第六話 衛兵と襲撃者達
そこからの三日間は目もまわる様な日々だった。
衛兵だけでなく、町内部の警備隊をも総動員しての避難誘導。
ウルグが警告に来たという事は、町への襲撃の予兆は掴んでいるはずだ。
何時襲撃があるかもわからない恐怖が続く。
一秒でも襲撃を察知したい手前、ローテーションを組んで森へ監視役を出しているが今のところ発見の報告は無い。
急場で各所門の前を更に切り開き、即席の壁にしたり、木材を入手して障害物などを用意。
門と繋がる町内部に対しても同様に即席の壁や弓座の用意、封鎖の為の準備など走りに走った。
内部に設ける壁や弓座等は、破られることを十分に想定された配置だった。
それに対してあまりに悲観的ともとれる声も新人から聞こえたが、噂の数が押し寄せて来るなら間違いなく破られるというのがベテラン勢の意見である。
壁の上には森に向けて大砲や砲弾を並べているが、数の移動時間から門のある周囲のみに限定しているようだった。
この三日間、魔物襲撃は一度もなかった。
不気味な程静まり返った森に対して、ひりつくようなピリピリとした雰囲気が町に充満しだしたとき、奴らは来た。
本来なら明るく地上を照らす満月。
しかし見上げた夜空には雲しか見えない。
背後の門からは世話しなく動く人の気配。
そこら中に松明と仕掛けを仕込んだ門前に、森から馬に乗って駆けてくる二名の兵士。
町の領主から調査用の人材として、森の各所に配置していた偵察係だ。
「来たぞ! 魔物の群れだ! 見ただけでも凄い数だった! 一直線にこっちに来てる!」
そう告げると、今度は二手に分かれて左右に散った。
別場所への連絡を行うためだ。
その報告を受けて、単眼鏡を覗き続けていた監視係が兵士が来た方向を注力する。
暗闇の向こうに、風とは異なる木々の揺らぎが見えたのだろう。
「……あれか! クソ、暗すぎて見えない! ドラを鳴らせ! その後に鳴き鳥を吹き上げろ! 森に居る他の偵察係を引き戻せ!」
即座にドラが鳴り、鳴き鳥と呼ばれる甲高い音を出す笛の音が響き渡り続けた。
頭上で甲高い音が鳴り響く。
「始まった」
「やだねぇ。下手したらこれで町の命運が決まるってわけか」
「戻るぞ」
「りょーかい」
ウォルトとアレンは地面に刺さった松明を片っ端から倒すと、急いで門へと駆け抜けた。
人がぎりぎり通れる隙間まで障害物(ほとんどが不要なタンスなどのガラクタだ)が詰め込まれた道を駆け足で通り抜けて町へと避難すると同時、通路に積まれた荷物を乱暴に倒して道を塞ぐ。
松明の火は細く浅く掘られた溝に沿って燃え上がり、低くとも炎の壁を作り出す。
事前に油を撒いていた。
それは森と門を分断するための炎の壁だった。
光が徐々に線を描き、それと共に熱と明かりをもたらした。
倍以上に広げられた広場はあっという間に炎に囲まれる。
町の全方位を囲むには流石に無理だったが、門の周囲だけならば問題はない。
火力が低く、集団で押し寄せられれば後は消えるだけだが、ないよりましだろうという判断だった。
これが功を制するのかどうかはわからない。
やけどをした魔物ならば、新人でも多くの隙が狙えるだろう。
「ウォルト、上にいくぞ!」
「弓か……」
馬を仮置き場に預けると即座に階段を駆け上がる。
階段の上から声が叫ぶ声が聞こえた。
「上長!」
「弓兵、砲兵、配置につけぇ! 一体でも数を減らすんだ!」
登り切れば、慌ただしく衛兵や領地の兵士が砲や弓に噛り付いていた。
そうして構える傍から森から魔物が飛び出してくる。
