another me
広くて狭いこの世界。
うるさいほどに静かで孤独なこの世界。
僕はボクを捨てていった。
弱虫、泣き虫、おじゃま虫。不快な害虫を潰してねじ切り、ティッシュでくるんでゴミ箱へ捨てる。
「さよなら、一生帰ってこなくていいよ」
冷たい瞳で別れを告げた。
ボクを捨てた僕は、いつしか泣くこともなくなった。
みんなのためなら、空気を読んで笑顔だって作ってみせよう。
ただただ僕は染まっていくんだ。
いつでも、どんな時でも、みんなが望むその色にさ。
「こんなに役に立ちました」
「みんなの幸せのためなら、お望み通り何でもするよ」
周囲の評価が僕の存在意義になっていく。
誰かのために生きることで、愛してもらえた気になった。
だけど、どうしてなんだろう。
誰一人、本当の僕を見つけてくれなくて苦しくて。
周りは僕とだんだん距離を置いていく。
言われた言葉は『自分がなくて、つまらない』
意味がわからず、僕は勝手にこう思った。
『愛されないのは足りないからだ!』
もっと役立ち、もっと無害に。
そうやって無数の絵の具で染められた僕は、いつしか真っ黒に染まり、どんどん一人ぼっちになっていく。
自分の色さえ見えなくなって、自分が何者かも忘れてしまった。
誰でもいいから、助けてくれよ。
誰でもいいから、そばにいて。
小さな声で呟いていく。
ふと見た鏡にうつった愚かな僕は、いつものあの笑顔なんかじゃなくて……
声を殺して泣いていた。
ああ、これはボクだ。
皆を優先した僕はボクばかりを傷つけて。
斬りつけ、潰して、ぐちゃくちゃにしてゴミ箱に捨てたはずなのに、あいつは懲りずにあいつのまま僕のそばにいた。
望んでボクを捨てたはずなのに、ボクを見ているとこんなにも苦しい。
大事に繋ごうとした他人との糸はあんなに簡単に切れるのに、何度も傷つけたボクとの絆はなかなか切れてはくれないのはどうして?
皮肉なことだ。
どんなに大切にしてきた他人なんかより、あんなに嫌って遠ざけたボクだけが、僕のそばにいてくれたのだから。
最後に僕を救ってくれたのは、捨ててしまうほどに大嫌いなボクだった。
孤独になってようやくわかった。
僕は初めから、一人なんかじゃなかったのか。
「ごめんな」
僕は鏡の中のボクに向かい、静かに声をかけていく。
僕への言葉に怒りも恨みも悲しみも、一切ないのは初めてだ。
泣いていたボクは、ほっとしたように笑う。
何故だか僕も、泣けてくる。
「またボクと生きてくれる?」
そう話すボクにまた出会えて、僕はようやくわかった。
皆が離れた、その理由。
一人を恐れた僕は、自分で孤独を引き寄せた。
ボクを捨てて、感情を消して『yes』しか言わない僕は人形のようで、つまらないのも無理はないよな。
傷つけ続けたボクを、今度はぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。今度は一緒に」
途端、塗りすぎて真っ黒になった色が弾け、僕は自分の色を思い出し、モノクロだった世界がまた、鮮やかな虹色へと染まっていく。
ボクを取り戻した僕は、もう一人じゃない。
弱虫で頼りない泣き虫のボクと共に、自分の道を歩いていくよ。
優しくなれず、醜くて。傷ついて傷つけられ。
迷って悩んで間違えて。
こんなに情けなくて、泥だらけでも。
きっとその姿が正しいんだろう。
恐れることは何もない。
顔を上げて前を見つめて、ふと振り返る。
「やっと本当の君に逢えた」
優しい誰かの声が聞こえたように感じた僕らは穏やかに笑う。
どうしてなのかな。あんなに嫌いだったこの世界を前よりも好きになれる、そんな気がしたんだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
他人を大切にするように自分を大切に出来たら、きっと世界は変わる。
自分をいじめたって何も変わらないし、辛いだけ。
そんなことを思って書いたお話です。
大切なあなたに届いてくれるといいな。