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102号室へようこそ  作者: みつき
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1話

――蒸し暑い空気と五月蠅い蝉の鳴き声に攻められながら、俺は何処を見ているとも何を考えているとも無く、ただ白い廊下を呆然としながら歩いていた。


 仕事も軌道に乗り余裕が出来た俺……は、新しい部屋を借りる事にした。業者に荷物を運ばせ、管理人さんから鍵を貰い、新しい生活の拠点への第一歩を踏み込むべく白い廊下の先に在る扉の前へ立つ。

 本来ならば俺の隣には、愛する人が居る筈だった。しかし、此処の入居が決まった後に彼女は天へと召されたしまった。

……そう、ニュースで目にする事のある定番の【交通事故】だった。


「葬儀や挨拶や様々な手配が落ち着いた頃に、やっと亡くした実感が訪れるものだよ」


 昔、誰かから聞いた台詞を思い出す。

 彼女とは何年過ごしただろうか。つい暫く前に笑顔でいたのに……。明るくて、健康で、笑顔で、鬱陶しいと感じてしまう事もある程に優しかった。……つい暫く前に、隣に居たのに。

 病室で動かなかった彼女も、葬儀で眠る彼女も、小さな箱に納まった彼女も、土の中に居る彼女も、俺の知らない彼女。【実感】か。自分では落ち着いているつもりだが、それが訪れていないのは落ち着いていないと云う事なのだろうか。

……だから、此処に居るのか。

 【俺と君で選んだ部屋】一人になった今、此処に居るのは……きっとまだ無いのだろう。その実感と云う奴を受け入れる価値があるのか分からないが、今は哀れな自分を笑ってやろう。俺は鍵を差し込み、開錠する。


『死ぬとは、どんな事?』

『死ぬと、どうなる?』

『何で皆、死んでしまう?』


 そんな果ての無い思考を巡らせ扉を開ける。扉は音も無く開き、荷物もが積み上がった部屋を通り抜けると、酷く疲れていた体を休める為に運ばれていたソファーへと横たわる。

――良い……匂いがする。香水や芳香剤の様な不自然で人工的な匂いとは違う花の香り……。

 【桜の香り】が辺りに広がる。こんな匂いのする物が荷物にあっただろうか。疑問に思うも、その優しい香りが疲れた心身を眠りへと誘う。

 重い瞼を閉じながら暗闇の向こうに佇む一本の桜の木を思い浮かべていた。瞼の向こうにある暗闇の中、淡く優しく仄かな桜色の世界。



「102号室へようこそ」



 突如、静寂な空間に人の声が響き、呆けた世界を壊された俺は慌てて飛び起きた。


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