ドラゴン騎乗実習2
ジェットコースターの何が怖いって、わたしにとっては左右に振られた勢いで、ちゃちなベルトとか安全バーから滑り落ちるんじゃないかって思っちゃうんだけど、ドラゴンの怖いはまったく別で、上に吹き飛んで行きそうになる。台風のときに傘を差しているあの吹き上げる感じを数十倍にした感じ。
子供の頃に読んだメリー・ポピンズは多分、無風の中を傘差して飛んでたんだと思う。じゃなきゃ、あんな優雅にふわふわゆらゆら下りて来ることなんてあり得ないから!
そんなわけで、わたしは顔面に突き刺さるような風を浴びながら、髪の毛逆立てて、必死に手綱を掴んでドラゴンに乗っていた。背中は完全に後ろのジェダイドの胸に押しつけられている。
「パール、頼むからもうちょっと前に行ってくれよ」
ジェダイドが後ろから呆れながら言ってるけど、強風で半分は聞こえなかった。まぁ、意味はわかったんだけど。
わたしは言い返そうと口を開けた。
「・・・もががが・・・・・・!?」
すぐさま大量の空気が口の中に飛び込んで来たので、ほっぺをぶるぶる震わせながらまた口を閉じる。目も閉じてるから、もはやびゅうびゅう吹きつける風しか感じない。
「おい、パール、聞いてんのか?」
もしかして気づいたんだけど、これって前に乗ってる方がきついんじゃないだろうか。
――ジェダイドが前に乗ればよかったんだ!
わたしは黙ってられずに、また口を開けて、なんとか言い返した。
「もがぁっ! もがもが・・・!」
「はァ? 何言ってんのか、わかんねぇよ!」
「ぐ・・・じぇ・・・じぇ、ジェダイドがぁぁぁ・・・ま、前にぃぃぃ・・・・・・乗ってぇぇぇ!」
後ろから「ハハッ」と明るい笑い声が聞こえてくる。
わたしはその呑気な声に我慢できず、カッと目をこじ開けた。途端に感じたことのない豪風に晒され、目がちくちくする。それに太陽の陽射しが眩しくて、涙が出てきた。
「うえぇぇぇぇぇ」
呻き声をもらしたわたしに、ジェダイドが苦笑する。
「しょうがねぇなぁ。ステラ、速度を落としてくれ」
ドラゴンは人間の言葉を理解できる。それを証明するかのように、ステラは左右に広げた翼の羽ばたきを少なくして、数秒その場で小鳥のホバリングのように停止した。
おかげで、顔面を削り取るつもりか! という豪風が微風に変わり、わたしは目を大きく開くことができるようになった。
「ゆっくり飛べるなら最初からそうしてよ!」
文句も言えるようになって、わたしはジェダイドに叫んだ。
「息もできないじゃない!」
ちょっと大げさだけど、そう告げる。
ジェダイドはわたしの肩を手で押し、もたれかかっているのを止めさせようとしながら言い返してきた。
「バカパール! おれたちすでに最下位なんだぞ!? これ以上のろのろしてたら、ファスキス島に着く前に昼になっちまうぞ」
「そんなこと言ったって、わたしまだ二回目なんだよ? 全速力で飛ばれたらショック死しちゃうよ!」
ステラがのんびり飛び始めたのをいいことに、わたしは振り返った。
けど、ジェダイドはわたしの顔を見るなり、盛大に「ぶはぁっ」と噴き出した。
「お、おまえ・・・なんて顔してんだ!!」
「うん?」
何のことかわからず、わたしが首を傾げる。
「顔からいろいろ出てるぞ」
ジェダイドはズボンのポケットに手を突っ込み、白いハンカチを取り出すと、わたしの顔に押し当てた。
なんだかネチョ~とした感触に、わたしの顔がゆがむ。
――まさか鼻水・・・・・・。
それに涙とよだれも出ていたみたい。両手で掴んだ手綱を離すのが怖いので、わたしは小さな子みたいにジェダイドに顔を拭いてもらうはめになった。
「これでよし」
ジェダイドがうんうんと頷いている。
「ほら、前見ろ。今度は加減して飛んでやるから・・・・・・」
語尾が段々小さくなって、ジェダイドが後ろでくすくす笑うのが聞こえた。
――なにさ! ジェダイドが悪いんじゃない! 初心者に無体なことして!
