第四話 ついに母さんに人間化した姿見られちゃった?
あのハロウィンの日からちょうど三週間が経った十一月二一日。
朝、七時四〇分頃。
「おはよう、母さん」
涼介が起きてキッチンへやって来ると、母が怪訝な表情を浮かべながら戸棚をガサゴソ漁っていた。
「おはよう涼介、なんか最近、戸棚や冷蔵庫の中身が猛烈な勢いで減っとるんよ。おまけに電気代やガス代、水道代も今月、けっこう上がってるの。ア○エッティにでも入られたのか妖怪のせいなのかしら?」
母は首をかしげる。深夜アニメは毛嫌いする彼女だが、朝夕に放送されている国民的アニメや子ども向けアニメ、ジ○リ映画は大絶賛しているようなのだ。
「!!」
涼介はギクッと反応した。背中から冷や汗も流れ出す。
「涼介、何か心当たりない?」
「なっ、ないよ」
「ひょっとして涼介がこの間鈴菜といっしょに見てたエッチなアニメみたいに、年端も行かない女の子を何人か、こっそり監禁しているとか?」
母はニヤニヤしながら問いかけてくる。
「あるわけないだろ!」
涼介は早口調で即否定した。
「ふふふ、冗談よ」
母は大きく笑いながらテーブル席へ戻る。
なんてこと想像するんだよ、実の息子に対して。
涼介は呆れ果てていた。半分当たっているような気もするが。
「うちの作ったシュガークラフト人形さんが食べたのかもね。ほな行って来まーす♪」
すでに支度準備を整えていた鈴菜は爽やか笑顔で意見する。
絶対鈴菜の推測通りだ。
涼介は急いで朝食を食べ終えると、
「ちょっと忘れ物が――」
母にこう伝えて階段を駆け上がっていく。
「桜子ちゃん待たせないように、なるべく早くしなさいねーっ」
「分かってるって」
自室に入ると、
「あの、キミ達、俺んちの冷蔵庫や戸棚、勝手に漁ったでしょ?」
困惑顔ですぐさまこんな質問をした。
「うん、冷蔵庫からプディングとかジェリーとかフルーツとか盗って食べたよ」
「あたしも漁ったよ。涼介お兄ちゃんのおウチの戸棚って、美味しいお菓子がいっぱい入っててサンタさんのプレゼント袋の中みたいだね」
ランタンとキャロルはにこにこ顔を浮かべて弾んだ気分で答えた。
「あらまっ。いけなかった? ごめんね、涼介君。スーパーのチラシや地図帳や家庭科の教科書に載ってる食材や、りんご飴とかのハロハロちゃんが召喚した夏祭りの縁日の定番の食べ物だけでは物足りなくてついつい。わたくし達、涼介君や鈴菜ちゃんの家族、つまり利川家の一員だから、自由に漁っていいものかと」
「わらわも。他人のおウチから私物を盗るのは立派な窃盗罪ってことは知っていますけど」
御節と菖蒲は気まずそうに告げた。
「いつ俺の家族になったんだよ?」
涼介は呆れ返る。
「あのう、E・リョウスケ、E・アヤメ。じつはアタシ、E・サクラコんちから、いくつか私物を盗みました」
ハロハロは申し訳無さそうに白状した。
「えっ! 桜子ちゃんちのも、盗ったの?」
涼介は眉をぴくりと動かす。
「うん。アタシ、E・サクラコんちに忍び込んで下着を何枚か拝借したのだ。その……柄が、すごくかわいかったので」
ハロハロはもじもじしながら照れくさそうに打ち明けた。
「ハロハロさん、それは泥棒さんのすることですよ」
菖蒲は困惑顔で注意する。
「衣類・日用品は、わたくしがスーパーのチラシから取り出してあげてるでしょ。めっ!」
御節はハロハロの頭を羽子板でパコーンッと叩いた。
「あいだぁっ、だってそれだと種類が少なくって。分からないように最近使ってなさそうな奥の方から取り出したから」
ハロハロは唇をひょっとこのように尖らせ、涙目で不満を呟いた。
「あとでちゃんとこっそり返してあげてね。あと、俺んちの光熱費が上がってるのも、きみ達のせいでしょ?」
「はい。わらわ達は涼介さんの母上様がお買い物に行って留守にした隙に炊事をしたり、テレビ番組を視聴したり、体が汚れると衛生面と味が落ちてしまうのでシャワーを浴びたりしています。まさに〝鬼の居ぬ間に洗濯〟をしています」
菖蒲は申し訳無さそうに正直に伝える。
「そういうことかぁ。確かに女の子だし、風呂には入らないといけないからな」
涼介は行事食擬人化キャラ達の行動に同情心を抱いてしまった。
その頃、桜子のおウチでは、
「あれ? パンツが入ってるところ、ちょっと引き出しやすくなったような……気のせいかな?」
お着替え中の桜子が、ちょっぴり不思議に感じていたのだった。
☆
「涼介、母さんに何か隠し事しとるやろ?」
その日の夕方六時頃、涼介が帰宅すると、玄関先でいきなり母からやんわりと問い詰められた。
「べっ、べつに、ないけど」
涼介はやや声を震わせながら答えるも、
まっ、まさか。バレた? あの子達のこと。
こんな心境により全身から冷や汗が出て来て、心拍数も急上昇した。
「嘘おっしゃい!」
仁王立ちしていた母は、眉をへの字に曲げ表情をやや険しくする。
「嘘なんかついてないよ」
涼介は間髪を容れず反論する。
