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星の王(再構築版)  作者: は
7/10

ティターン




 クロルによって硬式飛行船が落とされた頃。


 奪取され灰色になった石兵は左右に長い矛を抱え、左右から突撃してくる陸船の機甲兵を同時になぎ払った。

 本来の石兵が持つ運動性能を遥かに凌駕する速度と機敏さ。そこに兵士としての優れた格闘技能が加わることで機甲兵のそれを圧倒していた。矛の先が機甲兵を引っ掛け、陸船に叩き付ける。音速の半分程度の加速をつけて放たれたそれは砂塵を巻き上げ鎧牛を跳ね飛ばし、陸船上部の壁を崩すようにして大きく揺らす。座礁するほどではないが、船底の何割かが地面に触れて悲鳴を上げる。鉄の骨組みで補強してはいるが、そのままでは航行不能なほどの歪みを生じた。巻き込まれた鎧牛の半分は首や背骨が折れたのか絶命し、残りも立ち上がれぬほどの傷を負っている。


「二番艦、中破部分を切り離します! 非常用推進剤(・・・)準備出来ています、大佐!」

「──もう一度、巫女達の回収に動く。彼ら(・・)が自発的に乗艦するようなら無条件で受け入れを。推進剤の着火は、任せる」


 保護した石兵搭乗員を甲板で待機していた部下に託し、マチウスは背中に生えた短い翼に力を籠める。ハチドリのように凄まじい速度で羽ばたくそれは本来彼女の身体を浮かび上がらせるだけの力を持たないが、星の樹を埋め込んだ盾を用いることでグリフォンなどの飛行魔獣よりも高い速度と機動性を獲得することが出来た。


 天翔族。

 神のみ使いと混同されることも多い、有翼種族である。飛行可能な他の有翼種と違い魔力蓄積程度の機能しかない短い翼の天翔族は人族の中で暮らし、その外見特徴から神職を得ることが少なくない。マチウスもまたその例に漏れず太陽神殿にて女神周辺の警護を担う兵士として長く仕えていた。だが魔女の島への侵攻と敗北、聖国の崩壊と共に権威の失墜した女神を守る役目を押し付けられ、気付けば連合国大佐という肩書で太陽の女神(アポロダイン)直属部隊を指揮する立場となっていた。


 直属部隊と言えば聞こえはいいが、女神のワガママに振り回される役職でもある。


 与えられた陸船は軍の輸送船という名目で、機甲兵と石兵は人造巨兵の運用に懐疑的な軍上層部の()()で譲られたものだ。乗員の大半も太陽の女神(アポロダイン)の個人的な指令の過程で保護した者で、軍や国に預けることも出来ずに引き取っている。幸い彼女達は陸船操縦技術に優れ、また、機甲兵や石兵の整備技術も習得できた。


 今ならば、軍部も彼女達を厚待遇で迎えてくれるだろう。


 鹵獲された石兵の力は尋常ではない。

 此方側の石兵は鎧牛の代わりに陸船牽引を任せている。ベリアルの吐息にて敵の重機甲兵は軒並み壊滅し、クロルのデタラメによって硬式飛行船も沈んだ。だが敵方にはまだ数隻の陸船がおり、何よりも石兵からまともに逃れられる術は()()()()()()


 命を捨てる必要がある。

 マチウスは素直に判断し、決断した。


 世の中には非常識な存在は幾らでもいる。

 魔女の島への侵攻で、彼女は思い知った。石剣を振るい、黄金に輝く羊の群れを率いた青年。紅き髪を輝かせ数多の精霊を従えた半妖精の女。漆黒の魔剣を掲げ、形を持たぬ異形を統べる魔剣士。そして魔法猫の軍団と共に現れ、神々の軍勢を文字通り粉砕した紫煌と、それに従う紅と翠の魔人。

 それらに比べれば、目の前の石兵はただの絶望だ。

 己の命ひとつで撤退の時間稼ぎなど容易の筈だ。

 

