2話
不意に訪れた声の主を探そうと慌てふためくと、それは目の前に居た。ずっと其処に居たかの様に、一人の少女が立っていた。……白い無地のワンピースに白い肌。微笑む少女が其処に居た。歳にして十代前半であろうか。その少女は、俺を笑顔で見つめていた。
あまりの出来事に困惑しながら尋ねた。
「君は……誰? 管理人さんではない、よね?」
いつの間にか眠りに落ちていたであろう状況を整理し、今が夢ではないと鈍い思考で懸命に現実的な場面を探るも、全ての考えは霧となり滑稽に狼狽えてしまう。
「102号室へようこそ」
……少女は俺の問いに答えず、笑顔で言葉を繰り返す。
「102号室へようこそ」
……これは、なんて莫迦話だ。噂に聞く【幽霊】と云う奴だろうか。否、そんな非現実的な事が起こる訳がない。鍵を開けたままにしていたからだろう。何処ぞの危ない子で、不法侵入で、厄介極まりない相手なのだろう。「警察へ行こうか」と言い放ち、少女の腕を掴む。
腕も掴めるし、足もある。肌が氷の様に冷たい訳でもない。噂に聞く幽霊様の特徴は当て嵌まらないから危ない存在ではない……でもなく、これは違う意味で危ない子か。入居初日から、何て目に合うんだ。
「102号室へようこそ。貴方に会いたかったよ」
「いい加減にしろ!」
同じ台詞を吐くかと思えば、会いたかった?湧き上がる苛立ちを抑え、少女の腕を引き玄関を開け外へと追い出した。
【追い出した】筈であった。追い出した筈なのに、手にしていた少女は居なくなっていた。辺りを見回しても姿は無く、忽然と消えていた。……何だよコレ。こんな陳腐な悪戯。
きっと疲れて幻覚でも見たんだろう。こんな安っぽい話があってたまるか。若しくは彼女を失った傷、なのか。実感って奴が現れて意味の分からない出来事を見せて混乱させているのだろうか。
そんな突拍子もない出来事に彼是と言い訳をして再び部屋へ戻ると、桜の香りと共に少女は其処に居た。ソファーの横で、笑顔のまま佇む少女……。
「なっ……何なんだお前は!!」
「102号室へようこそ。貴方に会いたかったよ」
怒りなのか、ふざけた幻覚への抵抗か、溢れ出す感情を抑えきれずに少女の頬を叩いてしまった。乾いた小さな音が部屋に響く。少女は頬を少し赤く染めつつも、笑顔で其処に居た。まるで人形の様に微動だにせず、笑顔で相も変わらず繰り返し呟く。
「102号室へようこそ。貴方に会いたかったよ」
「何なんだよ……あれか、霊とかそういう類いの奴か? 悲しみに暮れる可哀想な俺を見かねて失った彼女が現れたとかって奴か。そもそも、お前誰だよ。何が目的で此処に居る? 何で笑ってるんだよ。何で会いたかったなんだよ。何で。何で。何で……」
頼むから落ち着いていると思わせてくれ。実感なんて要らない。心傷?妄想?幻想?頼むから止めてくれ。頼むから。
そうだよ、悲しいよ。傷付いたよ。悪いかよ。




