第9羽
陽も傾きかけた頃、行く先々マナの姿はなかった。他のメンバーからもマナを見つけたという報告も連絡すらなかった。
「……あのライさん」
足早に先を行くライに向かってアトリは声を掛けるとライは不機嫌そうに振り向いた。先程から眉間にはしわが刻まれている。ここで怖気づいたら駄目だとアトリは続けて、
「俺、ひとつ気になるところがあるんですけど、そこに行ってみてもいいですか?」
と言った。
「どこだ?」
アトリはポケットから地図を取り出して、この辺りなんですけど、と指をさした。
「この辺りは、住宅街で人通りも多い。隠れる場所なんてないはずだ」
「確かにそうかもしれませんが、深夜に連れ去られたなら人目はそんなに気にする必要もないと思います。無人の建物にこだわらなくてもいいと思います」
確かな確証もないままライはアトリに言われた場所に行くことにした。
「なんで、この辺りなんだ?」
「事務所を出る前にサシバさんのデスクにこの辺りの住所が書いてあったのを思い出したんです。サシバさんの自宅は事務所の前ですし、関係あるのかなと思って」
建物の前に着き、アトリに地図でこの辺りと言われたときにライは、嫌な予感がしていた。9年前と変わって立派な建物になっていたがここはクロが最後に命を落としたところだった。
間違いだったらいい。また探すだけだという面持ちでライはけん銃を持ち、扉の横に立った。中から声は聞こえてこなかったが人がいる気配があった。向かい側にいたアトリと顔を見合わせ無言で互いに頷く。
ライは、扉を蹴り開けけん銃を構えた。室内には髪の毛をほどきキャミソールになったマナの姿があった。横には血だらけになった男が横たわっている。
「マナ!ひとりか?」
力なくマナは頷いた。
ライは、上着を脱ぎマナに掛けてやるとしゃがみこんだ。
「……何があった?」
微かに震え真っ赤に染まったマナの手を握りそう聞いた。
「兄さんを殺したのはサシバだった」
横たわっている男に目をやると、今朝一緒だったサシバの姿だった。今まで、何食わぬ顔で自分たちの前にいたのかと思うと腹立たしくなったが恨み言を聞いてくれる相手はもういない。
「……ライ。みんなに連絡して。サシバは黒幕はすぐ近くにいるって言っていた。サシバ家に何か手掛かりがあるかもしれない」
「わかった」
そう言って、ポケットから通話機器を取り出し連絡をした。部屋に備え付けの洗面所で両手にこびり付いた血を洗い流したあとサシバの部屋に向かった。
他のメンバーと合流しサシバの自宅に行くと、この街の地図と街で起こった事件の記事が貼り巡らされていた。クロとマナの顔写真には赤く×印がされている。その壮絶な様子の部屋にラスは思わず、
「うわぁ」
と口にした。
一体いつから、裏切られていたんだろうという気持ちが消えなかった。付き合いが浅いアトリですら驚いた。マナもマナで先ほどからひと言もしゃべろうとしない。
「あの、ライさん。室長を休ませなくていいんですか?」
「ひとりにしたくないんだよ。それにあいつも休む気はないみたいだしな」
アトリがマナに目を向けると、マナはサシバの集めた資料を読んでいる。
資料を読んでいるマナに1ヵ所だけホコリが溜まってあるホルダーが目に留まった。あの几帳面なサシバが何故?という思いでそのホルダーを開くとホコリが宙を舞った。
“幸せの青い鳥”実験投与記録
使用者を必ず死に至らしめる新種のドラッグ。見た目の華やかさから若者に抵抗感なく使用させる。
幻覚、記憶障害、フラッシュバック、自己再興奮性(眠らなくても頭が冴えた状態、暴れる)空を飛ぶような感覚。禁断症状、錯乱、身体混乱状態がある。
最後は、高い所から鳥のように羽ばたいて飛び落ち絶命。
そのホルダーには、日時がこと細かく記されていて日付はマナが生まれる前の事だった。話を聞くのは年長者のアオバに聞くのが適任だと思いホルダーを持ってアオバの元に行った。
「アオバ、これ知っているか?」
アオバはマナからホルダーを受け取ると、文字を目で追った。
「この、実験台になったのはサシバのご両親です。私もクロもお世話になったことがあります。亡くなったことは知っていましたがあれが原因だったんですね」
「サシバは、兄さんがサシバの両親を殺したと言っていた……」
俯きながらそう言うマナにアオバは、
「私たちの知るクロはそんなことをする人ではありません。今は誰が黒幕か調べましょう」
と肩を優しく叩いた。
「そうだな」
「あの。これ、変じゃないですか?」
アトリが壁に貼られていた地図を見ながら言った。その声にマナたちがアトリに近寄ってきた。
「何が変なんだ?」
「事件のあった場所にその記事を貼るのは判るんですけど、サシバさんの事件ってまだ記事になってないですよね?何でここに丸く印が、されているんですか?」
アトリの問いかけに少しライが言いにくそうにしたが、
「この場所はクロが殺された場所なんだよ。それの印じゃねぇのか?」
と言った。
「それなら、その事件の記事は?几帳面なサシバさんがそれだけ貼らないなんておかしいと思います。それに事務所の場所にも丸く印がされています」
アトリは引き下がらなかった。
「室長が誘拐されたからだとしてもおかしいと思いませんか?」
「ちょっと待て。事務所の屋上に誰か立っている」
とマナが言った。