――クリスティーヌに言いつけてやる!
唯一の味方であるいとこのクリスティーヌに話して、慰めてもらおうと決めて、わたしは少し怒りを治めた。
気づくと、ステラがゆっくり(といっても、そこそこスピードは出てると思う。一般道を走る自動車くらいかな)飛んでくれているので、わたしは余裕ができてドラゴンの後頭部やら真横で機械のように動く翼を見ることができた。
さらに周囲に目を向けると、まだ昨夜の雨雲が残ってはいたけど、薄くなった雲の切れ間から太陽が差し込み、わたしたちは低い雲と地上のちょうど中間辺りを飛んでいるのがわかった。
ステラの広い背中で地上がよく見えないのが残念だけど、どうやら草原の上を飛んでいるみたい。学校のある山間部をいつの間にか抜け、だだっ広い平坦な地形になっている。
わたし、あまり高所が怖いって気持ちはないからよかったけど、苦手な人はかなり大変かもしれない。草原にいる動物(馬に見えるけど違うかも)が小指の先のさらに半分くらいの大きさに見える。
「ねぇ、ジェダイド」
「なんだよ?」
わたしは地上を見ながら訊ねた。
「ファスキス島って遠いの?」
「遠いも何も、こんな速度じゃ、あと二時間はかかるぞ」
「ええっ!?」
二時間もドラゴンに乗ってられない。鞍があるとはいえ、不安定で足に力を込めなきゃいけないし、揺れるせいかお尻がすでに痛かったりする。
「無理だよぉ」
わたしが泣き言を言うのをわかっていたのか、ジェダイドはしれっと答えた。
「無理でも何でも授業なんだから行くしかないだろ」
それはそうなんだけど。そうなんだけど。厳しすぎる。
吹き飛びそうな状態で耐えるか、楽だけど二時間かけて行って、ゴーヤン先生に怒られるか。そのどちらかってことだ。
「ううう・・・・・・」
わたしは渋々、ジェダイドに言った。
「わかった。さっきの速度でいいです・・・」
お尻がずる剥けになるよりマシなはず。
草原を越えて、幾つか連なった山々の上を過ぎ、真っ青な海の上をステラはジェット機のような速さで飛んでいった、と思う。あまりに速くて、わたしは目を閉じたままだし、口も閉じたままだし、鼻水は出るし、何も考えられなくなって、途中から気を失っていたような気がするので、多分、そんな感じのスピードでかっ飛んで行ったんじゃないかと思う。
気づくと、後ろからジェダイドに肩を揺すぶられていた。
「起きろ、パール!」
顔にまたハンカチを押しつけられ、鼻やら口やらをごしごしされたけど、わたしはもうされるがままだった。
「ううう・・・・・・極楽はここですか?」
貧相なかすれ声で呟きながら目を開ける。
身体はジェダイドに完全にもたれかかっていたけど、手だけは血流が止まってるんじゃないかってぐらいの強さで手綱を握り締めていた。
「着いたぞ、降りろ」
ジェダイドがわたしを押して前のめりにし、自分だけ先にステラから降りて行く。
「お、降りたい・・・けど、ちょっと待って・・・」
今動くと、眩暈で倒れそう。
ステラはすでに四つ足を折りたたんで、その場に座り込んでいた。翼も閉じている。わたしだけがみっともなく、もだもだとその場でもがいているけど、仕方がない。
数分後、わたしはなんとかステラから転げ落ちた。鐙を降りて行きたかったけど、足をかけ損ねて、尻もちをついてしまった。でも、下が砂地だったから痛くはなかった。
ようやく辺りを見回し、浜辺にいることを確認する。
――ううん、ここがファスキス島かぁ。