離れた位置から見るそれは、生きてて一度も見たことが無い景色だった。
「魔物で溢れるぞ……」
誰かの呟きは轟音にかき消された。
魔物の出現に対応するように轟音や風切音が鳴り響く。
門から撃ち下される砲弾や弓は易々と魔物に刺さり、転倒させる。
その転倒された魔物は後からやってきた魔物に踏みつぶされ、踏みつぶした魔物は更に弓を食らい、倒れる。
森から滲む出るようにゴブリンやナーガ、オーガの群れが押し寄せる。
そしてこの周辺にはあまり見かけない、コボルトや人型のスライム、ファングも居る。
駆け上がり、壁の上から見た光景はこの世の物とは思えないものだ。
「見ろよ、ウォルト。コボルトにファング、ボア……あれはスケルトンか? 魔物の周辺生息図を作ってる連中が見たら泡吹いて倒れそうだ」
喋りながらも弓を放つ手は止めていないアレン。
他の衛兵、ハンター、町の兵士とは一線を画す速度で撃ち続けている。
全ての矢は恐るべき精度で敵の急所を打ち抜く。
一人だけ矢の放つ腕が尋常ではない。
以前敵対していた時はその精度に恐怖したものだが、味方となれば心強いことこの上ない。
自分の放った矢は実に平凡……平凡以下なものだ。
掠めることもなく地面に刺さり、ゴブリンに踏みつぶされた矢を見て弓を置いた。
無駄撃ちすぎる。
「この周辺に居ない魔物たちだな。俺も森では見かけん。ファングは以前集団での遠征時に見かけた程度だ。スケルトンなんて図鑑以外で初めて見た」
「ありゃ拙いね。ファングだけは速度が別だ。犬のような見た目しやがってるだけあって動きが素早い。さっき見かけたボアなんて退治するとなりゃ骨が折れる。巨大なイノシシモドキ、面倒極まりないだろ?」
「……そのボアは?」
「あれ? 見えないな。どこいったんだろう。こうも数が多いとな……」
炎の壁は一見するとあまり機能しているようにも見えなかったが、燃えた魔物が足を鈍らせ、背の低い魔物は立ち往生し、その隙に後ろから土石流のように押し寄せる魔物に押し倒され、踏みつぶされる。
そうして無心で弓を放ち続け、大砲の音に耳がおかしくなりかけたころ、聞きなれない、家屋が壊れるような音が響く。
――がしゃあああん!
大きい音だ。それも繰り返し、連続で鳴り続ける。
「なんだぁ!?」
「どうした!」
アレンの素っ頓狂な声と、上長の声が飛ぶ。
「ボアです! 巨大なボア二匹が門に激突を繰り返してます!」
答えるように離れた衛兵が叫ぶ。
「門を破壊しようとしているのか? ボアってそんな頭良かったか?」
「だから居るんだろ。指示するヤツが」
アレンの呟きはすぐにウォルトの声でかき消される。
その間も破砕音は止まらない。
ウォルトが門周辺を見れば、二匹の人の身を軽く超える巨体が体当たりを繰り返している。
近すぎて砲兵は撃てず、弓は刺さり続けてまるでハリネズミのようだった。
突破されるのも時間の問題だった。
何名かが弓を起き、駆け足で階段を駆け下りていく。
「俺は下に行く」
「そうしとけ! 面倒な手合いはまとめて張り付けにしてやるよ!」
階段を駆け下りると置いていた剣と盾を手に取り、門へと駆け走る。
門の入口が見えると同時に凄まじい勢いで家具や樽が吹き飛ばされ、粉塵と共に巨体のボアが出現する。
家具や樽は、通路を塞ぐために急場ごしらえで用意したものだった。
二匹目のボアはまだ姿を現していないが、家具が乱暴に壊される音と共に現れたボアにベテラン勢以外の衛兵達は動揺している。
そのベテラン勢でも、改めて獲物の握りを強くしている音が聞こえるようだった。
人間の倍はある大きさ。
