一目惚れ
王道BLを読み漁っている時にパッと出来ました。
俺は見つけてしまった。
今まで見たことも無いくらいに男を感じさせるフェロモンを垂れ流し、しかし軽い雰囲気がある訳でも無く、ただ誰もがついて行きたくなってしまうカリスマ性を醸し出すお方を。
少し長めの襟足は、サラリと揺れる度に数メートル離れているにもわらずそこから芳しい薫りが放たれているかの様に錯覚させ、甘い蜜を出す美しい花に誘われるミツバチの如く惹きつけられる。
きれいだぁ…
その方を見つけた瞬間、意図せずそう口からつぶやきが漏れてしまった。
俺は別に同性愛者なわけでは無い。
身長は平均でモテる顔つきでも無いが、少なからず友達には好かれていると思っている。
事あるごとにお前はバカだなぁ、いい事だと頭をガシガシ撫でられる。
そんな愛されるべき平凡顔の馬鹿である。
簡単な嘘も見抜けないほどの、寧ろ本気にして何故か怒らせてしまうくらいの馬鹿だけど、普通に可愛い女の子が大好きだ。と、ついさっきまでは思っていた。
ザ・雄!って感じの超絶美しい、超絶色気を垂れ流した、超絶カッコいい、至極光栄なことに俺とおんなじ制服を着た後光の指すお方が現れるその時までは。
それは高校の入学式の時の事だった。
田舎町の出身で、その高校以外電車で1時間以上かかる場所にしか高校が無くて、男子校で女子がいないことだけはとんでもなく心残りだったけど、中学でそこそこ仲の良かった奴も行くって事もあってまぁいっかとその男子校にした。
半寮制みたいなその高校では通ってる生徒の殆どが寮に入って通ってるけど、俺は山から降りてちょっと行けば家があるから、そこから通学してるんだ。
で、入学式にちょっと本当にちょっとだけ寝坊して母ちゃんに叩き起されて、友達にも置いてかれてひいひい言いながら山を登ってなんとか入学式開始の数十分前に校門まで辿り着いたんだけど、息切れが酷すぎて20km以上走り切ったマラソンランナーみたいに足ガクガクさせて座り込んでた。
そのまま這う気持ちで入学式会場である体育館にのろのろ向かっていたら、校舎の方から一人走ってくる足音が聞こえたんだ。
後十分もしない内に入学式が始まってしまうというのに可笑しいなと自分の事を棚に上げて振り返ると、魅せられた。
襟首まで伸びた濡鴉色の艶髪を春の風に遊ばせ、切れ長の目と凛々しい眉を中央に寄せた不機嫌な、でも美しい造形を保った超絶美形が小走りで体育館へ向かっている。
誰だろう、仏様かな…?
仏様が学生服を着ている若者なのかという点が甚だ疑問だろうけど、俺の家はずっと仏教徒だったから神様よりしっくりくる常軌を逸した存在が仏様だったのだ。
そんなことより、あの天の遣わした麗しき人?である筈の人は一体誰なんだろう。
俺の理想の大人の男像をそのままを体現したような男の人だ。
見つめているだけで勝手に心臓がドキドキと早鐘を打つ。
ボケっとした阿呆な顔を晒しながら麗人に見惚れていると、夜を埋め込んだ様な瞳と目が合った。
あ、やっぱり奇麗だ。すげえ、何がって俺の語彙力じゃ表せないけどすげえ。
麗人の造形から瞳に視点を移してまたボケっと見惚れる。
段々見えやすくなるその美しき顔に跪きたい気持ちと感動が増大してくるのを感じながら、只管見惚れた。
ほへー、こんな完璧な容姿はどうやって作られるんだろう。なんか、創りたもうた誰かに感謝したい。すげえ、すげえ。
もはやすげえとしか言い様がないくらいに麗人が麗しい。
いや俺が馬鹿だからっていう理由も勿論あるんだけどさ。
そんな馬鹿な事を考えながらも目線は麗人から外れない。離せない。
あ、近くで良く見て見たら紺色っぽいのも混ざってる瞳の色だ。益々奇麗だなぁ…。こんな宝石みたいな瞳だったら俺死ぬまでだって見ていられるかも。
しかも、肌がめっちゃツルツルだ。
ニキビなんて出来た事ないんじゃないかってくらいの珠肌だ。
それは女子に使う言葉だったっけ?まあとにかくめっちゃ奇麗ってこと。
滑らかで毛穴なんか見えない上、物凄い美貌だからもうとんでもないったら無い。
創りたもうた誰か出て来い!ジャンピング感謝したい!
