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再会

作者: かざぐるまえんぞう

雪の怖さを忘れていた。

完全な判断ミス。

私は体調の悪い息子を背負い雪の道を歩いている。

強い地吹雪のために1メートル先も見えない。


運転中の車を田んぼに突っ込ませてしまった。

JAFに救援を求めたが

悪天候の影響で同様の事故が重なり

到着するのがいつになるかわからない。


私は歩いていくことにした。

30年ぶりの帰省とはいえ

この村の地理的関係は憶えている。

5分も歩けば民家があるはずだった。

そこで頭を下げれば休ませてもらえると判断したわけだ。

ところがそれが完全な判断ミスだった。


30年も経っているのだ。

建物の配置も変わったのかもしれない。

それとも私が道ではなく

雪の積もった田んぼを歩いているのかもしれない。

視界は完全に白一色の世界のままだ。

人家の灯りにはたどりつかない。


背中で息子の呼吸音が

さきほどよりも大きくなっている。

自分がどれほどバカなのか、

本気で罵りはじめそうになった時

前方に黒いものが見えた。

女の髪に見えた。


白一色の世界に女の黒くて長い髪が

風に舞っている。

女は言葉を発せずにこちらを見ている。

そして私を手招ねく。

怖いとは感じなかった。


一刻もはやく火の気のあるところに

息子を連れていかねばならなかった。

何も考えずに数メートル先を行く

女の指し示す方向へただ足を進める。


やがてぼんやりと民家の灯りが見えた。

私はドアを叩き声をかけた。

老夫婦が暖かい部屋へ招き入れてくれた。


温かいお茶を飲んで息子も落ち着いてきた。

私は曇った窓ガラスを指でぬぐい外を見た。

女の姿はどこにも見えなかった。


そして私は思い出した。

私が今の息子と同じ10歳くらいのころ

私はあの場所を歩き、彼女と出会い、

一緒に歩き、話をしたのだ。


あの時は夕方であったが

今夜くらい大雪が降った日だった。

膝上まで積もった雪を足でかきわけながら

私は家へ帰ろうとしていた。

迷子になるとは思わなかったが、

いつになったら家にたどり着くのだろうかと心細く不安だった。


その時にあの女と出会ったのだ。

私と同じ年頃に思えた。

その時もやはり彼女は白い服を着ていた。

彼女は「私が見えるの?」と聞いた。

何を言っているのだろうと思った。


私はひとりでは不安だったので

ちょうどいい話相手ができて嬉しかった。

彼女は私が今日どんな遊びをしてきたのかを熱心に聞きたがった。


ファミリーコンピュータというゲームを持ってる友達がいて

一緒に遊んできた。

友達のお母さんはココアを飲ませてくれた、

などということを聞かれるままに話した。

彼女は興味津々でコンピュータとはなんだ?

マリオはお化けか?ココアって熱いのか?

などどトンチンカンな質問を熱心に繰り返した。

私は面白い子だなぁと思った。

彼女と話をするのは楽しくて

いつの間にか家に着いていた。

女の子はいつの間にかいなくなっていた。


地球温暖化の影響なのか年々雪は少なくなった。

あの10歳の歳に体験したように

膝上までの雪を足でかきながら

村をうろつくようなことはもうなかった。


そして女の子と出会うのは

冬のうち1度か2度

シーズン一番の大雪の日だけだった。

あれ以来私たちがゆっくり話すことはなかった。


ある年は遠くにお互いを認め合うと手を上げて挨拶した。

そして、次の年には頭を下げあうだけになった。

彼女のことを知っているのは私の他誰もいなかった。

だけど冬の間に彼女は必ず私の前に姿を現したし

私は彼女の姿を探した。

そして私は高校を卒業した年に

雪の降らない土地へいった。


窓の外を見ている私のそばに息子がやってきた。

「あの人にお礼を言いにいっていい?」と聞いてくる。

息子には見えるのだ。


私にはもう彼女が見えない。

ここにたどり着くあいだだけ

私はこの雪国で過ごした10歳の少年に戻っていたのかもしれない。

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