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タララッの歌

「ど、どうしたの、パール?」

 驚いたクリスティーヌが目を丸くする。

 わたしはいやいやいや、と首を大きく横に振った。

「それ、歌じゃないよね。お経だよね。お経にしか聞こえないもん。怖いからね、クリスティーヌ」

 わたしが早口でそう言うと、クリスティーヌは「おきょー?」と呟いた。

「それはまぁ、わからなくてもいいんだけど、歌ってこう流れるような感じで」

 お経も流れるような感じだけども。

「もっとこう、起伏があってメロディアスで、騎士様の出立なら軍歌とはいかなくても雄々しい感じのかっこいい歌があるんじゃないの?」

「めろで? ぐんか?」

 困惑しているクリスティーヌがわたしの言葉をオウム返しにする。

 ちっとも伝わっていないようなので、わたしは仕方なくラディッキー行進曲を口ずさんだ。

「こういうのだよ。タララ・タララ・タララタッタ~! タララ・タララ・タララタッタ~! ラッタタ~! ラッタタ~! ターラタラタラタッタッタ~!」

 簡単にサビの部分を歌ってみると、クリスティーヌはきょとんとした顔でわたしを見つめた。

「何、いまの?」

「何って、行進曲だよ」

「行進曲?」

 ふと、わたしは思ってしまった。この世界の音楽ってどうなってるんだろう。まさか、さっきのあのお経がデフォじゃないよね。そんな世界あるわけないよね。

 ――いや、でも待てよ。

 昔の日本で考えてみると、平安時代の音楽って雅楽が主流だよね。あの笛とかでピヒョ~ってやつ、風光明媚な感じだけど、口ずさむにはちょっと・・・って曲が多いような。でもさすがに平安時代の文明よりは進んでるように見えるけど。

 うーむ、とわたしは悩み始める。その横でクリスティーヌはじっとわたしを見つめていた。

「あの、パール」

「んん?」

「さっきの、もう一回歌ってみて」

「んん?」

「ねぇ、パール」

「んん?」

 考え込んでいるわたしの肩をクリスティーヌが掴んで揺すぶった。

「な、何?」

「だから、もう一回さっきの歌を歌ってみてって言ったの」

「あ、うん。ラディッキー行進曲ね」

「らでっき?」

 わたしはもう一度、明るい感じでタララッタララッと歌ってみた。

「ほわ~~!」

 なぜか称賛がこもったようなきらきらした目でクリスティーヌに見られる。

「ええっと、行進曲って聞いたことないの?」

「行進曲? ないわ。パール、記憶がなくなった代わりに、音楽の才能に目覚めたんじゃない?」

 感心したように言ったクリスティーヌは、そこですぐに「ああ」とうな垂れた。

「ダメだわ。音楽は身分の低い人がするものだもの」

「身分の低い人?」

 不思議なことを言われて、わたしが訊き返すと、クリスティーヌは頷いた。

「そうよ。さっきパールが楽器がどうこうって言ってたけど、楽器を弾くのは農民より身分の低い人たちでしょう」

「そうなの?」

「そうよ。身体が悪くてろくな仕事ができない人とか、生まれが卑しい人がする仕事じゃない」

「何それ、そんなことが決められてるの?」

「決められてるかどうかは知らないけど、そうなってるじゃない」

「・・・・・・」

 じゃあ、元の世界でピアノを弾きまくってた上に、そのプロを目指してたわたしって、この世界じゃ身分の低い卑しい人ってことになるのかな。それはちょっと悲しい。

「で、でもさ、わたし、楽器も好きだし、部活ではホルンも吹いてたし・・・」

「ほるん?」

「ああ、それもわかんないか」

 わたしは頭に手を置き、上向くと、「うああ!」と叫んだ。せめてこの胸の内を叫んでちょっと放出したい。伝わらないこともだけど、この世界とのギャップがわたしのメンタルに結構くる。

 ――わたしの見てる夢のはずなのに、この世界設定どうなのよ!!

「うがあ!」と怪物っぽく呻いていると、

「だ、大丈夫、パール?」

 と、クリスティーヌが心配してくれた。

 実際のわたしの年齢からすると、クリスティーヌって八つも下なのに、まるで同級生の親友みたいに思えてくる。同級生にこんなかわいい親友いなかったけどさ。というか、今思ったけど、わたし、親友と呼べる友達がいない・・・。高校三年生女子なのに、適当な友達しかいないとか、寂しい人生だな。

 叫んでいたと思ったら、急激にしょんぼりしたわたしに、クリスティーヌはそっと手を差し伸べ、頭をよしよしと撫でてくれた。

「さ、もういいでしょ。今日は休んで。お夕飯の時間になったら起こしてあげるからね」

「・・・うん」

「お話より、こっちの方が落ち着くでしょう」

 そう言って、クリスティーヌはもそもそとわたしの隣に寝転がった。

「手を出して」

 言われたとおり、クリスティーヌに近い方の左手を出すと、きゅっと右手で掴んでくる。

「パールは覚えていないかもしれないけど、わたしたちよくこうやって一緒に寝たんだよ。どっちが先に寝るか競争しよう」

 わたしはなんだか恥ずかしくなった。絶対顔が赤くなってる。

「あ、あの、クリスティーヌ、わたしさすがにこれはちょっと・・・」

 小さい子のような扱いじゃなかろうか。だけど、クリスティーヌは手を離さなかった。

「大丈夫大丈夫。パールはこうすればすぐ眠れるんだから」

「そ、そうかな・・・」

 クリスティーヌはわたしより先に目を閉じると、小さくタララッタララッタララッタッタ~ と口ずさんだ。さっきのお経とはまるで違って、小鳥のさえずりみたいなやさしい声。

 ――一度聞いただけなのに、もうさっきの覚えちゃったのかな。

 わたしは驚いたけど、それより同じフレーズを繰り返すクリスティーヌのゆっくりとしたラディッキー行進曲に、頭がぼんやりしてきて、そのまま深い眠りに誘われていた。


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