17 予期せぬ合流
僕は黒い車から降り、そのビルを見上げた。
相変わらず大きいと僕はそんな誰でも抱くような感想をもつ。
マジックラボラトリーとかかれた大きい看板が目を引いていた。
女の人には車の中で「朝倉でいい」といわれたので、僕は朝倉さんと呼んでいる。
その朝倉さんは僕なんか見えていないとでも言うように、さっさと歩いていってしまう。僕は小走りでそれを追った。
中に入ると朝倉さんは受付をスルーし、エレベーターに向かう。少し戸惑うが、朝倉さんはここの人間だ。素直についていこうとする。が、受付の人があわてて追ってきて朝倉さんに声をかけていた。
・・・そういえば、マジックラボラトリー主導ってだけで、別の組織だったな。
なんだか、わかりやすい性格をしている人だと思った。
朝倉さんは無事受付を済ませ、またもや僕なんていないかのようにさっさと進んでしまう。僕は慌ててそれを追った。
エレベーターに入ると、朝倉さんは受付でもらったカードをかざす。ピッという音がした。
・・・というより、それをかざすということはやっぱり受付を通す必要があったというわけで、受付の人が追ってこなければどこにも行けなかったということなのではと思ったが突っ込んではいけない気がして特になにも言わなかった。
朝倉さんはエレベーターのボタンを押さない。頭上にはてなマークを浮かべているとエレベーターは動き出した。どうやら、地下に向かっているようだ。
改めてボタンを見ると、地下に行くというボタンはない。つまり、あのカードでしかいけない場所だということだ。
本格的にこの状況に首を傾げることになってきた。すこし、不安だ。
ビンボンという音でエレベーターは止まる。
扉が開くとそこはいかにも最先端というような、そんな風景が広がっていた。透明なガラスにSSMTというロゴが印刷されていた。
ずいぶんと静かだなというのが最初の印象だった。
「もう少しだ」
短く一言、朝倉さんはそう言う。僕は無言で頷いた。
僕は魔法使いになったときにマジックラボラトリーには来ていた。けどそのときはビルはこんなに大きくなかった。いつの間にかにずいぶんと変わっていると、否応なしに時の流れを感じる。
――それを少し、寂しく思った。
気がつくと、扉の前に立っていた。
朝倉さんが僕に目配せをしてくる。どうやら、着いたようだった。
僕はドアノブに手をかけて、それをひねる。当たり前だが、扉は難なく開いた。
「・・・やっぱりか」
そんな声が聞こえた。扉の先には、高そうなソファーに机が並んでいて、応接室というのは間違いないようだった。
・・・問題は、ここに仁がいることだ。
僕は朝倉さんの方を振り返るが朝倉さんはなにも言わない。仕方なく再度仁の方に顔を向けると、そのそばに、ノートパソコンが置いてあるのに気づいた。
そこから、声が響く。
「つれてこられたんだみゃ。そこの、SSMTって人達に」
猫の声だ。よりいっそう、訳が分からなくなってくる。
「まあ、半分拉致みたいなものだったがな」
猫の言葉に、仁が付け足した。
「やっぱりってどういうこと?」
なんとか、僕はそう問いかける。後ろでは、朝倉さんが扉を閉めていた。仁は、やけに落ち着いた表情で話し始める。
「さっきもいったが、連れてこられたんだ。今回の事件について話すことがあるってな。猫は自分からついてきたがったんで、なんとかノートパソコンに移動してもらって、それで持ってきた。やっぱりっていうのは、多分説明なら今回のことに関わった全員が呼ばれると思ったからだよ。あと人数が揃ってから説明するって言われてもいたしな」
僕はそれを聞いて改めて朝倉さんを見る。僕が聞いたのは会長から話があるということだけだ。微妙に理由が違う。
朝倉さんは僕の目線に気づいているだろうに無視している。腕を組んで、そっぽを向いた。
「・・・朝倉さん」
軽く睨むと、朝倉さんはその目線に耐えきれなくなったのか口を開いた。
「し、知らんぞ。私たちはいわれたとおりのことをそのまんま伝えただけだ。私は会長から話があるとしか聞いていない。今回のことについて話すなんて私も初耳だ」
早口でそう告げる朝倉さん。その表情から、僕はどうやら本当のことを言っているのだろうと感じる。
直後、ポーンという音が響いた。その音に朝倉さんが反応する。
「ようやくか・・・」
そうつぶやいて、話を逸らすように扉の方を見る朝倉さん。
それから少しして扉は開き、その先には市桜と呼ばれていた人物と、姶良さん。そして、もう一人背の高いキリッとした顔立ちの女の人がいた。
「市桜、研究員はもっといたはずだが?」
朝倉さんが開口一番に言う。それに市桜さんが口を開く前に、背の高い女の人が答えた。
「代表として私がきたんだ。一応、あいつらをまとめる立場にいたんでな」
その言葉に朝倉さんは頷くと、それを確認した女の人が、今度は僕の方を見る。
「あんたが、自警団の団長さんかい?」
僕は頷く。この女の人が誰かはなんとなく想像がついていた。
「そうかい。じゃあ、礼を言わないといけないね。私は霧雨恭子。姐さんって呼ばれているものだ。名前で呼ばれるのは好きじゃないから姐さんって気軽に呼んでくれ」
そう言いながら握手を求めてくる姐さん。僕は自分の予想が正しかったことに安堵する。
まあ、とてもわかりやすかった。なんというか、いかにも姐さんという雰囲気を醸し出しているのだ。
僕は姐さんを見上げながら手を差し出して握手する。
「僕は自警団の団長をやっている明石亮太って言います。・・・えっと、団長って呼ばれるのはあんまり好きじゃないので下の名前で気軽に呼んでください」
姐さんはそれに大げさに頷くとその腕を大きく縦に振った。
「おう、じゃあ亮太。改めてありがとうよ。翔子ちゃんを助けてくれたことには、本当に感謝してる」
僕はそれに即答する。
「いえ、困った人を助けるのも僕の仕事ですから」
これだけは譲れない僕の行動理由だ。
姐さんは僕の答えに一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに笑顔になるとまた大きく握手した手を縦に振って言う。
「そうかそうか、なんかまあ、それでもありがとうな」
姐さんはその言葉の後握手していた手を放した。
「さ、そろそろいいか? 全員揃ったし、説明を始めてもおーけーな感じか?」
市桜さんがそう切り出す。僕たちは静かに頷いた。
「よし、じゃあ始めよう。・・・と、いいたいとこなんだが、ちょいと事情が変わった」
「・・・それは、俺たちと呼ばれた理由が違かったことか? それなら・・・」
仁が言い掛けるが、それを遮るように市桜さんは答える。
「いんや、違う。そっちはただの連絡不足だ。それに関してはすまんかった。・・・事情が変わったってのは、会長についてだ。ちょっと急用が入ったらしくてな。ここには来れなくなった」
頭をかいてとてもばつが悪そうだ。
「えっと、じゃあ話は聞けないんですか?」
僕はそう言うが、市桜さんはそれを首を振ることで否定する。そして、
「まあ、立って話すのも疲れるしな。少し長くなる。まずは座ろう」
と、みんなに着席を促した。