「まったく涼介ったら。母さんは知っとるんよ。明日、〝授業参観〟があるんやろ?」
「……あっ、そういうこと。たっ、確かにあるよ、四時限目に。なんで、知ってるの?」
予想外のことを指摘され、涼介は焦りつつもホッと一安心した。
「さっき桜子ちゃんがお電話で知らせてくれたの。涼介、黙ってるなんてどういうつもりなの?」
母は尚も険しい表情を浮かべる。
「だって、言ったら、母さん絶対見に来るし」
涼介は困惑顔で答えた。
「まあ涼介ったら、そんなに母さんに見に来られるのが嫌なのかしら?」
「母さん、さすがに高校で授業参観に来る親なんてほとんどいないよ。恥ずかしいからやめてくれよ」
「ダーメ、見に行きます。よそはよそ、うちはうち」
母は爽やかな表情で、駄々をこねる子どもをたしなめる母親の定番文句を告げる。
「そんなぁ。よりによって一番苦手な英語なのにぃ」
がっくり肩を落とし落胆する涼介をよそに、
「そもそもあんたの高校のホームページに載っとる年間行事予定見て、今月にあることは前々から知ってたけどね。さてと、明日はどの服を着ていこうかしら♪」
母は行く気満々。
*
「うちも見に行きたいなぁ。学校サボって見に行こうかなぁ」
「鈴菜、ダメに決まってるだろ」
夜七時頃に帰って来た鈴菜も参観したがっていたのだった。
☆
翌日金曜日、三時限目現代社会終了後の休み時間。
「ああ、嫌だなあ。母さんすごく張り切ってたし。授業参観も学校生活においての重要な年中行事だからって」
涼介は英文法のテキストと英和辞書、ノートを机に上に出したあと、英一と辰夫に向かってため息まじりに愚痴を呟いた。
「僕んちのママは、お仕事が忙しいから来られないのだ」
英一は残念そうに言う。
「見に来て欲しいのかよ」
涼介はすかさず突っ込んだ。
「おれの母ちゃんは見に来ないぜ。というか授業参観のプリントすら渡してないからあること事態知らないぜ」
辰夫は余裕の表情であった。
「いいなあ」
涼介は当然のごとく羨む。
「辰夫くん、ダメだよそんないい加減なことしちゃっ! 保護者向けの配布物は全部渡さなきゃ」
「うをわぁぁぁーっ!」
突如背後から、やや険しい表情を浮かべた桜子に両肩をぐーっと押し付けられ、辰夫はびくーっと反応した。
「辰夫、そんなに驚かなくても」
涼介は楽しそうに笑う。けれども彼の心の中は不安でいっぱいだった。
まもなく始まった四時限目、英語。開始から五分ほど過ぎた頃、
やっぱり、来たか。
涼介は後ろをちらっと見てみた。宣言通り、涼介の母は見に来ていた。しかも桜子のお母さんといっしょに。涼介の母は無駄に厚化粧して、紅葉シーズンらしく赤紫系のもみじ柄ワンピースを身に着けていた。さらに白の厚底ブーツという組み合わせ。桜子の母はココア色の冬用カーディガンにグレーのスカート、黒色のハイヒールという無難な格好をしていた。このクラスで他に見て来ている父兄の方々は十数人いた。
「では先生が今から黒板に書く日本語文をノートに写して、各自英訳してね」
赤阪先生はそう告げると白チョークを手に取り、『きみのレインコートが無かったら、私はずぶ濡れになっていただろう。』と板書した。
それから約二分後、
「皆さん出来たかな? 当てるわね。トゥデイイズノーヴェンバートウェンティトゥの四時限目だから、№フィフティーンのミスター利川」
「はっ、はいーっ!」
なんで十五番? 普通二十二番だろ。
いきなり当てられてしまった涼介はガバっと椅子を引いて立ち上がり、黒板前へと向かう。白チョークを手に取ると、Had it not been for your raincoat,I would have been drenched to the skin.とやや緊張気味に板書した。
「You are correct! よく出来ましたね。スペルミスもありません」
赤阪先生は笑顔で褒めてあげる。
あっ、当たってたのか!
涼介は上手く答えられた自分自身に驚いていた。
あら涼介、やるじゃない。
母も意外に思ったようだった。
やったね涼介くん。でも私、正直、涼介くんが正解出来るとは思わなかったよ。
桜子もちょっぴり驚いていた。
*
「リョウスケくん、英語は苦手科目と言いつつけっこうやるじゃん」
ランタンは涼介の自室から、モニターを通じて嬉しそうに眺めていた。
「アタシもE・リョウスケ達の通ってる学校の授業、いっしょに参加したいぜ。今から忍び込んで来ようかなぁ。見つからねえように蚊に変身して」
そんな計画を企てたハロハロに、
「ハロハロさん、わらわ達が外に出ると、この辺り一帯異常な季節感を起こしてしまう可能性があるので基本的にお外へは出ず、涼介さんの自宅に引き篭っていた方が良いと思います。わらわ達は本来ならシュガークラフトでもありますし」
菖蒲はにこっと微笑みかける。
「……分かりましたのだE・アヤメ。今後は緊急の場合を除き、E・リョウスケ宅内部から外へは出ません」
するとハロハロは本能的に引き留まったのだった。