脳内でジャンピング感謝のシミュレーションをしていると、毛穴の確認が出来る程に
接近していた美人の透き通る様な美しい指が俺の両頬を抓った。
「へ…?」
何が起こったか理解出来なくて、目前の眉目秀麗なお方を点になった目で凝視する。あ、俺が本当に偶に早起きした時朝焼けの少し前に見れる、濃紺の空の色に似てる。
てか目合っちゃった。どうしよう。天に昇れそう。
一瞬驚いたものの、俺なんかの不浄?な頬っぺに、清いふつくしいお指様で触れてくだすった事自体は光栄以外の何物でもないので、外そうなんて考えもせずに、直ぐにまた美青年の顏に目が止まって惚けたあほ面を晒す。
だらし無く表情筋が緩み続けて、涎が口端から垂れそう、という所まできて摘まれていた頬が更にぐいっと上に引っ張られ、寸での所でそれが回避された事は感謝すべき事である。
この麗人に、自分の汚ったない涎を垂らさずに済んだのだから。
ただ、何故か容赦がなくなった頬を摘む指が、潰されるんじゃないかと思うくらい強く、引き伸ばされているせいで呂律が回らないまま、いひゃい…と言い涙目になりながら現実に戻ってきた事を除くことが出来るのならば尚良い。
「キミ、新入生だろう?」
悪戯さを帯びるその濃紺、いや紫紺色に艶めく瞳が俺を写した。
ていうか、声、声!色気半端ない!!どっから声出したらそんな色気に!って声帯からに決まってるけどそういう事じゃないんだよ!
形姿も優雅で格好良くて目が釘付けだったけど、艶のある判然とした口吻にも聞き惚れるしか選択肢が無い。いや選択肢なんぞ元から無い。
自分が返事をする事でこの幸せな耳の余韻が消えてしまうのが勿体無い。
一瞬、はいと応えるかどうか迷ったが、直ぐにその考えに至り、もう口は一生開かない覚悟でぎゅっと引き結んで噤んだ。
一度口を開いたのに何も言わず黙った俺を訝しげに見て、まだ掴まれたままの頬を縦横無尽にぐにぐにと弄んだ末、むにゅっと顔の部位全部を中央に集めるかの如く頬を潰された。
「ぶむぅ…むむぅ!むむふふ、む…。……うむむっ……………むむー」
「ぶはっ」
豚の鳴き声みたいな、なんて言うのかとりあえず人間ぽくない情けなくて聞き苦しい音が俺の口から漏れる。
いやー!やめてー!!こんな気色悪い音このお方?に聞かせないでー!!
と思ってオミミヨゴシをオユルシ下さい!と言おうと思ったんだけどその声も、ていうか声ですらない。
結構強く掴まれているからか、頬の肉が歯の間に挟まっている状態で舌も思うように動かせないから、全っ然人間語を喋れない。
それに気付いて地獄に落ちるくらいの気持ちで落ち込んで、今度は申し訳ございませんみたいな言葉を言おうとしたのに、言ってから自分が人間語じゃなく、なんと気色悪い音を出しているのかに気付いて一度黙り込んだ。
でも、ちょっと待っても離して人間語を話させてもらえないものだから、あのー、という意味で自分で情けなくなる音を出して、掴んでいる指を離してもらおうと、でもこんな絶世の佳人様に自ら触れるなんぞ悍ましい程にとんでもない事だ、とあたふたしていたら。
目の前の人とも思えないくらいに麗しい顏が、一気に人間味を持った笑みを象った。
「あんまりつれないから意地悪しちゃったけど、想像以上に面白い反応してくれてありがとう」
そう言ってやっと潰れた頬が解放されたは良いけど、言いながら悪戯そうに目を細めて、蠱惑的とも思える艶めいた薄い唇の奥から、紅い舌をぺろりと出されようものなら、鼻血もののドデカい破壊力が、視界の暴力となって俺の眼前に晒された。
折角解放してもらったのに、元から俺の口はこんなに間抜けな形だったっけ、と錯覚しそうになるくらいに、ポカン、と開いたままで、目の前の暴力的ながら魅惑的で、目を離せない天上人?の表情の変化に、瞬きすら忘れて只只魅入った。
「…あれ、話してくれる気になったんじゃなかったのか?」
