ある文芸部の日常
「さて、今日の議題はおっぱいについてだ。みんな、どんどん意見を出してほしい」
唐突にそう切り出した磯村は、すらすらとホワイトボードに書き出した。
『大きい、小さい、普通。果たしてどれが正義なのか』
振り向き、教卓に手をついて平部員どもを見下ろす。
反応は様々だ。
またか、と呆れるのもいれば、変態が、と冷たい視線をむける者もいる。
「どんな思考回路してたら私っていう女子がいるのにそれを持ってこれるのか、理解に苦しむよ」
山本がスマホをいじりながら愚痴る。デリカシーというものを親の腹の中にわすれてきたのだと思ってもついつい言ってしまうのは、ツッコミ役が休みだからか。
それとも自分がボケに回れないからか。
そんなことを思う。
「あー、まぁ、なんだ。山本も女子だしさ、部長ももう少し気を付けろよ」
「えー、やだー。なんでメロンに気を使わないといけないのさぁ。ロリでも妹でもちっぱいでもないどころかこいつ、bigbustだずりぇ!?」
ガッ!
山本が手元にあった筆箱を投げつけて、それが磯村の顔面に入った。
ぐはぁ! と顔面を押さえてうずくまる磯村に追撃をかけようとする山本を、中町が必死に止める。
磯村は、よろよろと立ち上がると、また、懲りずに、メロン風情がぁ、と。親の仇でも見るかのように山本の一部分をにらむ。
生粋のちっぱい信者な彼にとって、bigbustとはただそれだげで敵なのだ。
とりわけ、ちっぱいが急速に減少の一途を辿っているとなれば、ますます顕著になるのは自明の理とも言える。
とはいえ、それは女子である山本に言っていい理由には到底なりえないが。
「話がそれたな。まあいい。今日はそういったことではなく、真面目な話だ」
「はっ」
「あ、おま、鼻で笑ったなぁ! 俺だってたまには真面目な話はするんだよ!」
いきりたつ磯村をおさえ、しかし山本に、
「話くらいは聞いてあげよ? たぶん真面目なんだろうしさ」
「むむぅ、中町がそう言うならいいけどさぁ。…………これでくだらないことだったら、な?」
にこっ、と。事情を知らなければうっかり恋に落ちてしまいそうな笑顔は、磯村に恐怖しか与えない。
おいおいまじかよ。そう苦笑いをしながらも磯村は口を開く。中町は、もしもに備えて、腰を浮かす。
「古来日本は、ちっぱい。いや、ここはあえて貧乳と言おう。
貧乳は是であり巨乳は否であった。だがしかし、戦後日本は急激に貧乳にコンプレックスを抱きだし、反比例して巨乳に憧れを抱き出した。それは、日本文化の大きな転換点だと言えよう。だからこそ、文学を嗜む者として、議題にあげたわけだ。ここまではいいな?」
「えーっと、真剣に話してくれて悪いんだけどそれ、つまりはただのおっぱいの趣味嗜好の話よね?」
「ごめん、擁護できない」
「中町ぃ!」
必死の弁解もむなしく鳩尾からの金的への連続攻撃になすすべもなく崩れ落ちる。ひぃぃ、と思わず内股になる中町を無視して、
「で、結局何がしたいの、あんた」
「ど、して。ひん、ぬが、きょぬぅに、勢力を。逆転されたか、だ。……ふぅ。これは、単純に貧乳巨乳の数だけではなく、それに対する人の意識についても、だ」
そう言えば、黙し。顎に手をあて思考を巡らし。山本は、
「なら、私は巨乳。あんたが貧乳。んで中町が調停役をして。それでどう?」
「ほう、貧乳マスターたる俺にそう出るか。いいだろう。全身全霊をもって貧乳のなんたるかをお前に叩き込んでやるわ!」
「上等!」
………………巻き込まれていながら一人蚊帳の外に、中町はいた。
「ほんと、めんどくさいなぁ」
机を間には挟み窓側に山本、廊下側に磯村、そしてまんなかに中町といった風に移動する。
「それじゃあ、討論を始めます。まずは部長からお願いします」
「あぁ、承った」
眼鏡をくいっと上げると、スマホを取り出す。そこに写し出されたとあるグラフを見ながら続ける。
「先に言っておくが、俺は貧乳=Aカップとしている。で、この資料によれば1950年代時点で50%もいたAカップが、2010年代にはわずか5%になっている。これは肉食が進んだことと食料事情の改善が原因だろう。
だがな。それがイコールで貧乳にコンプレックスを抱くことにはならん。そうなったのは、多数派となったお前のようなメロン共の圧力があったからに他ならん‼」
「異議あり!」
バン!
