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第二話 衛兵と邂逅


「ッ!」


 失っていたことが嘘のように、耳が音を取り戻す。

 ――何を、何を呆けている!?

 自らに叱咤をかけるが体は動かない。

 遠い距離を挟んで一人と一体の視線が交差する。


「グルゥ……」


 小さな唸り声一つ。

 それだけで背後から聞こえる鳥のざわめきが強くなり、そしてすぐに消えた。

 ごくりと、自らの喉が鳴ったのがわかった。

 間違いなく勝てない。

 単独の話ではなく、町の戦力としての話だ。

 町に知らせたとしても、ドラゴンを倒すような戦力はあの町には存在しない。

 おとぎ話の竜種の力が、その通りならば。

 王都に対して最高の戦力を要請する必要がある。

 逃げろ、今すぐに。

 そう思うも、やはり、体は言う事を利かない。

 赤いドラゴンは、首をもたげてこちらを見るだけだ。

 その瞳と結び合い続ける。

 目が逸らせない。

 瞳からは、魔物には相応しくない光が見えた。

 それは何か。そう、これは――

 

「人よ」


 魔物の咆哮ではない、明確な知性が乗った声が耳に飛び込む。

 不思議と心地よさすら感じていて、なるほどこうして油断を誘って人を殺すのだなという、見当違いな考えさえ頭をよぎる。

 そうして声に宿る、知性の光。

 知識の中から、一部のドラゴンには人に匹敵する知性があることを思い出した。

 ぐるぐると空回りを続ける脳が答えを出す前に、ドラゴンは続けて声を出す。

 

「なぜ、我を見て逃げ出さぬ?」


 それは純粋な疑問の声だった。

 まっとうな疑問だろうと納得するぐらいには落ち着きを取り戻したと自覚した。

 そんな疑問が出ること自体、落ち着いたところからかけ離れたところにある特異な何かであるという事に気が付くことはなかった。

 体は言う事を利かないが、自然と声だけは出た。

 だがそれは、今のありのままを伝えるだけで、何を喋ろうかと考えたわけではなかった。


「見惚れていた」

「……」


 口に出して数秒後、場の空気を見て自分が何を言ったのかに気が付く。

 あまりに馬鹿げた回答だった。

 ドラゴンにとっては予期せぬ回答であったのは間違いなく、見つめ続けた瞳に困惑の色が走ったように見えた。

 居心地が悪い人がするように、手を動かす。

 体の下敷きになっていた手が見えて、鋭く尖った爪が見えた。


「何、狂人か……」

「違う」


 そこだけは間髪入れずに答えさせてもらう。

 気が付けば、体は自分の思うどおりに動かせる状態になっていた。

 現状は絶体絶命の状態である。

 だからといって逃げ出したところでどうにかなるものではない。

 相手はドラゴンだ。

 たとえ逃げたところで、こちらを害するという意識を持たれたら最後、どうにかなる相手ではない。

 それに逃げたならばその瞬間に殺されるはずだ。

 逃げかえれば、自分を討つための人間が送られてくる可能性を思いつくぐらい、ドラゴンなら考えつくかもしれない。

 幸いな事に言葉が通じる。

 ならば、対話をするだけだ。

 覚悟を決めると、武器を捨てる。

 そうしてどっかりとその場に座り込んだ。

 ドラゴンはこちらを見続けている。

 

「こちらから、質問してもいいか?」

「……構わぬ」


 問いかけに対する回答には間があった。

 ドラゴンからの視線には困惑が含まれているような気がした。

 一呼吸おいて尋ねる。


「なぜこんなところにいる?」

「……」


 その質問に、ドラゴンは即座には答えなかった。

 僅かな間に、答えるまで、じっくりと観察してやるかという精神的な余裕さえ生まれていた。

 ここで初めてお互いの視線が切れた。

 ドラゴンが空を見たからである。

 そうしてこちらから視線を逸らしたまま、苦汁に満ちた声で続けた。

 

「我は、憎たらしい事に、同種に近い存在に傷をつけられた。その負傷でここに居る」

「……手負いなのか」

 

 こちらから見た限りでは傷は見えない。

 探るような視線に気づいたドラゴンがぐるるという唸り声と共に睨みつける。

 

「幾ら手負いといっても、貴様を殺す程度のことは出来る。妙なことは考えない事だ」

「弱点があると晒したのはそっちじゃないか。そんなことは考えてない」

「……」


 また黙る。

 そんな姿に、一種の疑問が鎌首をもたげてくる。


「一体何にやられたんだ。同種に近いってなんだ。ドラゴン……なのか?」


 もう一体、この周辺にドラゴンが居る。

 その事実はあまりに絶望的すぎる。


「いや、それにしては体躯は小さい。恐らくは同種ではないだろう」

「ドラゴンではない」


 だとしても、目の前の巨躯を持つドラゴンに傷をつけるなんていうのは生半可な魔物ではない。


「興味本位でこの周辺を飛んでいた時にな。……夜の闇の中、上空から火球で撃たれた。速度の乗った、中々に鋭い一撃だった」


 やり取りを続けるうちに、どうにも、自分に負傷を負わせた敵の詳しい姿を見たわけではないらしい。


「負傷はどこら辺なんだ?」

「あぁ、我のこの翼がな……いや、なぜ弱点を晒さねばならんのだ」

「……」


 そうして、会話を続けるやはりを思う。

 もしかしてこのドラゴン、思ったより知性が低いのではないだろうか。

 というより、これは。

 この無防備さは。


「もしかして意外と若いのか?」

「……」

「そうなのか」

「だとしたらなんだというのか!」

「ッ!」


 流石に、ドラゴンの力のある声で吠えられると身が竦む。

 こちらが声を詰まらせると、ドラゴンはやや気まずそうに見てきた。

 ぐるぅという声と共に多少を声を荒げてくるが、もはや当初の威圧感は無い。

 これならば、十分に生きて帰れる可能性があるかもしれない。

 

