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星の王(再構築版)  作者: は
9/10

星より来たるもの




 その都市を囲む山脈の大部分は分厚い氷河に覆われている。


 山麓の平原は春夏に緑豊かな草原となり、山脈を水源とする大河は都市を縦断している。

 聖都アポロジア。

 かつて南東洋に浮かぶ島国に、神々は戦いを挑んだ。彼らが果たして神と呼ばれる存在なのか、確かめる術はない。しかし彼らは神を自称し、その敵対者も彼らを神として扱った。そういう意味ではまさしく彼らは神と呼ぶに相応しい力を有していた。

 が、彼らはこの世界において無名であり、信奉するものは一人とていなかった。もとより超常の力を持つ獣たちが跋扈し物理法則とは別の論理が世界の成り立ちを支える一柱としてみなされる世界である。彼らは神として超越者として君臨するために多くのものを必要とした。信奉者、領土、知名度、そして神が神として振舞うための力の源。彼らの多くは世界を支配する術を求めて、島国を襲った。


 その中にアポロダインという娘がいた。太陽神を名乗る十二の神性、その末妹として魔女による封印を逃れ、少しずつ兵を揃え、彼女なりの正々堂々とした戦いを挑んで、彼女にとっては卑怯なやり方で返り討ちにあった。彼女としては神性が世界を支配管理することは至極当然であり、その信念になんら疑問を持たずに高らかに神の素晴らしさを歌い上げながら侵略を宣言し、そこいらを歩く牧童の一人に力を封じられ北方の僻地に追い返されたのである。


 恐ろしい獣たちが跋扈する世界で呑気に羊を追っている人間が、貧弱貧相であるはずがないのだ。




▽▽▽




 女神アポロダインの生活は、意外にも慎ましい。


 神の絶対性が騎士道の崇高さと同じ程度しか意味を持たないこの世界では仕方ない事だが、長年の習慣が彼女から傲慢さを消し去っていた。

 起床とともにアポロ体操。信者というよりはアイドルの追っかけに等しい熱心な信者たちに囲まれて近所の公園で健康体操で汗を流した後に公園清掃するのが彼女の日課である。

 沐浴を経て炊事。彼女自身は食事を必要としないが、孤児や病人たちに振舞う慈善食を作るのは重要な仕事。アポロジア国内の孤児や病人の数となると尋常ではないが、そこはそれ腐っても神性である。


 神としての活動が始まるのは、多くの労働者が仕事を終えて帰宅する時刻。フリルとリボンで武装し、12歳の頃より全く変化のない容姿に多少のコンプレックスを抱きつつも少女趣味全開のコスチュームに身を包んで信者の前に現れる。


 名目上は布教活動である。

 代弁者など介さずとも直接メッセージを伝えられるのだから布教など必要ないはずなのだが、信者たちは布教活動を情熱的に支持している。古今東西の名曲をかき集め、アポロダインの信念に沿った文言を歌詞として曲に添えて、これを幼さの残る女神が甘ったるく少々舌足らずな声で国内外に向けて歌い上げる。


 踊る。

 魔道師たちはその映像を全世界に向けて中継し、紙芝居職人はその可愛らしさを損ねないように写し絵を量産する。若い信者たちは衣服だけでも女神を真似ようと露出の高い衣服を着用し、そのくせ彼らは己に厳しく課した規律に従って品行方正に生きている。フリル満載で。


「聞きしに勝る、お気楽集団ね!」

『りゅ、りゅんっ!?』


 その日その夜。

 アポロダインの布教会場に星が落ちた。金色の殻に覆われた、筍にも似た刺々しい鋭角のそれを星と呼ぶべきか判断に困るが、とにかくそれは会場に垂直に突き刺さった。山一つ、逆さまに落ちてきたような錯覚さえある。あまりにも巨大な「星」は、恒例の握手会を開いていた女神アポロダインの真横に落ちた。落下の衝撃も爆風もなく星の先端は演台の板材に僅かにめり込む程度。瞬間転移してきたのではないかと疑うほどに突如現れた。夜空を覆う分厚い雲が吹き飛び穿たれた穴より月が覗かなければ、実感できたものはいないだろう。


 白衣の女は星の先端よりから現れた。

 女である。ウェーブのかかった濃い蜂蜜色の髪を無造作に束ね、ぐるぐる模様の眼鏡のため表情が読めない。白衣の女は第一声で罵倒したと思いきや、親しげに女神の手をとり肩に腕を廻した。


「まー、それでも一度は世界に覇を唱えようとした肝っ玉だし。信者は沢山かきあつめてるから兵士には事欠かさないし、領土問題もOKよね」

『りゅ、りゅりゅりゅん?』

「あん? なによ、いくら辺境世界だからって私のこと知らない挙句に、牙まで抜けちゃったの? まあいいわ、その辺は追って教育するから」


 ばしばしと女は女神の肩を叩き、白衣の内側から携帯式の拡声器を取り出した。


『聞け、聖都の民よ! 今ここに太陽神アポロダイン様は過去唯一の汚点を打ち消すべく、中天に浮かぶ黄金郷都市への聖征を宣言された! 我はアポロダインさまより密命を受け神鎧開発を託された――』