間近で響き渡る鶯舌が俺の溶けそうな頭に浸透して逸そ蕩けてしまいそうだ。困ったように苦笑するその相貌すら最高にフェロモンもんもんでスゴすぎる。むんむんではない。最早もんもんだ。
でもこのお方を困らせた顔のままにするのは、そのままでも最高にふつくしいし素晴らしいしありがとうございますって感じだけど、俺如きのせいでっていうのは流石に頭が高い。そうさせる俺にむっちゃムカつく。
耳が幸せで勿体ないけど、目の前のこのお方の要望にお応えするべく、渋々ながら口を開いた。
「新入生、デス…」
小さく、出来るだけ幸せな余韻の邪魔をしないように呟くと、目の前で太陽の光が輝いた。いや、太陽と例えることすら拙い。もうあれだよ。もはや森羅万象だよ。それそれ、中々良いこと思い付くな。今の俺ならテストの点数二桁いけるって!マジ楽勝だよ!いや~自分の天才加減が恐ろしいなああはは。
馬鹿みたいに自画自賛している間に、目の前の森羅万象(?)さまの月のように煌めく瞳が優しく細められ、俺の鳥の巣みたいに毛量の多い頭に手が乗せられた。
。。。
ぎゃあああ!!美丈夫の手が!俺のわたあめ(?)に触れたァあ!!
さっき頬っぺをむにゅっとされた事なんぞ忘れ去って大パニックに陥る俺の鳥頭(笑)。
目の前の美男子は唇を弧の形に弛めて、俺の様子を面白そうに見ている。
目が合った。目がァああ!水も純粋すぎると体に毒だと聞いたような聞いてないような事を聞いたが本当だったのかぁあ!(?)
「それならよかった!よしよし、キミの頭、もふもふしていて気持ちいいな」
よしよしされたァあぁああ!!幸せの極み!!俺の頭わたあめで良かった!そして極上の笑み!!生きててよかった!
白くて歯並びのいい歯を見せて完璧な笑顔をお見せになったこのお方が素晴らしすぎて本当に天にも登る気持ち、いや今なら昇天出来る。そう確信した。
よし、この幸せは天国まで持って行こう。そう決意した時、目の前で笑みを浮かべていらっしゃった美丈夫が何かを思い出したようにあ、と口を開けた。
「いけない、急いでいたんだった!キミも新入生って事は体育館に向かっていたんだろう?もう始まる時間だ!走るぞ!」
腕時計を確認する姿さえ魅せられるそのお方にまたもやぽけっと見惚れていたら、そう口早に捲し立てた二枚目は、俺の鳥頭に乗せていた手をパッと退かして、そのままガシッと俺の腕を掴んで走り出した。
うぇ?と間抜けな声を出した俺は引かれるが侭に走って、体育館に到着した頃にハッと今日の目的を思い出した。
着いた瞬間にもう始まっちゃうからと言って口に人差し指を当ててしぃーっというそのお方が眩しすぎて素晴らしかったけど、結局急いで俺を先に体育館に入れた後、凄い速さで体育館の端の方に行ってしまって、名前すら聞いていなかったことに席に着いてから気づいた。
出会えた事は間違いなく人生で一度あるかないかの超超幸運な事だったことは覆しようもない事実だけど、これから先また会えるかどうかわからないと言う事は俺を奈落のドン底に落とした。
同じクラスになったらしい中学で一緒だった奴が、遅刻してきたことを後ろの席からウザイくらい突ついてからかってきたけど、俺はそれに怒ることもノる事も出来ず、ただただ重い重い重~い息を吐いて数秒前の馬鹿な自分を脳内でメッタメタにしたのだった。
「--歓迎の言葉。在校生代表…」
形式的な歓迎なんか聞くだけ眠くなるだけだ。どうせならあの方の美声をもう一度聞きたいもんだぜ。
はあとため息をついて、地面にめり込んでしまいたいくらい俯いて落ち込んでいる俺が、まさかの声に驚いて椅子から転げ落ち、強かに尻を打つまで、後数秒。
短いし半分以上美人を褒め称える事しか言ってないですね。
ちょっと自分がオタクなものでそういう書き方になっているかも知れません。
アニメで美人が登場した時の私の心情がこんな感じですね笑