第1章 雨露生活から卒業したい。1
かつて世界は魔王の侵略を受けていた。人類は魔物に蹂躙され、多くの国家が滅亡した。魔王軍は闇雲を散らし疫病や凶作、異常気象をもたらした。人類は次々に倒れ、遂に人口は魔王台頭前の3分の2近くまで減少した。人々は教会に押しかけ、連日祈りを捧げた。
そして願いは天に届いた。神は人類を見捨ててはいなかったのだ。神は5人の勇者を生み出した。彼等は互いに協力しながら困難に立ち向かい、ついに魔王と対峙した。
「これでトドメだ!」
勇者の1人が聖剣を魔王に打ち付けた。切れ目から白光が立ちこめ、辺りの闇が払われる。
「み、見事…」
魔王は消えていった。世界を覆う闇雲が消えてゆく。世界は青空、自由を取り戻したのだ。
こうして魔王の脅威は去り、めでたしめでたし。英雄譚はこれで終わりを迎える。だが、苦難はここから始まった。
腹が減った。雨露生活20日目。今日も仕事はない。日雇いは既に一杯だった。神に祈ろうが悪魔を呼ぼうが食べ物は降りてこない。教会に出向いたが俺の番になると食べ物の配給はちょうど終わってしまった。
「はあ。魔王、生かしとけば良かったなあ。魔王、もう一回出てこないかなぁ。」
魔王討伐後、冒険者の多くが失業した。魔王の消滅を皮切りに、魔物が魔大陸に引き上げたからである。同じく、俺、クルト・ラングレーも失業した。元はオランド王国の騎士隊長だったのだが、魔王騒ぎのゴタゴタで国が滅んでしまった。幸い国王は無事生きているが、現在王国は深刻な財政難に悩まされており、俺を雇う余裕が無いようで、3日前に元国王に謝られた。彼は国が復興したらまた、雇ってくれると約束してくれたが国が滅んでからまだ、2週間ちょっと。いったい、いつ復興するのか?する事もなく俺は旧王都を彷徨う日々をおくっている。
「しょうがない。これも売るか…」
背負った聖剣に目をやった。白銀の刀身が美しく煌めいている。俺は刀身に力を込める。柄から刀身に真っ直ぐ紋章が浮かび、黄金の光が溢れ出した。
『わしを売るだと?ふざけるな、クルト!それでも誇りある勇者か!!』
聖剣が語りかけてくる。俺はため息をついて刀身に答える。側から見れば一人でブツブツ言っている怪しい男だ。実際に何度か職質を受けている。
『ああ、俺は埃ある勇者だよ。わかってるだろ?』
『クルト……。確かに貴様は〈誇り〉よりも〈埃〉の方が似合うが…て、そんな事を言っているのではない。というか貴様、曲がりなりにも勇者だろう。何故、それを隠す?名乗れば、いや、変身魔法を解けば職など腐る程あるだろう?』
『確かにな。でも、前に話たろ?』
俺はまた、ため息をついて空を見上げた。雲がぷかぷか浮いて、風に流されている。
『全くお前は真面目なんだか、バカなんだか…。だが、どちらにせよ、わしを売るのは言語道断だ。わしは貴様以外を認めるつもりはない!』
『へいへい。わかったよ。お前を売るのはやめにしとく。しかし、本当に困った。金はねえし…。こうなったら最後の手に…ん?なんかいい匂いがすんな。肉か?』
路地の向こうから香ばしい煙が漂ってきた。焼き鳥だろうか?ヨダレが止まらない。肉なんて久しぶりだ。昔、と言ってもつい、1ヶ月前までは肉などそこら中に溢れていたが魔物がいなくなった今、肉は希少だ。数少ない冒険者が魔大陸に乗り込み狩猟したものをたまに見かける位まで減ってしまった。在庫もそろそろ切れ、余計値段は上がっていくだろう。
腹が悲鳴をあげる。自然と足が出た。気づけば俺は路地を疾走していた。煙元に辿り着くとそこには2人の少女と何人かのゴロツキが何やら揉めていた。