アラゴンの劇
おじいさん先生の五分ほどの説明が終わると、また舞台上には人がいなくなり、子供たちが騒ぎ始めた。
わたしは隣に座ったジェダイドに訊ねた。
「ねぇ、劇の準備しなくていいの?」
ジェダイドはわたしたちのクラスの劇の主役だ。こんなところにいていいのだろうか?
ジェダイドは嫌そうに顔をしかめた。
「おれたちの出番はまだ先だからな。ホールの裏で待ってるなんてつまんねぇだろ」
確かにそうかも。
今日のプログラムの冊子にも、わたしたちのクラス、下級四年のシルヴァーフォックス組は十演目中、六番目だ。
でも、わたしは周囲を見回した。
「リアや他の子たちはいないみたいだけど・・・?」
「そりゃ、女はいろいろ準備があるんだろ。おれなんか三分で着替えられるのにさ」
ジェダイドは呆れた顔になる。
「なんでか、やたらとはりきってるやつらがいるんだよな。念入りに準備したいんだろ」
「ジェダイドは違うの?」
わたしが聞くと、ジェダイドは肩をすくめた。
「おれ? おれは早く終わって欲しいだけ」
心底そう思っているらしく、むすっとした顔で舞台の方を見つめている。
舞台の緞帳の前に、今度は中学生ぐらいの男子が上がってきた。
それと共に、天井付近に浮いていた白い発光体の光が薄らいでいき、会場が暗くなり始めた。
「わ! そろそろ始まりそうだね」
わたしのワクワクも高まってくる。
檀上に上がった男子生徒にスポットライトが当たり、そこだけがくっきりと浮かび上がった。
思わずわたしは振り返った。
だって、電気設備なんてものはないから、どうなってるのかなって。
わたしの部屋の明かりって、蝋燭なんだよ?
夜はみんな脂や蝋燭がもったいないから、早く就寝するぐらいだし。
背後を見ると、せり上がった席のさらに上に、四十センチ四方ぐらいの箱が置いてあった。
光はそこからまっすぐに舞台上へ放たれている。
――箱の中に投射機みたいなものが入っているのかな。
天井に浮いていた発光体よりも光度が高いらしく、わたしは眩しくて目を細めた。
「おい、おまえどこ見てんだ?」
隣からジェダイドが言った。
「う~~ん、この明かりがどうなってるのかと思って」
「そんなことが気になるのかよ」
気になっているのは、わたしだけみたい。
前に向き直ると、ちょうど檀上の少年が話し始めるところだった。
「みなさん、今日はわたしたちティグリス学士院の生徒のためにお集まりくださり、ありがとうございます」
はきはきとした声だ。
「わたしが案内役を務めさせていただきます。下級八年生のピーター・ルノーです。まずは下級一年から三年生までの有志の子供たちから参りましょう」
重い緞帳が巻き上げられていく。
「劇はモルガナイト公国に伝わる精霊の神話から『雪ねずみの花祭り』」
案内役の少年が舞台袖に去って行く。
緞帳が上がり、舞台の上に白い雪景色が現れた。
白いはりぼての雪の小山がいくつか置かれている。
なんだか小学生のときに見た学習発表会(学芸会)とか、中学高校の文化祭を思い出して、わたしはドキドキした。
今の高校では文化祭はあるけど、劇なんかしないし、展示とか喫茶とか、正直みんなそこまでやる気がなくて、去年自分のクラスが何やったかも覚えていないぐらい。
でも、小学生のときにやった劇は今でも鮮明に思い出せる。
――あの頃は楽しかったなぁ。
ちょっと年寄り臭いことを考えていると、隣からジェダイドが言った。
「なぁ、パール。おまえ、この神話覚えてるのか?」
「神話?」
「雪ねずみの花祭りだよ」
「知らないよ」
あ、しまった。
知らないじゃなくて、覚えていないって言わなきゃいけなかった。
でも、ジェダイドは特に気にした様子もなく、ただ「ふぅん」と呟いた。
その後は、わたしもジェダイドも黙って子供たちの劇を観ていた。
七才から九才の子供たちが、がんばってネズミやら精霊やらを演じている。
何をするにも、全力って感じ。
観てるこっちも力が入る。
ねずみ役の子供たちが、わらわらと舞台の上に出てきて、棒読みでセリフを順番に言うところなんか、わたしは超絶、萌えてしまった。
