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しましまのパール

 目が覚めたのは、歌が聞こえたから。でも、すぐに気づいた。それは歌じゃなくて鳴き声だって。

 鳥たちのピチピチ、チュンチュンいう声で徐々に覚醒する。

 わたしはぐしぐしとまだ眠くてしょぼくれた目を拳で擦り、それから布団の中でうーんと両手を伸ばして全身をのびのびさせ、ぼけっと天井を見た。

 格子状の木枠のはまった天井だ。

 ――あれ? ここ、どこだっけ?

 部屋の中はちょっと薄暗かったけど、それでも窓の外には青空が見えた。

 隣にベッドが並んでいて、すでにきちんとベッドメイクが終わり、シーツも布団も整えられていた。

 見回して、わたしはここがどこなのか、段々思い出してきた。

 ――そうだった。わたし、夢を見てるんだった。

 起きた直後、夢を見てると思うのって、ちょっと、というか大分変だけど、しょうがない。だって、そうに決まってるし。

 上半身を起こすと、きょろきょろと頭を振ってみる。部屋の中にクリスティーヌがいない。

 ベッドから降りると、すぐ足元にスリッパが置いてあった。まだわたしにスリッパを履かせたいらしいけど、見なかったことにして裸足でふわふわ絨毯の上を歩き出す。

 知らない間に靴下を脱いでいたらしい。指の間にやわらかい絨毯の毛が入り込んで来る。それから、これまた知らない間に服を着替えていたことにも気づいた。

 水色の制服ではなく、タンクトップとパンツ姿、つまり下着姿になっていた。

 ――わたし、自分で脱いだのかな?

 まったく思い出せないまま、わたしはとりあえず外の様子をうかがいにガラス戸に近づいた。ひよこ柄のカーテンは開かれていたので、戸を開けてベランダへ出てみる。ここにもスリッパというか、つっかけがあったので、今度はちゃんと履く。足の裏が汚れるのはイヤだもんね。

 四月か五月ぐらいの爽やかな風が吹いていた。

 山を切り拓いて斜面に建てられた寮は学院より高い場所にある。お城みたいなとんがり屋根の校舎を見下ろすと、屋根のてっぺんに青い旗がはためいていた。ドラゴンの模様みたいに見える。

 わたしは手すりを掴んで、遠くの方を見た。校舎のずっと向こう。学院から谷間へ下りて行く一本の道の先は途中から見えない。けど、向かいの青々とした山にも一本の道が横方向に走っているのが見えた。

 あの道の先には何があるんだろう。この世界のことが何もわからないわたしには、未知の領域だ。

 そのとき、目の端に動くものが映った。真下から誰かが校舎の方へと歩いて行く。

 栗色の頭と水色の制服姿の・・・男の子だ。

「あっ!」

 思わずわたしは声を出した。あれって、確か昨日会った子じゃなかったっけ。ええっと、ええっと。

 名前が思い出せない。そうだ。

「ジェダイド!」

 わたしが思い出した瞬間、下を歩いていたジェダイドが振り返り、偶然にも寮の方を見上げた。互いに目が合う。

 挨拶とかした方がいいのかな。でもあの子、なんだかちょっと怖そうだったというか、イヤなヤツっぽっかった気が・・・。

 そんなわたしの心が通じたかのように、ジェダイドが怖い顔で手を振り上げた。

「おい、バカ! 何やってんだッ!」

 なぜかそう叫ばれる。

 三階にいたわたしは顔をしかめた。挨拶もなしに、またいきなりバカなんてひどい。

 ぷっと頬を膨らませたわたしを見て、ジェダイドはなぜか猛烈に手を振り回した。

「この大バカ! さっさとひっこめ!」

「なんでよ!」

 思わず言い返す。

 すると、ジェダイドは顔を背けて何かぶつぶつ言った。まったく聞こえなかったけど。

 それから、こっちを見ないでなぜか地面に向かって怒鳴る。

「いいからさっさと着替えて、厩舎へ来い!」

 その後はまた、ぶつぶつぶつぶつ。一人で何か言っている。その横顔は真っ赤だ。

 わたしが何か言おうとする前に、ジェダイドはダッと走り出した。数メートル駆けて行き、そこでまた振り返ると大声で叫ぶ。

「バーカバーカ! シマシマのパール!!」

 わけのわからないことを言うだけ言って、真っ赤な顔のジェダイドは走って行ってしまった。

 ――シマシマのパール?