 そう考えていた。


『飛行船を落として勝てると思ったか──残ぁん念だったな』


 石兵の拡声器から、聞き覚えのある声。

 ユニオンプロジェクトの手先となのったものと同一の声だ。硬式飛行船の船長かそれに準ずる立場と思われていたが、マチウスの予想は外れたようだ。


『確かに航空戦力を失ったのは痛いが、エーテルの巫女を確保できれば問題ない。砂漠も山脈も超えて我らが軍勢は大陸を制覇し、地脈を復活させた神性(・・・・・・・・・・)を手に入れる。島に引きこもった魔女のクソバアア共は大陸には手を出せん、あの忌々しいドラゴン共もだ!』

「馬鹿を言え!」叫び返すマチウス「島より出ないのは、恐るべき獣達だけだ! 黒の魔剣士は大陸まで追いかけ、我らが太陽の女神(アポロダイン)を極北の地に封じ込めたのだぞ! たった一人の戦力ですら、聖国残党は手も足も出なかったのだ! 敗北の未来しかない!」

『──いいや、勝てるね。勝てるだけの力を手に入れたんだよ!』


 灰色の石兵が動きを止める。

 白から灰色に変わったように、今度はその色を漆黒に変化させる。

 それだけではない。装甲も内部骨格も、粘液のように形態と容積を変化させてく。あくまで人形然としていた構造が、有機的な、生物に酷似したものに転じている。

 石の骨格、

 石の内臓、

 石の筋肉、

 そして石の皮膚。

 精緻な彫刻の巨人がそこに立っていた。周囲の土と砂が同様に変化し、巨人の身体に巻きついて衣服や鎧となる。無骨な三本指は優雅な五指となり、頭からは髪も生えている。

 大地を踏み込む力は先刻の比ではない。

 左右の矛も体躯と共に変化し、巨大な斧槍(バルディッシュ)となる。周囲の風が渦を巻いているのは、石兵により増幅され滲み出る魔力が周辺環境に侵食を始めている証拠だ。


「――ティターン」


 生き残った硬式飛行船の兵士たちが呟く。

 それは十年以上前、大陸南部で不死王の軍勢と相対するために現れた人造巨兵の名であった。だが目の前にいる石巨人が一歩踏み出すと周囲の地面は輝き、そこから巨大な獣達が這い出し牙を剥く。

 巨獣種(ギガス)

 大陸国家においていまだ討伐の公式記録がない超獣達がそこにいた。




▽▽▽




 硬式飛行船の落下と破壊は、思いのほか遠くの場所でも観測された。

 重機甲兵を含む大量の歩兵輸送を可能にした硬式飛行船を中核に据えた機動艦隊、ゆくゆくは石兵を複数搭載して諸外国を迅速に制圧することも視野に入れた精鋭軍として設立された。

 目標は聖地奪還。

 魔女の島への侵攻と敗北により崩壊した聖国の再統一と大陸の制覇は、連合国として再出発した軍部の悲願でもあった。聖地を取り戻せば太陽の女神(アポロダイン)は神性を回復させる筈だ──ユニオンプロジェクトの使者を名乗る男の言葉には抗いがたい魅力があった。


 神を取り戻さねばならない。

 神による統治こそが救済なのだ。

 

 祖国を想う軍人達の多くは、あくまでも善意と信仰から反旗を翻すことを決意した。現在のように女神に破廉恥な衣装を着せ踊り子のように扱う行政府に対する不満もある。だから、ユニオンプロジェクトの使者を名乗る男が手配した工作員達が最新鋭の硬式飛行船を乗っ取っても、致し方無いものと考えていた。

 ティターンと呼ばれた石巨人が出現するまでは。


「……全艦に停戦を指示。救星号が墜ちた。エーテルの巫女奪取は事実上不可能とみて良い」

「友軍は壊滅でありますか?」

「馬鹿でっけえ石人形が現れた。ありゃあ多分ティターンって奴だろ、動いてるのを見るのは初めてだよ」


 遠見の魔法を駆使しながら船長は首を降った。

 多少の生き残りはいるが、あの石人形が足元に気を付けながら動くとは思えない。それこそ巨獣種に匹敵する大きさの石人形である、たとえ機甲兵でも全く相手にはならないだろう。