 歓声が起こった。

 黄金郷都市という言葉も初めて訊くし、神鎧など聞いたこともない。平和と協調を大事にするアポロダインの教えとも相反する、白衣の女の煽動じみた言葉は続く。


『ちょっと待つりゅ』

『すべては女神と、聖王国のために!』

「ジークジオン!」

『危険な単語が飛び交ってるりゅん! あ、ああああからかさまにみんな洗脳されてるっぽいりゅん!』

『わーはははは、エーテル王に復讐するわよおおお!』





▽▽▽





「凶星が落ち、天への柱が奪われる。エーテルの巫女を守れ」


 陸船の甲板に設けられた、ささやかな宴の場。娼婦に変装した女性軍人たちを侍らせながら、マチウスは頷いた。


「アポロダインさまは力の殆どを封印されてるが、後天的に幾つかの能力に目覚められている」

「――神託か」


 豪奢な長椅子に背を預けたマチウスとは対照的に、床に敷布を広げて胡坐をかいたクロルが盃を煽りながら納得する。


「地に根付いているからこそ、漠然とした未来が見えてくる。魔術師どもは筋書きを押し付けて茶番を仕立てるが、我が神は可能性の未来を読み取る」


 クロルの傍らには、エーテルの巫女と呼ばれた少女が寝ている。額には氷嚢が載せられ、女性軍人が大きな団扇をあおいでいる。未だ病み上がりであり本来ならば数日間は安静にすべきと騎竜ベリアルと船医は診断していた。


「主に寝言という形だが」

「寝言で軍を動かすなよ」

「失礼な、これでも女神の寝言のおかげで聖都に通う女学生の八割が意中の相手への告白に成功しているんだぞ」

「……おまえら大陸有数の軍事力を抱えてるって現実を直視しろよ」

「ちなみに我々はマチウス様に救われた身ではあるが、告白に際して女神の助言を得る代償として直属の部隊として活動を」


 恥かしい衣装で酒瓶抱えた女性軍人たちが大真面目な顔で力説し、クロルはがっくりと項垂れる。


「とにかく我等は神託に基いて密命を受けた」


 マチウスの言葉に、陸船乗員がみな頷く。

 奴隷商人の隊商に偽装した陸船は、女神直属の部隊だという。訓練は一通り受けてはいるが、正規軍に比べれば実戦経験は乏しい。それでもなおこれだけの重装備で部隊を動かしたのは、神託以外にも理由があってのこと。


「貴様が退治した硬式飛行船とティターン、あれはアポロジア最精鋭の部隊に所属していたはずだが」

「が?」

「数日前に突如として最精鋭の部隊が装備ごと消えた。補給整備を担う陸船の艦隊ごとだ」

「あー」

「彼らがエーテルの巫女と呼ばれる者を探していると聞いていた。神託を彼らの叛逆と推測した我々は──」


 凛。

 鈴の音が鳴る。

 何事かと身構えるマチウスに、控えていた魔術師が、一抱えもある大きな銀鏡を手に駆けつけた。


「マチウス大佐、これを」


 差し出された銀鏡に浮かび上がるのは魔術によって結び付けられた立体映像である。


『わーはははは、エーテル王に復讐するわよおおお!』


 白衣の金髪女が、フリルたっぷりのエプロンドレスに身を包んだ女神アポロダインを羽交い絞めにしつつ高笑いしていた。その周囲には洗脳されたと思しき民衆が熱狂的に手を振っている。


「うわあ」

「香久弥さまじゃないか」


 迂闊にも固有名詞を口にしたクロルに、生暖かくも容赦ない視線が集まる。


「……知り合いか」

「有名人だ」直接の関係について言葉を濁すクロル「人造巨兵(タイタン)の開発者」

「それが何故アポロダインさまを!」

「香久弥さまは世界征服が趣味らしくて」

「物騒だろ、拘束しないのか!」

「拘束して裁判の最中に逃げられたそうだ。最新鋭の人造巨兵ともども転送門を超えてこの世界に飛び込んでいたと情報を掴んで追っていた訳だ。大事になる前に身柄を確保して連れ戻してほしいというのが勅命だったわけだが」


 ふと視線を上げてみれば、聖都がある辺りの空の一角が暗雲たちこめ雷が落ちている。


「既に首都は堕ちたな」

「――おしまいだ。今度こそ魔女の島に蹂躙されるんだ」

「よし南に急ごう」


 彼女が本気でエーテル王への復讐を考えているのなら。

 故郷へ戻るために必要なものがある。

 天まで届く大樹、地脈の力を受けて育ち、いつか星の樹と化す霊木。それが不可欠だ。そしてそれはユニオンプロジェクトの狙いとも一致している可能性がある。ならば本当の意味で大事になる前に、エーテルの巫女を南に送り届けねばなるまい。


 はあ。


 故郷である月(・・・・・・)を見上げ、面倒くさそうにクロルは差し出された茶を飲み干した。程よく冷えたそれは苦く、青かった。












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