってしまった。
しばらく猫をかぶるつもりだったのに、初日でもうボロが出てしまった。
……いや、ここは前向きに考えよう。
むしろいい機会だ。
無理して気取った奥様を演じるより、もっと素を出したほうが、使用人の方々とも仲良くなれるかも。
そのほうがきっと楽しいはず。
「白状すると、私今すごく舞い上がってるんです。嘘みたいに素敵な方が旦那様で、夢みたいに広いお屋敷で、こんなに贅沢な時間を過ごさせてもらって。だめですね、公爵夫人としてもっとしっかりしないといけないのに」
「いいじゃないですか、なにせ新婚ですし。それにここはもう奥様のお住まいなのですから、楽になさっても大丈夫ですよ」
「そうもそう、なんですけど。私油断するとすぐ気が緩んじゃうので、なんだか今から不安で……」
「奥様は真面目な方なんですね。それにお優しい。俺みたいな従僕にも気さくに話してくださって。旦那様はきっと、奥様のそんなところをお気に召されたのでしょうね」
「そ、そうでしょうか……」
「そうですよ。奥様のような方に来ていただけて、少なくとも俺は嬉しいし、正直ほっとしたんです。……こんなこと言ってはいけないかもしれませんが」
褒めて……もらえた?
お世辞だとしても素直に嬉しい。
そうか。
もしかしたら、何人もの奥様方の中には、使用人の方々に当たりのきつい人もいたのかもしれない。
……ん? そういえば。
「ゼノさん、このお屋敷はとっても広いのに、従者の方々はあまりお見かけしないような気がします」
「ああ、それは旦那様の方針ですね。あの方は少し酔狂なところがありまして、ご自分の身の回りのことは、人の手を借りずとも一通りお出来になるんです。ようは、なんでもご自身でなさるのがお好きなんですね。ですので、使用人も最低限の人数しか置いていないのです」
なんと、意外や意外。
ちょっと親近感。
「ゼノさん。よかったら、旦那様のこと、もっと教えてくださらない?」
「旦那様ですか? そうですね……。まず非常に物欲の乏しい方で、ご自分のために派手な暮らしをしようとは決してなさらないですね。あの方がお金に糸目をつけない使い方をするときは、たいてい他人のためです。旦那様のお部屋は実に簡素なものですよ。こう言ってはなんですが、個人の私室としては、奥様のこのお部屋が屋敷中で一番広くて豪華です」
「ええ!? そ、それは申し訳ないことだわ。だったら私も最低限の部屋で構わないのに」
「それがあの方の喜びなんですよ。あの方はご自身が贅を尽くすよりも、乳児院や児童養護施設、医療施設などにご寄付をなさるほうがお好きなようで」
「まあ、素晴らしい方だわ」
旦那様……あんなに素敵で地位も名誉もあって、そのうえ人格者だなんて。
伴侶のこともご自分以上に尊ばれているし、もはや非の打ち所がないのでは……
あれ?
でもそれなら、どうして今までの結婚は続かなかったんだろう。
……ダメだ。
気持ち良すぎて眠くなってきた。
全然頭が働かない。
すごく良い香りに包まれて幸せだし……温かい手だし……
まぶたが……重い……
「……奥様、次は……していきますので……、……」
ゼノさんが何か言ってる。
とりあえず返事だけしておこう。
終わったら起こしてくれるよね……。
……
……
……?
……??
??????
急に寒くなった気がして、思わず飛び起きた。
まず最初に気づいたのは、自分が下着姿になっていたということ。
そして、今まさに、その上半身の下着に手をかけようとしているゼノさんと目がかち合った。