「並みの魔力でアレが動かせるものか、連中はどうやら地脈の力をある程度引き出せるようだな」

「巫女の助力なしに、でありますか?」


 地脈への干渉と人為的な操作ができるのは現代ではエーテルの巫女のみと考えられている。

 古代魔法文明の遺物や当時の技術を継承している真なる巨人(ギガント)もまたそれを可能としていると言われているが、大南帝国発の情報のため検証は難しい。不死王戦役の際に防疫を兼ねて援助を行ったため現在も細々と交流はあるが、アポロジア大陸の地脈復活については帝国でも調査段階であり軍部でも十分な情報を得ていない。


「胡散臭えな」

「最初からですよ」


 船長のボヤキに副長が答える。


「隠し玉があるのはお互い様です。硬式飛行船を失った以上、我らは当初の計画を大幅に修正する必要があります。航空戦力を失いエーテルの巫女を確保できなくなったのでは、陸船数隻で聖地奪還は不可能です」

「根性でなんとかなる話じゃねえよな」

「残念ながら」


 副長もまた同様の魔法で地平線の彼方を観測していた。

 地脈より汲み上げた魔力が漏れているのだろう、彼方より飛来した複数の大型飛竜種がティターンと呼ばれる石巨人に向かって急降下し、斧槍で叩き落され、両断されていく。その動きは生身の兵士よりも早く、振り回す斧槍の先端より放たれた衝撃波は周辺の大地をえぐり砕く。そして魔力の漏出は止まらないのだろう、大地の底より現れる身の丈百メートル近い動物たち──巨獣種(ギガス)が彼方より駆けてくる。自重を支えるに足る魔力に満ちた大地を嗅ぎつけたのだろう、既にその数は十を超えている。


 不完全な地脈操作は巨獣種を招く。

 各国の技術者や賢人同盟(アカデミア)が共同で発表した声明を船長たちは思い出した。自分達よりも百倍近い大きさの身体を有する巨獣種が大陸西部のみに生息するのは、それ以外の土地では自身の肉体を維持するための魔力を得られないからだ、という仮説だ。同時に彼らは地脈を経由して自由に移動できるらしく、部分的に活性化した土地に突如出現して周囲を無自覚に破壊する事でも知られている。

 たった一体でも騎兵と歩兵では撃退すら不可能。

 完全武装の機甲兵が六体あれば撃破も不可能ではない(・・・・)と主張する軍事技術者もいるが、それは巨獣種次第だ。仔羊の類ならいざ知らず、どうみても温厚とは呼べないものばかり。


「転進、出力全開で。下手しなくとも、此処は直に戦闘区域に呑み込まれる」

「アイ、サー。全艦に通達、機関出力全開。迎撃準備並行します」


 外洋用に建造された帆船が原型である。海獣怪魚に海賊相手の武装が基本であり、巨獣種相手では牽制にもならないだろう。それを分かっているからこそ彼らは現場からの離脱を最優先しようとした。


「巨獣種、推定豹型(レオパルド)、二体。急速接近!」


 十数体もいれば外に目の向くものもいる。

陸船数隻分の人間は、巨獣の空腹を満たし得る獲物と認識されたようだ。


「ずらか──」


 その先の言葉を艦長が発することはなかった。音の壁を突き抜ける勢いで迫った二頭の豹型巨獣種(ギガスレオパルド)は、その自重と速度を破壊力に変換して陸船に存分に叩き付けていた。




▽▽▽




『んんん~、分かってるのだろう? 開きっぱなしの地脈を放置すると、この辺りは全て巨獣種(ギガス)共の縄張りになるぞ。

 貴様らの大事な大事なクソッタレ女神様の箱庭が、素敵な素敵な野生の王国に大変身だ……分かってるんだろう、マチウス大佐ァ! 地脈の暴走を止めたければ、そこにいるエーテルの巫女を寄越せえ!』


 襲ってくる巨獣種の群れを斧槍で打ち払いながら、石巨人……ティターンは芝居がかった口調で恫喝する。

 地脈からの魔力を吸い上げているためか巨獣種の狙いは主にティターンに向けられており、陸船を守護する石兵や機甲兵達は辛うじて太刀打ちできている。星の樹を埋め込んだ盾を足場に高速飛行していたマチウスは巨獣種の尾や前脚などを避け、硬式飛行船残骸まで辿り着く。そこには騎竜ベリアルに跨ったままの少女がおり、呆れつつも恐怖にひきつった顔で巨獣種の群とティターンを見上げていた。


