4話
「なぁ、君は家族とか居ないのか?」
「102号室へようこそ」
「うん、そうだよな。居たらこんな所に居ないか。……俺も、居ないんだ」
「貴方に会いたかったよ」
「……ありがとう。いや、元々仕事が忙しくてさ、一人みたいな物だったのかもしれない。人にそう言って貰えるのは嫌では…」
「ごめんなさい」
「その謝るのだけは止めて欲しいけどね。君が居て、迷惑に感じた事もあったけど……迷惑ではなくて」
「ごめんなさい」
――何故だろう。零れる涙が止まらない。それが当たり前かの様に、止まらない。そして、言葉が止まらずに零れる。
「俺さ、婚約者が居るんだ。否、居たんだ」
「102号室へようこそ」
「……交通事故って分かるかな? あれでさ、居なくなったんだ」
「貴方に会いたかったよ」
「彼女が君みたいだったら良かったかもしれないね。いつまでも、いつまでも傍に」
「ごめんなさい」
「だから、謝るのは……謝らないで……」
「伝えたかった」
「……何を」
――不意に訪れた新たな言葉は幻聴か願望か。言葉と思考が止まる。
「愛してるよって伝えたくて! 此処に来たら言おうと思っていたの。でも貴方、突然居なくなるんだもん……私、驚いたよ!」
――少女は、何を。
「ごめんなさい、一人で寂しかったでしょ? ……なに泣いているの? もう、昔から貴方は直ぐ泣いてしまうんだから……。貴方に会いたかったよ。伝えたかった。愛してるよ……って。では、改めてご挨拶を! 私達の新生活の場、102号室へようこそ! 不束者ですが、これからもよろし
――少女は突然、笑顔のまま桜の香りと共に消えた。
『死ぬとは、どんな事?』
『死ぬと、どうなる?』
『何で皆、死んでしまう?』
……何日何ヵ月経っても少女が現れる事は無かった。少女は姿形が違えど……確かに婚約者だった。人は死に、天に召されて来世へ?
輪廻転生なんて嘘だ。きっと、あの少女は彼女が抱いた最期の思考。だから、まるで壊れた映像の様に繰り返し同じ言葉を発し、その先の言葉を終えて消えたのだろう。命は転生せず現世に存在し、やがて消滅する。
何故、姿が少女だったのか。何故、桜の香りがしたのか。俺には分かる術は無かったが、ただ分かるのは彼女が最期まで俺を愛してくれていた事だと……実感した。