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昔から上がり性で、人の前に出るのが苦手だった。
誰かと話すのも苦手だった。
誰よりも警戒心が強かった。
誰とも打ち明けられずにいた。
一人を楽しんでる振りをした。楽しくなんて無いのに。
自分を変えてみようと足掻けば足掻くほど、逆効果だった。
わたしは、驚くほどに不器用だった。そして、驚くくらいにばかだった。
面白いことを知らずに育った。笑わなくても生きていけると思ってた。
しかし、それは間違いだった。
わたしはようやくそれに気付いて、同時に思った。
誰か、わたしに楽しいという感情を教えて、誰か、わたしを笑わせてくれないかな、と。
そのとき、体育館の扉が開いた。
全員がぴたっと動きを止める。
「ちょ、押すなよ!」
「しょうがないだろ! 離れないんだから!」
「進めよ、入れないだろ!」
そんな声が入り口からして、いきなりごちゃっと人が中に流れ込んできた。
『黄金のガチョウ』が付いたリュックを背負った少年を先頭にして、一列に並んだ集団が。
それは朝に見た、あの得体の知れない集団だった。
「今度は何よ!」
一ノ瀬が叫んだ。
「あ、えっと、すいません! 有志に参加しようとしてたんですけど、遅れちゃって……」
「どっかの誰かさんのせいでな!」
先頭に立った少年が言うと誰かがそう言った。
「うるせー」と先頭の少年が言う。
「えっと、もしかしてお取り込み中でした?」
しばらくハハッと笑ってから、ようやく状況が理解したのか、集団全員がきょとんとした顔で舞台を見た。
すると、呆れた顔の一ノ瀬が今までに見たことが無いくらいに顔を歪めて舌打ちをした。
「遅れてた団体ってお前らか! まったく、タイミング悪ィな……
。見てわかるでしょ? こんな状況で発表なんて出来ないわ」
機嫌の悪い一ノ瀬に怒鳴られて全員がびくっと震える。しかし、先頭の少年は負けじと口を開いた。
「せ、せめて話だけでも! もしかしたらこの状況を打破出来るかも、しれないし、ね?」
わたしを含めた全員が一ノ瀬と彼らを交互に見た。
「……ああ、もう! わかった! 早くして頂戴」
彼の真剣な目に押されてか一ノ瀬がため息と共に呟く。
「あ、ありがとうございます!」
少年は一瞬何かを探すような仕草をして、わたしを見てその動きを止めた。
「ええと、みんなが仲良くなる薬です」
おずおずとした口調が言った。視線が痛いのか、少し気まずそうな顔をしている。
「その、このようにくっついたまま離れなくなってしまうんですよ。解くためには誰かのとびっきりの笑顔が必要。面白さはないかもしれないけど、どうかな?」
情けない笑顔がわたしを見た。わたしもまた、彼を見る。
彼の後ろには何人もの人間がくっついていた。演技とかではなさそうだ。
『解くにはとびっきりの笑顔が必要』。それは、まさに今の状況にふさわしかった。
『解決方法は一つ。わたしが笑えば良い』。非常に簡単なことなのに、わたしには出来ないこと。
とんだ皮肉だ。
笑わないとみんなが離れない。だから笑ってほしいと、たった今、笑えなくてトラブルを起こしたわたしに言うなんて。
なんて皮肉だろうと、そう思った。
「……ふふっ」
静まり返った体育館に、不意に笑い声が響いた。
どこかで聞いたことがある声だ。
「あははっ、く、ふふ……っ」
それは、わたしの声だった。
わたしが笑っている声だった。
理解してからは早い。気付けば、わたしは笑いが止まらなくなっていた。
「笑った……?」
「わ、笑った!」
戸惑いに似た声が聞こえ始める。
その瞬間、集団をくっつけていた何かが離れた。
「は、離れた!」
先頭の彼が、歓喜に満ちた声を上げた。
「成功した!」
「やった!」
それを皮切りに、くっついていた彼ら一斉に喜びを表し始めた。
彼らは舞台に集まっていた人々を巻き込んで、全身で喜びを表している。
そのお陰か、気付けば体育館を埋め尽くしていた険悪な雰囲気は消え去り、誰もが笑顔を浮かべていた。
「先頭の、その『ガチョウ』のキーホルダーの人」
ひとしきり笑った後、わたしは彼に話しかけていた。
「は、はい?」
怯えたような、困ったような顔がわたしを見る。
「名前は?」
「な、名前? 堂抜咲麻です!」
堂抜咲麻。その名前を口の中で繰り返す。
「合格です。あなた方の文化祭有志参加を許可します」
そしてわたしは高らかに宣言した。
「お集まりの方々、先程は申し訳ありませんでした。わたし達生徒会はお集まりいただいた方々全員の文化祭の有志団体参加を認めます。文化祭を存分に、楽しみ、盛り上げてください!」