「……あいつは馬鹿なの? そりゃあ村では祭祀の真似事はしていたけど──エーテルの巫女? 地脈の制御? ()()()()()()()()()私の故郷は襲われて家族を奪われたというの!?」

『やっこさん真性の阿呆なのは確かやな。たとえ嬢ちゃんにそんな力があったとしても、あと二日は安静必須やで』


 魔法障壁を展開し破片等を弾き返すベリアルの横には、面倒臭そうにランサーを担いだクロルがいる。マチウスの接近を理解したのだろう、障壁を一部解除して迎え入れるとマチウスも躊躇なく障壁内部に飛び込んだ。


「体力万全であれば地脈制御は可能であろうか」

「私が知ってるのは豊作祈願の田舎躍りくらいよ」


 すがるように問うマチウスに、少女は力なく答える。そもそも地脈制御などお伽噺の領域であり、人類の手に余るものではないか。


『安心するがよいぃ、エーテルの巫女ぉ! 貴様をこのティターンに取り込むことで自動的に地脈の暴走は()()()()()()()()()

「確実性もないのに暴走させたのか貴様は!」

「さすがユニオンプロジェクトを名乗るだけはある真性の阿呆だ」


 言うやクロルは障壁の外へと歩きだし、無造作にランサーを振り上げた。


 轟。


 嵐のような唸りと共に巨獣種の一体──犀のように大きな角を生やした猪が真っ二つになりながら吹き飛ばされる。


『──んんん?』

「どうした、我々に(・・・)勝てるだけの力を(・・・・・・・・)手に入れたのだろう(・・・・・・・・・)?」


 クロルの言葉が理解できないのか首を傾げるティターンと、先ほどまでとは一変してクロルに対して警戒し唸りをあげる巨獣種達。

 生物としてみれば己の百分の一にも満たない男だというのに、放出される力はティターンのそれを凌駕している。硬式飛行船より降下した兵士達の殆どは重機甲兵を含めて巨獣種に踏み潰され、貪り食われている。それでも僅かに残っていた生存者は、クロルの言葉に息を呑んだ。


「ベリアル」

『はいなー』


 巨獣達が硬直する。障壁を完全に解除した騎竜はわざとらしく滑稽な動きでクロルの背後まで進み、楽し気に応える。ベリアルの背に乗った少女は何が起こっているのか理解できず、同行しているマチウスは逆に何かを悟ったのか顔面蒼白となっている。


 凛。


 空気を震わせるような、鈴の音にも似た響き。

 それはクロルが地面に突き立てたランサーより発せられた音だった。


「ベリアル、獣騎神形態(ライドフォーム)


 凛。


 空間が軋むほどの魔力が生まれる。

 ベリアルの姿が黄金色の光の粒子に包まれ、粒子の一つひとつが身体に吸い込まれていく度にベリアルの身体は膨らむ。頭部より角が伸び、背に巨大な翼が生え、狼狽するティターンに匹敵するほどの竜──いやドラゴン(・・・・)に変化する。


 その身体を構成するのは、光が魔力により半物質化したもの。体表を覆うのは鱗ではなく、輝ける甲冑。騎竜からの変化は文字通り一瞬で完了し、そこには付けこむような隙はない。ましてティターンの前に立ち塞がるクロルが、それを許す道理は無い。


『……馬鹿な。貴様らは島の外には出ない約定(・・・・・・・・・・)ではなかったのか!』

「よく知っているじゃないか、ただ勉強不足でもある」


 凛。

 

 ドラゴン形態のベリアルの身体が再度変化する。積み木細工を動かすように、ドラゴンが甲冑を身につけた巨大なる騎士の姿に。肩装甲に刻まれるのは五角四角三角を組み合わせた紋章で、それを掲げる国をマチウスは知っていた。

 忘れられるはずがなかった。


「──エーテル連合王国の、人造巨兵(タイタン)。不死王討伐で巨獣種の骸骨兵を倒した、あの」

「東方騎クロル・ニトリス、勅命により人を捜している」


 凛。

 言うや地面より引き抜いたランサーが、狼狽するティターンを縦二つに両断する。

 同時に人造巨兵(タイタン)ベリアルもまた虚空より生み出した巨大なランサーを握り、逃げ出そうとした巨獣種全てを真っ二つにしていた。




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