マッサージ、ですか?
晩餐を終えたあとは、広くて綺麗な湯殿で下女さんに体を洗われた。
自分で薪を割って沸かす、寒空の下で入るお風呂とは比較にもならない。
信じられないほど贅沢な時間だった。
でも、他人に体を洗われるのはやっぱり抵抗がある。
お風呂くらい一人でゆっくり入りたい。
そう言ったら、あの下女さんの仕事はなくなってしまうのだろうか。
……そのうち慣れるかな。
与えられた自室に戻ると、ようやく少し肩の力が抜けた。
「うわぁ……」
思わずため息が漏れる。
あらためて豪華な部屋だ。実家の客室の何倍も広い。
綺麗な模様が一面に描かれた淡い緑の壁に、床に敷かれた赤い絨毯。
あつらえられた家具や調度品もいかにも値打ち物であり、かつ品が良い。
私には完全に不相応な部屋だ。
それなりに私を大事にするつもりがあるということなのか、はたまた公爵家としての意地なのか。
しばらく呆けていると、前触れもなく扉がノックされた。
「夜分に失礼いたします。奥様のお世話を旦那様より仰せつかった者ですが……」
「は、はい。どうぞ」
「失礼いたします」
うやうやしく一礼してから入室してきたのは、黒のシックなお仕着せを着た赤毛の長身男性。
それも、とびきりの美青年だ。
年は旦那様と同じくらいか少し若いかもしれない。
あれほど他に類を見ない美形だと思えた旦那様とも、十分張り合えるほどの容姿だ。
垂れ目で甘いマスクの旦那様に対して、この赤毛の彼は、鋭い目つきのピリ辛系だ。
さすが公爵家。
従者にまでもぬかりがない。
旦那様と並び立てば、さぞや絵になる主従コンビだろう。
「ゼノと申します。本日は奥様の美容術と漸進的筋弛緩術を担当させていただきます」
「え? は、はい、どうも……?」
ゼノと名乗った赤毛の美青年は、再び一礼したのち、私を寝台へと促した。
たしかに旦那様には前もって聞かされていた。
腕利きの施術者を向かわせるから、部屋で楽しみに待っていなさい、と。
いや、でもこれは――。
(まさか、男の人だなんて……)
寝台におそるおそる腰かける。
私の戸惑いを読み取ったのか、ゼノさんが目を瞬かせた。
「奥様、もしかして緊張なさってますか?」
「は、はい……こういう贅沢の極みみたいなものは初めてで」
「贅沢の極みって」
軽く吹き出されてしまった。
鋭い目だと思っていたけど、笑うと意外にかわいい。
「なるほど、初めてなら緊張されて当然です。でも俺上手いんで、安心してリラックスしてくださいね」
「は、はい、よろしくお願いします……」
彼の指示通り、あれよあれよという間に夜着のまま寝台にうつ伏せにさせられた。
初めに背中全体を拳でトトトト、と緩やかに叩かれる。
次に肩回りや腰回りを重点的に、割と時間をかけて丁寧にほぐされた。
何をされるのかと不安だったけど、これなら亡くなったおばあさまにやっていた肩たたきとあまり変わらないかも。
しばらくすると、背中全体のマッサージに移行した。
もしかしたら、私の緊張が解けるのを待ってくれていたのかもしれない。
背中を両手で押し上げ、左右対称に大きな細長い円を描く動きを何度も反芻された。
これは、気持ちいい……。
普段意識してなかったけど、実はかなり凝っていたことに気づいた。
人を雇う余裕なんてなかったから、日常の家事労働は当たり前だったし。
肩回りや腰回りの指圧も、私の反応に合わせて力を調節してくれている。
ちょうどいい、または痛気持ちいいゾーンも、しっかり探り当ててくる。
さすが、自分で上手いと豪語するだけのことはあった。
ああ……最高……。
なんという癒し。
これはちょっとハマってしまいそうで危険かも。
上の暮らしを知ると生活水準を下げられなくなるとは言うけど、今ならその先人の気持ちがよくわかる。
ダメだ、いつまた貧乏に逆戻りになるかもわからないのに、こんな贅沢に流されるわけには……。
……あ~~、服の上からでも手のひらの温かさが伝わってきて気持ちいい~~
タッチングって全生物の癒しの基本かもしれないなぁ……
「奥様、次は膝下からのオイルマッサージをさせていただきますね。一度仰向けになっていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、は、はい。お願いしま……」
くるりと寝返ったところで、私は言葉を失った。
ゼノさんとばっちり目が合う。
今までずっと体を触られ続けて今さらなのに、彼と向かい合うことがこんなにも恥ずかしいものだとは。
目が合ったことで、彼はさっき見せた柔らかい笑みをもう一度私に向けてきた。
ちょっと待って。
このまま膝下のマッサージを受けるの?
無理無理、恥ずかしくて死んでしまう。
よりにもよって足、しかも向かい合わせなんて絶対無理ーーーー
「……あの、すみません。やっぱりさっきみたいに、うつ伏せでしてもらうことってできませんか? その、顔を見られるのが恥ずかしいので……」
「では拭布でお顔を隠しましょうか? こうやって鼻と口を避ければ、苦しくありませんよ」
「あ、は、はい、これなら、まだ……」
「よかった。奥様は新しい環境で気疲れなさることも多いでしょうし、少しでもくつろげるようお手伝いがしたいので、何かあったら遠慮なく仰ってくださいね」
ゼノさんのその言葉にジーンとする。
そうよね、私のためにがんばってくれてるんだから、私も雑念は捨ててしっかり癒やしてもらおう。
相手はプロだ、きっといいようにしてくれる。




