ステラの涙3
「このこと、誰にも言うなよ」
と、ジェダイドはわたしにドラゴンの涙を返しながら言った。
「どうして?」
わたしはクリスティーヌには話そうと思っていたから、ジェダイドに言われて困惑した。
――こんなに綺麗なんだもん。クリスティーヌに見せてあげたら、きっと喜ぶのになぁ。
わたしががっかりしているのを見て、ジェダイドは説明してくれた。
「ドラゴンの涙は希少鉱石なんだ」
「きしょうこうせき?」
「あ~、ええっと、つまりだな、珍しい石ってこと」
「ああ、希少鉱石ね」
頭の中で漢字に変換して、ようやく理解できた。
ジェダイドがハァ、と息をつきながら言う。
「おまえ、わかってないみたいだけど、ドラゴンの涙一粒が五千万リーンで売れるんだぞ」
リーンっていうのは、この世界の通貨単位。わたしも社会科でいろいろ習って、ちょっとずつこの世界に詳しくなったきたから、それぐらいのことはわかる。
通貨には鋳造された硬貨が使われていて、紙のお札はない。銅、銀、金でできた硬貨があって、全部で六種類ある。大きさや彫られた模様が異なっていて、もちろん金の硬貨が一番価値が高い。
ただ、わたし自身がお金を使ったことはまだない。学校では子供たちがお金を使わなくていいように、ほとんどのものが支給されているから。この学院には貴族の子も多いし、子供が大金を持ち歩いたりすると物騒だからね。
わたしはジェダイドの言った五千万リーンの価値をちょっと考えてみた。
「ええっと、じゃあ・・・・・・パンが一個、五十リーンだからぁ・・・」
「いや、待て。なんでパンで計算すんだよ」
ジェダイドが安すぎるだろ、とわたしの考えの邪魔をする。
何かの価値を考えるときって、安いもので計算しちゃうことってあるよね。わたしはチ○ルチョコで計算したり、うま○棒で計算したりしてしまう。何個買えるから、すごい金額だね! みたいな。広さをいつでも東京ドーム何個分かで測るようなものかも。
ジェダイドは苦笑しながら言った。
「ヤングドラゴンが一頭五百万リーンぐらいだ。ミドルドラゴンが五千万リーンから一億リーンだな」
「じゃあ、百才のドラゴンが一頭買えるんだね」
「ああ」
「・・・・・・?」
わたしにはピンとこなかった。それってすごいことなのかな。だって、ドラゴンを飼いたいと思ったことがないし。
ジェダイドが首を横に振った。
「おまえ、やっぱりバカだな」
「なんかピンとこないだけだもん!」
「じゃあ、こう言えばピンとくるだろ。町の商人一人の一年の儲けが大体、百万リーンだ」
「百万が年収・・・。ドラゴンの涙は五千万・・・・・・」
それなら、わたしにもわかる。百万リーンあれば、一つの家族が一年暮らせるってことだ。
――ってことは、五千万リーンあったら・・・・・・。
わたしは度肝を抜かれた。
「えええええええっ!! えっ?」
でも、疑問も湧いてしまった。
「最後の『えっ?』ってのはなんだよ!?」
ジェダイドが聞き返してくる。
「だって、だって、そんなすごく貴重なものなら、わたしが持ってちゃダメなんじゃないの?」
五千万リーンの希少鉱石を十才のパールが、小汚いバッグに突っ込んでたことになる。気づいたわたしは青ざめた。手の中のステラの涙が急に重く感じる。
「ひえぇぇぇぇ。ど、どうしよう」
銀行で十万円下ろしただけでも、ガクブルしているわたしには持っているだけでもストレスになりそう。
身震いしていると、ジェダイドは首を横に振った。
「いや、むしろおまえ、誰にも渡すなよ。隠しとけよ」
「そんなことして、いいの?」
五千万リーンだよ? と聞くわたしに、ジェダイドが眉を寄せる。
「多分、先生に渡したら、自分の物にされちまうぞ」
「そ、そうなの?」
ゴーヤン先生に渡そうと思ったんだけど、わたしは握った手を開いて、ステラの涙を見た。
――学校の資金ってことになるならいいけど、先生のポケットに入るのは違う気がするなぁ。
でもわたしの物になっても困る。だって、この世界でパールはまだ子供だし、貴族だし。
――あ、でも貧乏貴族なんだっけ。じゃあ、やっぱり自分で持ってた方がいいのかな。でもでも、五千万だよ? そんな高価な物を持ってて大丈夫かな。
――身の丈に合わない物を持っていると不幸になるって、昔おばあちゃんが言ってたんだけど。
うーんうーんと、わたしが眉間にしわを寄せて考え込んでいると、ジェダイドが手を上から握り込んできた。ステラの涙が手の中に隠れる。
「おまえが持ってた方がいいと思うぞ。ドラゴンは本当に滅多なことじゃ泣いたりしないんだ。ステラが泣いたってんなら、それはおまえにあげるために涙を落としたのかもしれない」
「わたしに? でも、どうして?」
「さぁな、おれにわかるかよ」
ステラが泣いたときのことを思い出してみるけど、何かしてあげた記憶はない。むしろ、餌を放り込もうとして失敗した気がする。
――そういえば、あの日だったんだよね。黒い子が死んじゃったの・・・。
もしかして、ステラが泣いたのは、あの黒い子のためだったのかも。
しょんぼりしたわたしを置いて、ジェダイドは話を切り上げ、さっさと餌の入った桶を手に持っていた。
