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星の王(再構築版)  作者: は
6/10

ランサー




 地響きと共に、重機甲兵の強打を受けた石兵が膝をつく。


 降下した敵兵士達が、その様子に沸き立ち曲刀や銛を空に向かって突き上げる。

 陸戦において人造巨兵は最強の兵装とされている、それを自軍の重機甲兵が文字通り打倒したのだから痛快この上ないのだろう。事実マチウスを含めた奴隷商人(・・・・)の陸船側が受けた精神的衝撃は大きく、士気を保つのが精いっぱいという有様だ。


 石兵を倒すには胸部を鈍器で痛打するしかない。

 その文言は多くの軍事教科書に記されているが、実行できたものはいなかった。


 官民を問わず多くの軍事組織では、人造巨兵を仮想目標とした訓練や戦術が組み立てられている。多くの場合「そのような事態があり得ない」や「人造巨兵が出てきた時点で負けは確定なので生き残ることを前提とした撤退戦」という形で、真正面から戦おうという特攻作戦を立案するような阿呆はいないとされていた。

 だからこそ。

 だからこそ、である。

 おそらくは巨人族──真なる巨人(ギガント)に比べれば赤子ほどの大きさでしかないが、人類の身の丈の三倍以上ある彼らのために用意された重機甲兵は、軍事的な常識を覆す戦果を挙げたのだ。身体能力と胆力のなせる業である。


 湧き上がる歓声には意味がある。


 重機甲兵を祝福するかのように硬質飛行船より射出された何条もの鋼線が拘束索となって、膝をついた石兵に絡みつこうとする。間一髪僚機である別の石兵が拘束索を打ち払うが、膝をついた石兵は微動だにしない。

 意識を失ったのか。

 あるいは。

 撤退を試みていた陸船は急遽反転して石兵を援護すべく、竜の尾にも似た長大な衝角を振り回して重機甲兵に叩きつけた。




▽▽▽



 乱戦である。

 石兵を倒した重機甲兵は、陸船船尾の衝角を喰らい吹き飛ばされた。だが行動不能に陥ったのはわずかに一体であり、残る九体は陸戦側の機甲兵を牽制しつつ倒れた石兵に迫っていた。

 歩兵たちも再び陸戦へと迫る。

 陸船を守るべく甲板や各所に現れた女性たちが弩片手に歩兵たる船員の接近を防いで入る。それでも石兵が倒された事に強く衝撃を受け、動きがぎこちないものになり、少しずつ攻撃の勢いが落ちる。


 重機甲兵たちが石兵の胸部装甲を引きはがす。内部の操縦席にいた女性を、栗の実に潜む芋虫のように摘み出すと無造作に放り出された。そして無人となった石兵に、飛行船より降りてきた兵士がひとり飛びついた。人造巨兵への適性があるのか数秒の沈黙の後に巨体が動き出し、体表が灰色に変化する。操縦士の魔力を受けてなのか、表面装甲を変色させたようだ。その一部始終を視界の端に捉えつつも、マチウスは前進を選んだ。


 石兵を奪われたのは痛いが、巫女の安全には代えられない。

 陸船からの援護射撃も、今は敵に阻まれている。

 重機甲兵が率いる歩兵達はベリアルを潰して逃走手段を奪うべく曲刀や槍を投擲しようとした。

 滑空するマチウスの速度は弓矢にも等しいが、それでも彼女はまだ遅かった。放たれた武器は非情にもベリアルを襲い、


『はいな残念賞』


 直後、可能な限り敵をひきつけたベリアルが、頭部の半分以上を占めるほど大きな口を開いた。

 鰐のように大きく開かれた顎、喉の奥より勢いよく吐き出されるのは燐を含む熱風の吐息である。巻き上げられた砂塵が、あろう事か蒸発し爆発した。尋常ならざる熱量を察知し身体をひねるようにして避けようとした歩兵達だが、爆発した砂塵は輝きながら周囲の砂塵をも連鎖的に反応させ、爆風と熱量を増大させる。重機甲兵は反応すらできずにいる。


 閃光。


 吐息は熱風となり、熱風は閃光となる。扇状に放たれたそれは煤すら残さず歩兵達を飲み込み、その範囲を逃れた重機甲兵の頭部だけが地面に落ちた後に炎に包まれて燃え尽きた。


虐殺の(ジェノサイド)長槍(ランサー)か!」


 咄嗟に上空に逃れて回避できたマチウスが驚愕の声を上げる。文献の中だけでしか知らぬ古代の兵器だが、類似するものを他に知らない。


『へえ、こいつを御存知とは姐さん博識やなあ』

「キサマ歯車王国の遺産か!」

『惜しい』


 同じ目線にベリアルが現れ、人間のようにウィンクしてみせた。上空数十メートル、石兵が跳躍しようが矛を振り回そうが届かない高さ、もちろん硬式飛行船よりも上である。


『これ参加賞』


 首を器用に後ろに向け、甘噛みするように引っ張り出したのは、意識を失った小柄な女である。身体各所に衝撃吸収用の綿入れを巻き付けており、肩にアポロジアの聖印を縫い付けていた。


「准尉!」


 重機甲兵に打ち取られて放り出されたはずの石兵の操者だった。一人背負うことにより盾は浮力を維持できなくなったのか、爆風の収まった荒野にマチウスはゆっくりと降下を始める。ベリアルの生み出した爆発を恐れてか船員たちが押し寄せることはなく、残存した兵士と重機甲兵は陸戦の攻略を優先することにしたようだ。


『うちの旦那から、お近づきの印にって』

「あのボケ男、生きてたのか」

「生きているともさ」


 面倒くさそな声は硬式飛行船の上から。ベリアルが降り立ったそこには、傷どころか土埃ひとつついた様子のないクロルが立っていた。その手には長剣を二つ組み合わせたランサーと呼ばれる武器が握られており、降下した兵士達が慌てて指さしているのを見ると刃を振り下ろした。


 凛、という硬く澄んだ音と共に刃は青い光を帯び、光輝は飛行船に無数の格子縞を描く。


 その一つひとつが剣筋なのだとマチウスが理解するよりも早く、浮力の源たる星の樹を細切れに切断された飛行船は浮力を失い、落下する最中に更に輪切りとなって地面に落ちた。



 


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