4 続・少女の事情
猫は、ゆっくりと施設について説明を始めた。いや、始めようとしたが、
「何から話せばいいみゃ?」
と、いうことになり、結局、質問形式になった。
仁は、呆れた顔をしながら質問を始めた。
「そうだな、まずは、その研究施設で、なにを研究していたのかだな」
わかったみゃ、と猫はその質問に答える。
「ネコたちがいたところは、機械だけで魔法が使えないか、という研究をしていたみゃ」
その答えを聞いて難しい顔をする仁。
「魔法の研究ってことはマジックラボラトリーの施設か・・・。確かに黒い噂は多いが、厄介だな」
仁はそう言った。
僕も同じ気持ちだ。マジックラボラトリーは一応政府から独立してはいるが、限りなく国に近い組織だ。そこに助けに行くということは、国にケンカを売ることになりかねない。・・・まあ、それでも、行かないという選択肢は僕にはないのだけれど。
「ちょっと待つみゃ! 勘違いしてないかみゃ? あの施設は別にマジックラボラトリーのものじゃないみゃ!」
猫が焦ったような声をあげる。
「・・・それは、どういうことだ?」
仁は、猫の言葉を聞いて少し困惑しているようだ。
僕は、マジックラボラトリーについて今一度思い出していた。
マジックラボラトリーは、僕のような適正者に研究のためにサイフォスを配布している。そして、その魔法を研究するという行為は、マジックラボラトリーだけに唯一認められていることだ。
そう、“唯一”である。
なのに今、この猫は、施設はマジックラボラトリーのものではないと言ったのだ。
少なくとも、あの子のいた施設がまともではないことは確かだった。
僕は、それでも疑問に思うことがある。だから、それを猫に問いかけた。
「マジックラボラトリーの研究内容は大半が秘密のままだったよね。魔法の発動方法も、曖昧なことしか発表されていない。・・・それなのに、どうやって魔法を研究しているの?」
僕が持っているサイフォスという機械も、構造が明かされていない。分解しようと思っても特殊な技術がどうたらこうたらでできなかったはずだ。
魔法そのものの研究なら、まだマジックラボラトリーが独占しているものを暴いてやろうとしていると思えば、納得できなくもない。実際、そういう組織はあるらしいから。
だが、猫の言う施設はその先のことをしている。だから、僕は問いかけたのだ。
猫は一瞬の間のあと答えた。
「すまんみゃ。それはネコにも分からないみゃ。けど、多分サイフォスの構造は知ってたと思うみゃ。姐さんたちは、サイフォスを改造してたからみゃ」
「サイフォスを改造? じゃあ、分解してたということか?」
手帳に目を落としていた仁が、その言葉に反応した。
「いや、分解はしてないと思うみゃ。姐さんたちは、アタッチメントパーツみたいなのをサイフォスにつけてたみたいだみゃ」
僕はなぜ仁がその質問をしたのかが分からなかった。改造するのに分解したかどうかなんてどうでもいいと思うのだが。
僕が考えていても、話は進んでいく。
聞き逃さないように、僕は慌てて思考を中断した。
「次は、・・・そうだな、研究の目的とか、あったりするのか?」
猫は質問の意味するところを理解できなかったらしい。僕もよくわからない。
仁は僕たちの様子に、頭をかきながら続けた。
「あー・・・、つまり、例えばその技術を使って金を稼ぐとか、なにかしたいことがあるとか、研究の最終目的というか、理由っていうかそんな感じのもんだよ」
仁はうまく言葉が見つからない様子だった。
それでも、言いたいことは分かる。
「それなら、あるみゃ」
猫も言いたいことがわかったのか答えた。
仁が詳細を聞こうとしたが、猫はそれを遮るように、
「けど! だけど、それはお嬢に聞いて欲しいみゃ」
と言った。仁は、しばらく唖然としていた。が、すぐに何事もなかったかのように元に戻った。
「言えないと?」
仁は言った。
「言えないみゃ」
猫は答えた。
その答えには、有無を言わせぬ迫力があった。
その答えを聞いた仁は、静かに俯いたあと顔をあげた。
不思議なやりとりだった。特に深い意味はないだろう。ただ、猫の気持ちを仁が推し量っただけだ。
けど、それにどこか憧れを感じた。
仁は質問を続ける。
「次の質問で多分研究施設については最期だ。・・・その研究施設は、誰が一番上にいる? これは、重要なことだ」
最期の部分を強調して、仁は問いかける。
・・・この質問は、僕たちの敵を問いかけるものだ。あの子を助けるために僕たちが越えないといけない壁。
思わず、息をのんだ。
猫は、上を見上げていた。静かな部屋の中に、パソコンの小さな駆動音が響く。
猫は、上を向いたまま、
「・・・研究施設を立ち上げて、今一番上にいるのは・・・」
一拍置いて、
「・・・お嬢の、お父さんだみゃ」
そう言った。
--僕は、事実を前にして納得していた。
ここは普通絶句するところなのかもしれない。けど、僕は納得していたのだ。
なるほど確かに、「私の問題」だと。
そんなことを思っていても、話は進んでいく。
猫はいまだに上を見上げていた。
「・・・最初は、普通に研究していたらしいみゃ。姐さんたちも、研究の内容が禁じられている物だと、ちゃんと理解して、それでもやる理由があると、そう言ってやっていたらしいみゃ」
「最初は? つまり・・・」
「そう、お嬢のお父さんは、変わってしまったみゃ。お嬢のお父さんは、なんというか、なりふり構わなくなったらしいみゃ」
猫はいつまでも上を見上げていた。
話は、まだ続いている。
「・・・ネコは、お嬢のお父さんが変わった後に生まれたから、詳しくは知らないみゃ。けど、いつからかお嬢のお父さんは、法を犯すことすら躊躇わなくなったらしいみゃ。その姿は、なにかに追われているようだったらしいみゃ」
仁は、眉を寄せていた。
どうやら、すべての理由はあの子のお父さんにあるようだった。
猫は、ようやく顔を元に戻した。
だが、話はまだ終わっていないようだった。
「最後に、もう一つ、お嬢のお父さんのことで言わないといけないことがあるみゃ」
仁は、眉を寄せながら無言で猫に続きを促した。
猫は僕たちの目を真っ直ぐ見ながら言った。
「ネコたちがお嬢を助けるために越えないといけない壁は、お嬢のお父さんであって、お嬢のお父さんじゃないみゃ。お嬢のお父さんは、もう、亡くなっているみゃ」
淡々とそんな事実を猫は述べた。