「アアアアア~~~ッ! かわい~~い!!」
長いネズミのしっぽを床に擦りながら、子供たちが舞台の上を縦横無尽に駆け回っているのは、見ているだけで癒される。
「子供かわいい・・・かわいすぎる・・・わたしも子供欲しいなぁ・・・」
思わずそう呟くと、隣から妙な視線を感じた。
ジェダイドが困惑を通り越して、大丈夫かこいつって顔でわたしを見ていた。
――あ、そうだった。わたし、今十才だった。
高校三年生女子が、子供欲しいとか、子供可愛いとか言うのはよくあることだけど、十才の女の子がわたしも子供欲しい・・・・・・は、ないわ。
「あ、アハハハハ~~」
笑ってごまかしてみたけど、ジェダイドは目を細めて、わたしを胡散臭そうに見ていた。
劇が終わると、またピーター少年が現れて、子供たちに労いの言葉をかけ、続いて始まる劇の紹介をする。
「次は上級生だね。どんな劇なんだろ」
わたしが興奮気味に言うと、ジェダイドがわたしのプログラム冊子を手にうな垂れた。
「次って・・・兄貴じゃねぇの?」
「えっ? そうなの?」
わたしもジェダイドの手元の冊子を見る。
ホールが薄暗いせいで、文字がよく見えない。
そのとき、舞台の下がっていた黒い緞帳がするすると上がっていき、大きなお城のはりぼてが現れた。
舞台の上手(見物席から見て右側)からピンクのひらひらドレスを着た女の人が出て来る。
舞台が始まり、ちょっとざわついていた声が止んで、ホールの中が静かになる。
どうやらお姫様らしい。
劇は『討伐王の凱旋』。
――前に歴史の本で読んだ気がする。
確か、『モルガナイトの一世公王にして、討伐王ベルヴィウスは二年にわたる戦いの末、ネーデレシア沿海の島において、オールドドラゴン、カレンデュラを焼殺。その頭部を持ち帰る』ってやつだ。
舞台上では、お姫様がドラゴン、カレンデュラによって国が荒らされたことを嘆いていて、そこに一人の勇敢な騎士が現れるところだった。
騎士が現れたとき、わたしは「おやっ?」と思った。
だって、騎士の役は当然アラゴンだと思ってたから。
でも全然違う、別の男子が金ぴかの鎧を着て現れた。
「アラゴンさんじゃないんだね?」
小声で隣のジェダイドに訊ねる。
ジェダイドはハッと鼻で嘲笑った。
そんなわけないだろって顔だ。
そして、舞台上からお城が消え、今度は海に囲まれた島が現れた。
ズシンズシン、と大きな足音が舞台袖から聞こえてくる。
――効果音ってどうなってるんだろう。
わたしは劇にまったく関係ないところに興味津々で、舞台の端っこを見た。
この世界の科学水準って、元の世界と比較できない部分が多いんだよね。
魔法があるせいだけど。
舞台の上でマイクも使わず、声が大きく響くのも、どうやら魔法のおかげらしいし。
効果音に合わせて現れたのは、真っ赤な巨大ドラゴンだった。
でも、これは魔法じゃなくて着ぐるみだった。
しかも、顔の部分に穴が開いていて、アラゴンの顔が見えていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
わたしもジェダイドも呆気に取られた顔をしていたと思う。
アラゴンが作った恐い顔で、ドラゴンの手を挙げて「がおー!」と言っているのを見て、客席からは歓声が上がった。
けど、わたしとジェダイドは「なんじゃこりゃ」状態だ。
「あ、兄貴・・・もうちょっとなんとかなんなかったのかよ・・・」
わたしもそう思うけど、子供たちは喜んでるみたいだし、いいのかも。
今まで真剣に演じていたお姫様とか騎士が、なんだか浮いて見える。
アラゴンドラゴンは、舞台の上をぐるぐる回りながら、向かって来た兵士や騎士を突き飛ばしたり、投げ飛ばしたりした。
その間、客席からは大きな歓声が上がり、女の子たちの「アラゴン様~~」なんて声も聞こえた。
「アラゴンさん・・・」
「兄貴・・・」
わたしとジェダイドは劇が終わるまで、なんとも言えない数十分を過ごすことになった。