青い海、白い砂浜、南国の無人島っぽい。数十メートルほど離れた場所に別のドラゴンが何頭か見えた。すでにみんな到着していたみたい。
――やっぱりわたしたちが最下位なのかな。
ぼんやりしていると、いなくなっていたジェダイドが駆け戻ってきた。
「おい、パール! 先生にサインもらったから、用事を済ませて帰るぞ」
「サイン? 用事?」
何のことやらわからず、訊き返す。
ジェダイドは呆れた顔で言った。
「ここで折り返しのサインをもらったら、それぞれ先生から一つ用事を請け負って、それを持って帰るんだよ」
「そうなの?」
「そうなの!」
ジェダイドはわたしに一枚の紙を差し出した。ゴーヤン先生の妙に角ばったサインが確かにしてある。その下に、何か書いてあった。
「ええっと、『オリの町に寄ってルンドール書店でチョークを受け取ってくること』?」
「わかったら行くぞ」
ジェダイドがわたしの手を掴んで引っ張った。
引きずられてステラの横に連れて行かれたわたしは、盛大に顔をしかめた。
「もしかして、またステラに乗るの?」
「乗らなきゃ帰れないだろ」
「えええっ!!」
まだこの島に着いたばかりだ。
「いやだよぉ。すっごくいやだよぉ」
わたしはその場に突っ伏して泣きマネをした。だって、まだここに着いて数分しか経っていない。
「ふざけんな、バカパール! 立て!」
「だって、今着いたとこだよ? すぐにまた乗って帰るって、そんな非情なことある?」
「あるんだよ! 早くしないと昼飯食いっぱぐれるだろうが!」
「昼飯なんかいいよぉ」
「おれはよくない!」
ジェダイドに引っ張られて立ち上がったものの、わたしはやる気なく鐙に手をかけた。
「ねぇ、ジェダイド。もうちょっとだけ休憩しようよ」
「しない!」
きっぱり断られてしまう。
その間に、島に下りていた他の生徒のドラゴンが次々と飛び立って行ってしまった。またしても最後になったわたしたちをみかねて、上空に飛んだゴーヤン先生のドラゴンが下りて来た。
「どうかしたのか、カルサイト!?」
「いえ、大丈夫です。すぐに戻ります」
ジェダイドがはきはきと答えている。けど、その手はわたしのお尻をぐいぐい押して、ステラの上に上げようとしていた。
「うえええぇぇぇ」
わたしは嗚咽をもらしながら、またステラの上に戻って行った。
すぐさまジェダイドが後ろに乗ってくる。
「パール、いい加減慣れろよ」
「慣れないよ、また気絶だよ!」
「気絶っていうか、放心してたな」
「どっちでもいいよ!」
そういう問題ではないのだ。
――もう今度こそ、ゲロってしまうかも。
そういえば、中学生のとき飛行機の中でゲロったことがあるのを思い出した。身体がふわっと浮くあの感覚に気持ちが悪くなって、紙袋を手に青い顔で楽しくないフライトを過ごしたのだ。
――いやなこと思い出しちゃった。
肩をがっくり落として、うなだれる。すると、ジェダイドが後ろから言った。
「オリの町に着いたらアイスクリーム買ってやるから、な!」
「・・・・・・アイスクリームがあるの?」
ジェダイドは宥めるつもりで言ったみたいだけど、わたしはかなり驚いた。
この世界にもアイスクリームが! ちょっとテンションが上がったわたしに気づいたのか、ジェダイドがうなずいた。
「授業中だから先生には内緒だぞ」
でも、ステラが飛び立ってすぐにわたしは後悔した。アイスクリームよりも、ゆっくり飛んでもらうことの方が大事だと気づいたからだ。すでに遅かったけど。




