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あの有志団体騒動から二ヶ月。毎日を忙しく過ごしている内に、いつの間にか文化祭一日目になっていた。
わたしは人の居ない道をゆっくりと歩き、ふぅと小さく息を吐いた。
今日は忙しくなるな、と目を伏せる。
「姫―!」
すると、遠くでわたしを呼ぶ声がした。
「……堂抜」
顔を上げて相手の名を呟く。
「はやいね」
走ってきたらしい彼は、肩で息をしながら人懐こそうな笑みを浮かべる。
「生徒会があるから」
「あ、じゃあノセ君も一緒?」
「そう」
堂抜の息が整うのを待って、二人で並んで歩く。あの日以来、堂抜とは親しくしてもらっている。
今思うと何故笑ったのかよくわからないが、何であれ、わたしを笑わせてくれたのだ。堂抜に感謝している。
「なんか、姫、嬉しそうだね」
ふと堂抜が言った。
「そう?」
「うん」
とんとんと前に堂抜が出てくる。
「ほら、笑ってる」
言われて自分の頬に触れてみた。特に何か変わっている様子はない。
「気のせいじゃない?」
わたしはその横を抜けて歩いていく。
「気のせいじゃないよ」
堂抜はすぐに追いついてきた。
そして、突然「えへへっ」と笑い出す。
「今日も楽しい一日が始まるね」
浮き足立っている彼に、わたしは小さく頷いた。
「そうね」
遠くで「二人とも!」と一ノ瀬が呼んでいるのが見えた。
「おはよう」
「おはようノセ君」
「おはよう。朝からラブラブ?」
「違う」
ニヤニヤと笑う顔を睨み、パンチをする。それは当たる直前で避けられた。
「あっぶないわねぇ」
「変なこと言うから」
今もまだ緩んでいるその顔を睨みつける。
「まあまあ」
それを堂抜が間に入って止めた。
「それより、二人は今日、文化祭どうする予定」
そして握り締めた手を一ノ瀬に近付ける。マイクのつもりだろうか。
「あたし? あたしはなんか土下座して頼まれたから後輩達と周るわ。クラスのもやらなきゃいけないし」
「姫は?」と言って、今度はそれがわたしに向けられる。
「わたしはずっと生徒会。でも篠と小笠と城崎君の漫才は見に行くつもり」
そっちは向かずに答えると、堂抜けは明らかに落ち込んだように眉を下げた。
「えー! それはつまんないよ!」
「別に……。去年もそうだったし」
堂抜の声が明るいせいか、自分の声が沈んで聞こえる。
もしかしたら、実際に沈んでいるのかもしれないが。
「あたし達も毎度言ってはいるんだけどね。せっかくの文化祭なんだからもっと楽しみなさいって。さっくんが良ければ、この子と一緒に回ってあげてくれない?」
それに気付いてか、一ノ瀬が言った。顔がにやついているのはなぜだろう。
「それ良いね! 姫、僕と回ってよ!」
一ノ瀬とは違う、邪気のない堂抜の笑顔。
悪意のないその頼みを断れるわけもなく、
「……ぜ、是非」
わたしは短くそう答えた。
「やった! 断られなかったよ、ノセ君!」
「良かったわねー」
そんなこと他愛のないことに反応して横でじゃれあう二人。
「変なの」
わたしは小さく笑みを零した。
「変かな?」
堂抜が首を傾げた。
「うん、変」
わたしが頷くと
「でも、楽しいでしょ?」
一ノ瀬が面白そうに言う。
わたしは一拍置いて
「ええ、そうね」
と言った。