プロローグ
「失礼、どこに向かわれるのですか」
商人だろうか、身なりの良い優男が隣の男性に尋ねた。
客を乗せた駅馬車が出発し既に2時間が経過している。先ほどまでしきりに窓から景色を眺めていたのだが、遂に暇を持て余したのだろう。
「ザイーク領の方へ」
「ほう、ザイークですか。雨が多く降り冬は寒いと聞きますが、この時期になると雪も融けてきて麦の植え方が始まりますね」
今は立夏であり、冬には雪が降るザイーク領だが山の上を残して雪はあらかた融けている。となると優男の言う通り麦の春撒きは確かにこれからなのだろう。一人でウンウンと納得しているのを半眼でチロリと見て、声をかけられた男性はまた目を閉じた。
「ところでサイークの方へは何用で。手にある物からすると傭兵のように見えますが」
優男の話しは終わらない。話しかけられた為再び目を開け視線を向ける。が、優男の視線はどうも自分の剣に向かっているようだ。
「ええ、諸国を回って腕を磨いていたのですが、ザイーク伯からお声がかかりまして」
「ほう。それは目出度いことですね。ザイーク領は山を隔てているとはいえ他国と隣接している地域ですし、腕が立つ人材は喉から手が出るほど欲しいでしょう」
不躾だが値踏みするように男性をよく見てみると、やや厚手の服越しだが鍛え込まれた体格をしているのがわかる。握られている剣の鞘には細かい傷が多く、この馬車に乗ってから一度も剣を手離していない。
見た目から察するにまだ20にもなっていないだろうに、なるほど場数を踏んでいるだろうことがわかる。
「いや、ザイーク卿は良い人材を手に入れたようですね。まだ若いあなたのような方がいればこれからにも期待できる」
「若輩の身ですが、期待に添えるよう精進します。そろそろ馬車も着くようだ。これからなるのにおかしな話ですが、家中を代表して」
「ザイークへようこそ」