「おい、とりあえずその話は後にしようぜ。それはひとまずバッグに入れて来い。早くしないと遅刻だぞ」
「あ、そうだった!」
餌やりがまだ半分以上残っている。
わたしは慌てて駆け出した。
「パール、慌てるとまた転ぶ――」
ジェダイドが言ったときには、すでに遅し。わたしの靴ってば、またつるっとすべって、藁の束のところへ着く前にべしゃーっと勢いよく、顔からぬかるんだ地面にダイブしていたのだった。
このマヌケ! とか、バカ! とか怒号が飛ぶかと、恐る恐る顔を上げたわたしの前には、仁王立ちのジェダイドが。
「パール」
「は、はい・・・」
「とっとと、着替えて来い! このバカ!!」
やっぱり怒鳴られるんだよね。トホホ。
わたしはステラの涙だけは死守して、ぐっと手を握っていた。おかげで顔も服も泥だらけになったけど。
立ち上がると、見るも無残なわたしにジェダイドが言った。
「ステラの涙のこと、クリスティーヌには言うなよ」
「どうして? クリスティーヌはいとこだから、大丈夫だと思うけど?」
「・・・・・・」
ジェダイドは言うのを少しためらっていたようだけど、もごもごと言い難そうに言った。
「・・・クリスティーヌの母親、病気なんだろ」
「ああ、うん」
実は、クリスティーヌのお母さんは不治の病で、モルガナイト公国の都のウィズダムにある病院にいる。あまり病状はよくないみたいで、クリスティーヌは毎夜、お月様にお母さんのことをお祈りしている。
この世界では月は昼間は白で夜は青い。月には病を治す女神様が住んでいると言われていて、クリスティーヌもそれを信じている。
「おれ、聞いたんだけど、クリスティーヌの母親の病って枯死病だろ」
枯死病っていうのは、この世界の不治の病で、わたしも最初に聞いたとき、驚いたんだけど、この病気になると身体が枯れた木みたいに痩せていって、内臓がスポンジみたいにスカスカになるらしい。心臓や脳にまで病気が進行すると、数日中に亡くなる怖い病気だと聞いていた。
ジェダイドはちょっと怒ったような顔で言った。
「枯死病になって、二年以上経つなら、もう助からない。けど、クリスティーヌにおまえがそのドラゴンの涙を見せたら、何としても助けたいって、他の医術者に診せようとするはずだ。金儲けしか考えない悪い医術者も大勢いるんだ。そういうやつらに騙されることになるかもしれない」
わたしはジェダイドの言いたいことを理解した。元の世界でもそういう話は聞いたことがあった。つまり、お金があればもう治らない病気だとわかっていても、怪しい民間療法とか胡散くさい宗教にすがろうとするかもってことだ。
わたしは泥だらけの手を開いて、キラキラしているステラの涙を見た。
「わたし、クリスティーヌにこれをあげてもいいよ」
「わかってるよ、それは。おれが言いたいのは――」
「うん。ジェダイドの言いたいこともわかってる」
わたしはこくんとうなずいた。
「お母さんが治らないのに、これを騙し取られるかもってことだよね。でも、クリスティーヌが望んだら、わたしはそうなってもいいよ」
「・・・・・・」
「ジェダイド、わたしね、クリスティーヌには本当に感謝してるの。何もわからないわたしを、一所懸命に世話してくれてるんだよ。わたし、本当に何もわからないから、クリスティーヌはいちいち説明して、大変なの。お風呂の入り方も、洗濯の仕方も、授業についていけないから部屋で勉強も見てもらってるの」
わたしは顔を上げてジェダイドを見た。
「あんなにやさしくていい子、わたし知らないの。多分、初めての本当の友達なの。だから、クリスティーヌにこれをあげたい」
自分ではキリッとした顔で断言したんだけど、なぜかハハッとジェダイドは笑い出した。
「わかったわかった。おまえの好きにしろよ。おれはそれのこと、誰にも言わないし」
「いいの?」
「いいも何も、ステラがおまえにやったものだし、おまえがどうしようと関係ないからな」
「ありがとう、ジェダイド!」
わたしは感激して、満面の笑みになった。
「本当にありがとうね!」
感謝してもし足りない気持ちで、笑顔でジェダイドに告げる。
ジェダイドは急にぷいっと顔を背けた。
「いいから、さっさと着替えに行けよ。ったく、泥だらけじゃねぇか、汚ねぇなぁ」
「・・・・・・」
ええっと、これは照れてるから暴言を吐いてるのかな? なんだかちょっとだけジェダイドのことがわかってきたような。
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて、わたし着替えてくる」
「ああ、行け行け! とっとと行け!」
しっしっと犬を追い払うような仕草をして、ジェダイドは桶を手にドラゴンの檻の方へ歩き出してしまう。
わたしはまだにこにこした顔で、
「わかった、着替えてくる!」
と答えて、早足で動き出した。
――今までジェダイドって意地悪で口が悪くて、わたしのことからかってばかりだと思ってたけど、本当は照れ屋だったせいなのかも。
心まで軽くなった気分で、わたしはバッグを拾い上げると、寮の方へ(転ばないように)急いで戻って行った。




