プロローグ
倒れ込んでからどれだけの時が経ったろうか。すごく長い時間が過ぎたような気もすれば、まだ数分しか経っていないような気もする。
頬に触れるぬかるんだ地面の感触は、はじめこそ不快だったが、いつしか心地よく感じていた。火照った身体に、泥の冷たさが気持ちよかった。
一方で不快だったのは、背中や後頭部を打ち付ける雨粒の衝撃だった。その衝撃で微かに脳が揺れているのか、酔いというか、気持ち悪さを感じ始めていた。
しかし、雨をしのぐような場所は周囲にはない。
倒れ込む前に見た景色はただひたすらに荒野だった。厚い雲に覆われた空からは、強い雨が降っていた。大地の茶色と、空の灰色。それだけだった。
ゆっくりと起き上がる。有名ブランドのランニングシューズなのに、ロゴが泥で見えなくなっていた。
膝に手を置き、中腰の姿勢で、深く息を吸う。肺が少し痛む気がした。
振り返れば、出発した街の姿は見えない。前方をむけば、目的地の城も見えない。
どれほど進んできたのだろう。
革製のカバンから地図を取り出すと、現在地が光って示された。
行程の、半分ほどまで来たところだった。
カバンの中のもう一つの荷物を確認する。小さな箱がひとつ。
これを目的地まで届けることが、蓮弥の目的である。
異世界に転移させられ、「チート」と呼ばれる能力を与えられた。
そしてその能力を使って、この荷物を城へ運んでくれと、一方的に頼まれた。
そのお願いをクリアしないと、元の世界に戻れないという。
ならば、やるしかない。
共に転移されたのは蓮弥を入れて3人で、転移者は「チーター」と呼ばれた。
蓮弥は地図をカバンにしまった。
行くか。
その時、視界の端に、自分より大きな影を捉えた。
この荒野に生息する「ピゲット」と呼ばれる巨大な生物だった。
固い鱗を持ち、二足歩行で獲物を追いかける。
そのスピードは、人間の足ではとても逃げ切れるものではないらしい。
街を出る前に、そう聞いていた。
影は一つではなかった。
影の後ろから、もう二つの影。
3匹のピゲットが、少しずつ蓮弥に近づく。
右前方からじりじりと近づく影に対して、
蓮弥はカバンをしっかりと抱え、一歩を後ろに下げた。
一度深呼吸をしたあと、もう一度息を吸い、そして止めた。
よーい。
「ピギャァァァァ」
ピゲットが叫び声を上げ、こちらに向かって駆けだした。
ものすごい勢いで距離が縮む。
ピゲットの踏み込む衝撃で、泥が蓮弥のところまではねた。
どん!
心の中で合図を切り、
そのまま直進して駆けだした。
ピゲットが自分の進路を塞ぐように、方向転換をしたのを確認したが、
蓮弥はそれを無視して直進し、
ピゲットが自分の進路を塞ぐよりも先に、その鼻先を走り抜けた。
ぬかるむ地面をしばらく無心で走り、あるところで止まって振り向く。
荒野に雨が降り注ぐ景色だけが続き、ピゲットの姿はどこにもなかった。
蓮弥に与えられた能力は、俊足。
ただ、足が速いこと。
チート能力が分かった時、共に転移させられた奏太が、
「チーター」と、平坦なアクセントで言ったあと、
「じゃなくて」と、何やらにやにやし始めて、
「チーターだね」と、頭にアクセントを付けて言った。
うるせぇと思った。
思い付いた駄洒落を発端に書いています。
面白い展開などを組み立てられるようになりたいです。
アドバイスやご指摘等ありましたら、ぜひよろしくお願いします。