こんがり焼けて、夕焼け。
空が焼けている。
それほど大きくもない川の横が通学路で、毎日毎日見ていたその景色はいつしかあるようでないものになってしまっていた。
高校3年生。
たった2年前は高校生という響き、大人への一歩だと思っていた。だから、行きつけの駄菓子屋も通りすぎ、コジャレたカフェに入るようになったのだ。今見ている景色も自分の味方で、キラキラ輝いて見えた。
しかし、たった2年。
当たり前となにも変わらない、変哲もない景色になったのはいつだろうか。キラキラの輝きは一種のフィルターが取り払われてしまったかのように、見えなくなっている。
目を擦っても、高校デビューでつけ始めたコンタクトがずれるだけで、なんの変化もない。困ったな、こんな高校3年生になりたかったわけじゃない。
いつもはしないが、土手に寝っ転がってみる。
何か変わりはないだろうか。日常とは違う、スパイスのきいた、非日常。
……ないな。
いつもの通学路はたった1人の行動ではびくともしないのだ。パズルのピースがたった1つかけたところで、何が描いてあるかなど簡単に分かるように。
パズルのピース1つには所詮そんな価値しかない。そう考えてみたのだが、もし、ピースが大きければどうか。重要な絵が描かれているピースならばどうだろう。
そうだとしても、自分はどんなピースなのか自覚はある。……つまり、びくともしない。
さて、なんの代わり映えない土手だ。土手のせいにしては悪いような気もしたが、これ以上は精神的に傷つくので土手のせいにしよう。
これからどうしようか。と、さっきまで歩いていた通学路を寝っ転がったまま見上げる。
翻るスカート。
許されない、暗闇に覗く、あれは……。
「水色か」
口から出たものはなかったことには出来ない。しっかりと、聞こえていたようで、鬼の形相をこちらに向けた。これはまずいと思ったときには、だいたいがもう遅い。
揺れる黒髪を耳にかけながら、同じ高校の制服を着た女子がすぐ横にしゃがみこんで、じっと見つめていた。鬼の形相はかわりなく、ただじっと見つめていた。
じっと見つめ返してみる。セミロングの黒髪にくりくりとした黒い瞳。制服のリボンタイは黄色だった。どうやら1年生らしい。
段々と見つめ合っているのが辛くなる。いっそ、何か言って、そう、罵ってくれと思う。
「……」
「……」
沈黙。
じめっとしてきた自分の手を握りしめる。
ふわりと香る、やさしい匂い。こんなこと言ったら気持ち悪いだろうが、やはり女子からは男子からない匂いがすると思う。草の匂いとその香りが交互に届くと、いてもいたってもいられない気持ちがじわじわとわき出た。
この沈黙はなんだ。
「……ぁの」
しょうもない第一声。かすれた冒頭で自分が追い詰められている状況を知った。
「①平手打ち、②グーパンチ、③蹴り、④頭突き、⑤」
「ちょ、ちょっとまって」
放っておけば10以上選択肢が出てきそうで、慌てて半身を起こす。
「選択肢は多いほうが良くないですか? それとも、こちらが指定してよろしいのでしょうか?」
「いや、そうだけど……」
「では、続きを」
「そうじゃなくて」
冗談なのかそうでないのか分からない。全くもって分からない。
確かに少しスパイスは欲しいと思った。だが、望んだのは身体的痺れを伴うスパイスではない。
「……その、悪かった。見ようと思ったわけではなくて」
「不可抗力だと仰いますか、この変態」
敬っているのか罵っているのかどっちかにして欲しい。
「たまたまだって」
「……ほう」
興味深そうに女子は目を細める。
この目は許した目じゃない。
「乙女の秘密を盗み見るのは立派な犯罪だと私は思いますが、先輩もとい変態さんはどうお考えですか?」
冗談なのかそうでないのか分からない、と思っていたがこれは冗談ではない。目が笑っていない。おかしい、2年も下の女子じゃないか。どうしてこんなに怖いんだ。
たかが、と思っているのが間違いだとは思う。しかし、許して欲しい。
「それは、故意にだったら、そう、なるが」
「ここは通学路にする生徒も多くいます。女子高生が歩くのも普通です。なら、見上げた時にこのようなことが起こるのは0%とではありません。よって、可能性は気付いて当然だと判断します」
「いやでも、ほら、別のこと考えていたら違うじゃないか」
ここは切り抜けなければならぬ。この女子、面倒くさい奴だ。
今ここで逃げてしまってもいいだろう。だが、後々きっと後悔する。同じ高校というのが一番の要因だ。バレてしまえば、残りの高校生活が地獄となる。
「……ほう。では、何をお考えですか?」
「え、その、ほら」
慌てて視線をはずし、周りを見る。
「空! 空がこんがりといい感じの夕焼けだなー、と」
こんがりってなんだ。
こっちが恥ずかしさで丸焼けになりそうだ。
恐る恐る女子を見ると、ポカンとした表情をしていた。これは、別の意味で追い込まれた。
後ろにしかなかった断崖絶壁が右側にもあったらしい。
「ふふふ」
女子は口を両手で隠しながら笑った。
一応先輩と思っているのか、笑い声は抑えてくれているようだ。それが逆に辛い。要らない気遣いだ。
「……っおい」
「ふふっ。いいですよ、こんがりな夕焼けに免じて許しますね。先輩」
瞳に涙まで浮かべていた。失礼な奴だ。
だが、許してはもらえたようで一安心。まあ、別の弱みを握られてしまったが、そこは目を瞑りたい。
女子はふわりと立ち上がり、微笑みながら居なくなった。
だが、ふと女子は振り返る。
「また、見られると良いですね。先輩?」
夕日に映えた黒髪の彼女。
一瞬時が止まって見えたのは、SF的な非日常だろうか。
fin.
青春もの書いてみました。
夕焼けっていいなー、と思ったのがきっかけで何か絡められないか考えた結果です。
何はともあれ、読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m
かなたわたあめ