ただの猪でさえ手こずる場合もあるというのに、この大きさで対応できるのかという不安。
巨大なツノに刺されれば体に大穴が空くだろう。
「で、でけえ……!」
「ここここ、こんなの無理ですよ!」
その姿を見に収めつつも、ウォルトは走る勢いを緩めない。
士気が下がりすぎるのは厄介事に繋がる。
二十名程度の衛兵の中には新人も居る。
震えて剣がぶれる彼らを走りぬき、置き去りにする。
突入後、品定めするように見ていたボアの側面へと走りこむと同時、剣先をかすめるようにその前足と後ろ脚に振るう。
その切っ先は太もも側の筋肉をするりと切り裂いた。
「ブルウウウウウウ!?」
骨に突っかからなかったのは行幸だった。
そのまま尻尾まで走り抜けると、返す刀とばかりに巨体の反対側へと走りこむ。
ボアは突進は非常に強力だが、方向転換が直進よりは苦手だ。
だから、止まっていることを幸いにまずはその機動力を奪わせてもらう。
両側の足を切り裂けば、巨体を支えるための力が入らず膝を震わせてどすんとその両膝を折った。
ボアの、品定めしているかのような時間はあまりに致命的な好きだった。
一瞬の間に決着を着けると同時、残っていたガラクタを吹き飛ばして遅れて二匹目のボアが突入してくる。
飛んできたガラクタに巻き込まれ、一人の衛兵が吹き飛ぶ。
「う、うわああ、うぐッ」
更にボアは突っ込んだ勢いを止めず、逃げ遅れた衛兵を紙切れのように巨体で飛ばし、押しつぶし、民家の壁へと激突した。
破砕音と粉塵をまき散らす。
「あ、ああああああ痛い、痛いぃぃぃ!」
「衛生兵のところまで運べ!」
「アッシュウウウウウウウウウウ!」
「縋るなよ! 頭部がねぇんだ、生きちゃいねぇ! まだ脅威は去ってねぇんだ!」
ベテラン勢は既に行動を開始している。
突っ込んできた二匹目に対して鋭い剣を持つ者が挟撃を加え、ウォルトが足を切り払ったボアに対しては執拗にメイスによる攻撃を頭部に加えている。
新人達は突然死んだ仲間に動揺を隠せず、使い物にならない。
それでもこの町を守る為に動かさなければならない。
ウォルトは声を張り上げた。
「門内の通路にとにかく物を詰め込め! ここがガラ空きかどうかで相対する魔物の量も変わる」
「ウォルト。砲を通路内にぶち込めるように陣取らせる」
「わかった。……悲しむのは後だ! 死ぬぞ! 動け! 剣を構えろ! 魔物が来るぞ!」
新人に激を飛ばし、ウォルトも行動を始める。
グループで行動している者たちは既に突入してくる敵に対して対処を行っている。
既に入ってきたファングやコボルトを数名で狩りつつ、一人の衛兵が通路内に松明を放った。
砕かれたガラクタは更に油を掛けられ、爆発的な勢いで燃え上がる。
あれならば、またボアのような存在が突破してこない限りは流石に魔物も突入して来ないだろう。
そろそろ、別方面の状況も知りたいところだった。
「ウォルト」
走ってきたアレンは、背中の矢筒にこれでもかと弓矢を補充していた。
「どうした、アレン」
「ここから西の門が破れる寸前らしい」
「あそこか。一枚門で壁も薄いか」
「ああ。壁の薄さはもしかしたらってこともある。俺は向こうに行くよ」
ちらりとウォルトは背後を見る。
火の着いた門内部の通路、死にかけたボア二匹、掃討は時間の問題であるファングとコボルトの魔物。
こちらの話を聞いていた同僚が声を上げる。
「――ウォルト、行って来い! こっちは問題ねぇ」
「わかった! 油断するなよ!」
「っは、誰に言ってやがる!」
剣を背負い直し、アレンを見直すと、そのまま二人で路地を駆け抜けた。