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過去はさておき素敵な旦那様です

「初めまして、クラース男爵令嬢――――いえ、シルビア。ようこそ我が屋敷へ。あなたを妻として歓迎いたします」


金髪碧眼の美青年が膝を折り、私の手の甲にそっとキスを落とした。

流れるような所作に思わず見惚れる。

この方が、かの有名なライゼル公爵様。

今この瞬間までお会いしたこともなかった、私の旦那様。


「シルビア・フォン・クラースです。ふつつか者ですが、どうぞ末永く……」


「そんなにかしこまらないで、どうか楽にしてください。長旅でお疲れでしょう、すぐにあなたの部屋に案内させます。まずはゆっくり体を休めて、またのちほど晩餐でお会いしましょう」


そう言って、公爵様は私にニコリと微笑みかけた。

この笑顔だけでも、すさまじい破壊力だ。

第一印象はこれ以上ないほど最高。

貧乏男爵令嬢の私なんかには、もったいなすぎるお方だろう。

本当なら遥か雲の上の人だったはずで、一生接点なんてなかったに違いない。

それがたった一度の夜会で、なぜか私を見初めてくださったのだそうだ。

言葉も一言ですら交わしてなんかいないのに。

すべてにおいて平凡の域を出ない私の、何をそんなに気に入ってくださったのか。


公爵様からの結婚の申し入れを、お父様が一も二もなく承諾なさったのは当然のことだった。

何しろうちが抱えていた莫大な借金を、結婚を条件に、公爵様がすべて肩代わりすると申し出てくださったのだから。


私はまるで奉公にでも出されるように、こうして慌ただしく嫁いできたというわけだ。

婚約期間なども一切なく、すべてをすっ飛ばして交わされた婚姻だった。

――まあ、そもそも貴族の結婚は親が決めるものだし、顔すら知らない相手でも、親の意向に従うのはごく一般的にあり得ることだけど。

そもそもこの結婚を断れば、そう遠くないうちに、我が家は全員路頭に迷うしかなくなるし……。

公爵様には本当に感謝している。


だからこそ、と言うのも変な話だけど。

正直、チ〇デ〇ハ〇の三重苦くらいは覚悟していたのよ。(令嬢にあるまじき発言)

とんでもない年の差婚とかもね。

それが、まさかこんなにお若くて素敵な方だったなんて。

私、一生分の運を使い切ってしまったんじゃない? 大丈夫?

道中、馬車の中でずっと不安だったから、その反動でつい浮かれてしまう。

我ながらチョロい。


……とはいえ、全部が全部うまい話なんて、やっぱりあるわけなくて。

一つだけ、気がかりなこと。

それは旦那様の結婚遍歴についてだった。




夜、晩餐をともにしながら、旦那様はまず結婚式に関することで私に謝罪をしてきた。


「本当にお詫びの言葉もないよ、シルビア。以前手紙でも伝えたとおり、挙式は身内だけ、そして披露宴は基本なしということになってしまうのだけれど……」


「構いません。私はもう十分すぎるほど旦那様によくしていただきましたし、これ以上はかえって心苦しくなってしまいますから」


「そうかい? しかし、やはり初婚の君には申し訳ないことだよ。なに、外部から人を呼ばないだけで、祝宴そのものは内々でもできるし、やりたいことがあれば遠慮なく言ってほしい。何度お色直しをしてもいいし、この屋敷や庭園中に薔薇やキャンデラを飾って二人で散策するのもいい。それから、君の美しい花嫁姿をぜひ肖像画にも残そう。楽しみだ」


――そう。

私にはこれが初めての結婚でも、旦那様にとっては違う。

しかも、バツ1、2なんて生易しいレベルではない。

たかだか数年の短期間で、旦那様は結婚と離婚を繰り返しておられる。

もはや片手では収まりきらない回数だとか。


これが、社交界に疎い私でも旦那様を存じ上げていた理由。

披露宴を大々的に行えないのも、旦那様のお母君ははぎみが、もはや結婚に関する何もかもに辟易しておられるからなのだそうだ。

どうせまた息子は離婚するから、披露宴などやるだけ無駄と思われているのだ。

どちらかと言えば、私はお義母様のお気持ちのほうに共感するので、披露宴に関して不満はまったくない。

上流階級の方々の集まりは苦手だし。


そんなことよりも、なぜ旦那様の結婚生活が今まで長続きしなかったのか、その訳のほうがよっぽど気になる。


旦那様は私より七つ年上の二十五歳。

まだその若さでいくつもバツが付いていれば、どうしても、何かあるのではと勘ぐってしまう。

一度は一生を共にすると誓い合ったはずの二人の絆が、無残にも壊れてしまうほどの何かが。

浮気、暴力、金銭問題、性格破綻、親族問題……。

私の乏しい想像力では、これくらいしか思いつけない。

ああ、性の不一致とかもよく聞くやつ。


何はともあれ。

こうして旦那様にお会いして、直接言葉を交わしてみて、一つわかったことはある。

きっと、この方は女性にもてすぎるのだ。

この容姿と人当たりの良さだもの、女たちが黙っているはずがないのよ。しかも彼は公爵様。

さしずめ、私は形だけの妻として呼ばれたのだろう。

旦那様がいくら浮気したって、借り(借金)があるから文句も言えないし、実家に逃げ帰ることもできない。

都合のいい女。


……ダメだ、やめやめ。

これからパートナーになる人の粗探しなんて、しても気が滅入るだけだ。

暴力や金銭問題でさえなければ、浮気なんて害のうちにも入らない。

ドライにいこう。

惚れた腫れただけでご飯は食べられないのよ。

もう実家には帰れないし、ここに置いてもらえるだけでもありがたいことなんだから。

私はここで、生き残らなくちゃ。


何も知らずにいる旦那様に、私はニコリと微笑みかけた。

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