勢いよく机をたたき叫ぶ。オパーイがたわわにゆれる。磯村はともかく中町にとってはご褒美だ。
その視線に気づいてか、ジト目を向ける。
ごほん、と。誤魔化して、
「認めます」
「んじゃ、反論ね。まず、巨乳が増えた件については概ね同意よ」
「大胸だとぉ!?」
「黙れ変態死んでこい」
磯村の顔面に叩き込むべく放たれた拳は、中町によって動き出す前に止められた。
ちっ、と舌打ちをして、渋々と、本当に渋々と手を降ろす。
ざまぁ! とでも言いたげにどや顔をしている馬鹿には中町が代わりにひじ打ちをしていた。
急所に入ったのか、悶絶している相対者を置いてきぼりにして話は進む。
「ただね、一概に貧乳の子がコンプレックスを抱くようになったのは巨乳の子たちの数が増えたこととは言えないとおもうの。
欧米文化への同化。こっちのほうが私は大きいと思う。
それに、昨今では『貧乳はステータスだ!』なんて言葉があるくらいよ。つまり貧乳が虐げられてる、と断言はできないわ。たとえ女子の大半がそう思ってなくても、ね」
「着物! 日本古来の衣服、着物は巨乳には似合わんぞ‼ 貧乳でなければ伝統文化をしっかりこなすことは難しいぞ!」
そう吠える磯村を、しかし山本は、はっ、と鼻で笑い、ついで呆れのこもった視線を向ける。
何か反論があるのかと、いやあるわけないだろう!
そう身体中から自らの意思を発する磯村は、それを見て、身構える。
「情報収集が足りないようね」
「なんだと?」
「最近は増え続ける巨乳持ちの需要に合わせて巨乳でも似合う着物が作られてるのよ。事実私も着たことあるもの」
「ば、ばかな!? な、ならば‼ 運動! 運動するときには揺れる上に抵抗があるだろうが! それは紛れもない欠点なはずだ!」
渾身の激論をあっさりいなされ、追い詰められだ磯村がそう言えば、うっ、と。痛いところを突かれた、と。
そんな内心が透けて見える。
だが、山本は、気を取り直して、
「た、確かにそうね。でも! 想像してみなさい、ランニング中に揺れるオパーイを。水着を押し上げるオパーイを。
………どう? ちっぱい党あなたでも帳消しになるとは思えない?」
「………………………確かに、それは、認めざるを得ない。ふっ、ならば、これは俺の負けか」
言い負かされたのだと、論破されたのだと。そう悟り崩れ落ちる磯村に、山本が、すっ、と手を差し出した。
「ノーサイドよ、磯村。もう戦いは終わったのよ。ここからは、互いに理解を深める時間よ」
「山本…………。ったく、お前というやつは。
だがまあ、そうだな。巨乳と貧乳との間の溝を埋めるのも大事か」
雨降って地固まる。馬鹿と、サバサバ系女子との間のいざこざなどそんなものだった。
今さっきまで激論を繰り広げていた二人は、仲良く話しながら部室から出ていった。
「僕は、部長のちんこがいいなぁ」
一人、中町が寂しそうに呟いた言葉が風に消えていった。
衝動的に書いたので、いろいろアレですみません
ちなみに、内容は作者本人がちょい前にしたことを文にしただけなのでキャラぶれが多々あったかと
読んでいただきありがとうございました