 何のことかわからず、わたしが首を傾げていると、後ろから悲鳴が上がった。

「きゃあぁぁぁぁ! パールったら!」

 振り返ると、クリスティーヌが部屋に入って来たところだった。

「あ、クリスティーヌ。おはよう。朝だよね、今。わたし、あのまま寝ちゃったのかな?」

 呑気なわたしに、クリスティーヌは駆け寄ってきた。

「ちょっと、パール! そんな格好で外に出ちゃダメじゃない!」

 そんな格好? わたしは自分の姿を見下ろした。白いタンクトップに、ピンクのシマシマパンツ。

「あ・・・」

「あ! じゃ、ないわよ。そんな格好、人に見られたらどうするの! 男子に見られたら大変よ。何言われるか。早くこっちに来て」

 もう男子に見られちゃったんだけど、と言うことができず、さすがのわたしも慌てて部屋に戻る。

 そっか、シマシマのパールってこのこと。うう、男の子にパンツ見られた。どうしよう・・・。露出狂だと思われたかも。

 しかも、あのちょっと意地悪そうなジェダイドだ。学校でみんなに言いふらすかも。

 どんよりしながら、わたしはクリスティーヌがクローゼットから出してくれた水色の制服に着替えた。今日はズボンじゃなく、スカートだ。どうやら、女子の制服はズボンかスカートか気分で選べることになっているらしい。

「それにしてもパール、まだ頭よくなってないのね」

 クリスティーヌは記憶が戻ってないのね、と言おうとしたらしいけど、どう聞いてもそっち系の意味に取れる。

 わたしは苦笑した。

「う、うん。ごめんね、ホント」

「大丈夫よ。マカロニティ先生もそのうち思い出すだろうって言ってたし、それまでわたしが手伝うから心配しなくていいからね」

 クリスティーヌは大丈夫大丈夫とわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「いろいろ忘れてるなら、今日は覚えることがいっぱいよ。一緒にがんばろうね」

「うん」

「さて、準備できたね。じゃあ、パールのカバンはこれだから忘れないようにね。今日使うものはちゃんと入れておいたから」

「ありがとう」

 茶色い革のショルダーバッグを渡され、わたしは受け取った。クリスティーヌって本当に面倒見がいい。やさしいし、かわいいし、何より金髪碧眼のお人形みたいで、わたしの夢の産物とは思えない。

 ああ、現実にもこんな友達いたらなぁ、なんて思っていると、クリスティーヌがわたしの襟元のリボンを整えながら言った。

「まずは食堂ね。朝はそこで食べるのよ。多分、クラスの子とかに話しかけられるから、挨拶はちゃんとしようね」

「う、うん」

 ちょっと子供扱いすぎるのが玉に瑕かもしれないけど。

 わたしはそこでハッとした。

「あ、あの、クリスティーヌ」

「なぁに?」

「ジェダイドはもう厩舎? に行ったみたいなんだけど、わたし急がなくて平気かな?」

「ああ、そうね。でも、パールはまだ病気だから、ジェダイドにやってもらっておけばいいんじゃない?」

 そこで、クリスティーヌは初めて見る顔をした。眉が中央に寄り、小さな唇がきゅっと萎まって、剣呑な目つきになる。

「あのね、パール。先に言っておくけど、ジェダイドにはあまり関わっちゃダメよ」

「どうして?」

「ジェダイドってパールが記憶をなくす前から、いっつもあなたに意地悪してたんだから」

「そうなの?」

「そうなのよ! 昼食のおかずを掠め取ったり、あなたのノートに落書きしたり、ドラゴンの糞の中に突き飛ばされたこともあったじゃない」

「・・・・・・」

「一週間は臭いが取れなかったのよ!」

「・・・・・・」

 それはさすがにダメでしょう。想像してわたしはぞっとした。そんなことされたら、ジェダイドを末代まで祟りそう。

「パールがほにゃ~として言い返したりやり返したりしなかったから、余計に増長して、最近はドラゴンの騎乗実習でパートナーになったからってやりたい放題だったんだから。わたし、あなたがステラから落ちたって聞いたとき、ジェダイドがやったと思ったぐらいよ」

「・・・そうなんだ」

 もしそれが本当なら、殺人未遂じゃないでしょうか? 飛んでるドラゴンから落とされたら普通は死ぬと思うの。

 でも、野原で目が覚めたとき、ジェダイドって心配してるみたいに見えたけどな。

 さっきだって、下着姿のわたしに最初、「ひっこめ」って言わなかったっけ?

 あれって、部屋に戻れって意味だよね。

 うーんうーん、とジェダイドのことを考えている間に、わたしはクリスティーヌと共に男子寮と女子寮の間に挟まれたガラス天井の食堂へと着いていた。


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