「変なことを言って悪い。なら、翼が治れば出ていくのか?」

「治ればな。なんだ、我がここに居ては問題なのか?」

「お前さんはあまりに強力過ぎてな。居るだけで森の生態系を変えちまう。それは人間としては困る」

「ふむ。…………わかった。我も場を乱すのは好きではない。ここに居続けるのも暇であるしな」


 そうかと一安心すると同時、肩の荷が下りたというべきか。

 翼さえ治ればここから去るという。

 少なくとも今すぐ殺されるという危険性は無くなったし、今後の脅威として残り続けるというわけでもないようだ。

 この知性と様子ならば、町を襲うようなことはないだろう。

 ならば、あとはその負傷が速く治るよう、手伝うだけだ。

 そう考えた時、最初に姿を見たときの衝撃が脳裏を一瞬よぎり、遅れて、一抹の寂しさのようなものが走った気がした。

 

「おい、翼の負傷部分見せてくれ。何か手伝えるかもしれん」

「人間、我はお前に……」

「こちらも長居されると困るっていう話だ。それ以上どうにもしやせんよ」

「……本当か?」

「本当だ」

「……ここだ」


 こちらを伺う視線や、魔物ではない人間をすぐに信頼するところからして"若い"と感じた。

 人間換算なら幾つかなんて、誰も確認はしていない。

 ドラゴンの生態など勿論詳しくない。

 そんなことを研究する人間も、あの町にはいやしない。

 具体的にどれくらい若いかはわからないが、まるで15歳を超えたあたりの若者のような知性だ。

 だがそれが良い方向に働いている。

 そうして苦笑が零れた。

 出会った当初は死ぬかと思ったものだ。

 それがまさか、自分がドラゴンと接することになるとは夢にも思っていなかった。

 だが、こうして話が通じ合う現状は、小さい頃に空想したような、望みうる理想的な展開だなと思った。

 その後も、ドラゴンとは現状必要なものについて話し合ったのだった。

 

 ===========================

 

 剣の手入れが終わると同時、記憶の振り返りもやめた。

 そうしてふと思い出したことがあり、アレンに尋ねる。

 

「アレン」

「んー?」

「子豚って一匹幾らだ?」

「はぁ? ……え、なんだよ、ウォルトちゃんよ。豚を飼うことに目覚めたっていうのか?」

「そんなところだ……参考にな。ああ、死んだ奴でも良い」

「おい、死んだ奴ってどういう事だ。なんだ、よく知らんけどハムでも作んのか。料理の趣味でも目覚めたか?」

「そんなところだ」

「え、マジで?」

「そんなところだ」

「ウォルトの返事がどんどんおざなりになっていく……」

「そんなところだ」


 ドラゴンとはあれからもう一度だけ会ったが、翼の負傷よりも深刻な問題があったのを思い出した。

 ドラゴンは通常、翼を使って高速で移動し、獲物を狩る……らしい。

 しかし翼を負傷している現状、足と腕を使って移動して狩らねばならない。

 あの森の中ではそうそううまく移動できず、また気配が大きすぎるため、周囲に獲物が寄ってこないのだという。

 気配を隠すのが下手なのか? と聞くと、目を逸らされ、俺が来なかったどうしてたんだと聞けば、どうしようという顔をされた。

 ちょっと面白かった。

 来なかったら恐らく近場の川を探して永遠と水を飲んでそうだった。

 いや、ドラゴンの表情などわからないのだが、そう見えた。

 あのドラゴンは隠し事が下手すぎる。

 そう考えながら、アレンから聞いた豚の相場は、衛兵の給料からするとかなり高い。

 しかし、趣味に金を注ぎ込むわけでもなく、時折森から獲物をとってきては売りさばくウォルトなら、それなりに貯蓄もあって少ない日数なら何とかなりそうだ。

 

「ま、値段はそんなところだな」

「そうか」

「ベーコンとか、ハムとか作ったら食わせてくれよ」

「そうか」

「ウォルト……」

「さっさと掃除を終わらせて仕事に戻るぞ」

「あーあーあー聞こえない。せっかく臭いから遠ざかったのにまーたあの臭いをかがなくちゃいけないだなんて!」

「放っておけば虫も沸くし、市民からの苦情が飛んでくる」

「わーってるよ」

 

 めんどくせぇ、という声が、アレンにつられるように待機所のそこかしこから上がるが、誰もが席を立ち、魔物の掃除を始めたのだった。

 掃除が終わるころ、森から顔を出すように朝日が見えた。

 

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