16 SSMT
姶良さんのお父さんと会って、しばらく経った後のこと。
僕は相も変わらずあの殺し屋と思われる男の側に座っていた。依然、男が起きる様子はない。
魔法を使ったことによる頭の重さはだいぶ前になくなっていた。
今頃、姶良さんはメインコンピューターを壊している頃だろうか。僕はただ、待つことしかできなかった。
白い天井を見て、考える。
もし、この科学魔法という存在がなければ、どうなっていただろうか。
少なくとも、姶良さんのお父さんはこの街には来ていないだろう。もしかしたら、まだ生きていたかもしれない。もし、たらで何かが変わるわけはないと知っていながらも、そう思わずにはいられない。
僕は手を上に掲げて、天井からの光を少し遮ってみる。
科学魔法というずいぶん便利そうな名前を持っているくせに、この力は人を不幸にしている気がすると、そう思っていた。
――不意に、遠くから音が聞こえた。
ドタドタと床を踏み鳴らす音は、僕とこの男しかいない状況だからこそやけに鮮明に聞こえていた。
明らかに、人の足音だ。それも大人数。
僕は立ち上がり構える。音がするのは入り口の方向からだ。絶対に姶良さんたちではない。
もしやこの男の仲間だろうかとも思うものの、だったら最初から一緒にやってきていただろうとその考えを振り払う。
足音は、もうそこまで迫ってきていた。
僕の目線の先で扉が勢いよく開かれる。
人がなだれ込んできて、その人たちの目を自然に集めることになる。
その動きは、明らかにプロのものだ。僕はどこかの軍隊の訓練を見ている気分になった。
その人たちの風貌も僕がそう思った原因だろう。頭にはヘルメットをかぶり、そこには白でSSMTと印刷されている。体には衝撃を吸収するためであろう黒いベストのようなものを着ていた。
それで銃器でも持っていたら完璧だっただろうが、僕の目線の先にいるその人たちは持っていないない。代わりに、指揮棒のような形をした最新型のサイフォスを持っていた。
僕は自然に後ずさりしていた。予想より明らかに人数が多い。服装が統一されていることからどこかの組織ではあるだろうが、警察の特殊部隊のようなその風貌は僕の見たことのないものだ。敵か味方かを判断することはできない。
僕が怯んでいると、女の人が一歩前に出てくる。
その瞳は確かに僕をとらえていた。
「我々はマジックラボラトリー主導で設立された対適性者組織SSMTだ。君が明石亮太だな」
凛としたその声はよく通る。マジックラボラトリーが関わっている組織のようだから敵ではないと思うが、それは推測の域を出ない。僕は油断しないようにしながら逆に問い掛ける。
「なんで僕の名前を・・・? それに、SSMTなんて組織聞いたことないんですが」
女の人は僕のその問いに軽く首を傾げるが、しばらくすると元に戻った。そして、口をひらく。
「聞いたことないのは無理もないさ。最近できた組織だからな。それで、名前を知っているわけだったか・・・。ふむ、そうだな・・・。うん、ここにフルコピーが存在しているという通報があったんだ。その通報の中に、自警団を名乗っている人々がそこに突入したというものもあってな。私たちは警察と協力関係にある。その関係から、警察がここの制圧を委託してきたんだ」
・・・明らかに怪しい説明だった。まるで、今思いつきましたとでもいうような口調だった。
「それで、あくまで一般人である君たちを保護する必要があるんだ。ついてきてくれるね?」
女の人は一方的にそう告げる。
だが、まだ僕は姶良さんがどうなったかを確認していない。それに、突然現れて保護するといわれてもこの組織は怪しすぎる。だから僕は少し考えて、
「断る、と言ったら?」
そう言ってみた。
すると、女の人はその目を鋭くする。その目のあまりの迫力に僕は再び怯んでしまう。
「拒否権があるとでも?」
女の人は声も鋭くした。
確かに、周りにサイフォスを持ったおそらく魔法使いであろう人達がいる中、力ずくというのは無理そうだ。
僕は小さくため息を吐く。
おとなしくついていくしかないだろう。そう思って、構えを解こうとしたときだった。
「バカかお前は。脅してどうすんよ」
突然、女の人の頭がはたかれる。「いたっという先ほどの鋭さからは考えられないような声が女の人から聞こえた。
女の人は自分をはたいた人物をキッと睨む。
「なんだ市桜。私はなにも間違っていないぞ」
そう言う女の人の雰囲気はガラッと変わった。それに唖然としていると、市桜と呼ばれた男の人は答える。
「なにが私は間違ってないだ。思いっきり間違ってんよ。俺たちに与えられた任務は自警団を説得して連れてこいだ。誰も脅せとは言っていないっての。そこら辺ちゃんと聞いてたんだろうな、朝倉」
男の人、市桜はそう言いながら再び女の人、朝倉の頭をはたく。ヘルメットがあるためかあまりきれいな音ではない。
僕が硬直していると、市桜が話しかけてきた。その右手は不満そうな朝倉を後ろに下げていた。てっきり、朝倉が一番えらい人物かと思ったのだが、この様子を見ると違うようだ。
「すまんな、朝倉はいつもこんなんでよ。改めて、俺から説明させてもらうわ」
だいぶ、さっきの女の人とは雰囲気が違う。誰とでも親しくできそうなそんな性格だと僕は思った。
男の人はごほんとわざとらしく咳をすると姿勢を整え、ハキハキとした声でしゃべりだす。
「えー、我々はあなたたち自警団のメンバーを連れてこいとの命令を受けております。理由としましては、わがマジックラボラトリーの会長が話がしたいから。同時にこの場所に突入したあなたたちの危険も考え、保護しろとも言われています。こいつはなにを考えたか目的も話さずとにかく保護しようとしましたが、別にそれはこいつがバカだっただけです。脅すことになって申し訳ないです。それで、ついてきていただけるでしょうか」
男の人はそこまで一気に言うと、ふうと息を吐く。
なぜこの場所が危険と思ったのかとか、なんでフルコピーのことを知ってるんだとか聞きたいことは山ほどあるが一番疑問なのはマジックラボラトリーの会長が話がしたいと言っていることだ。
とりあえず、男の人の話はなんとなく信じられると思った。それも、この男の人の美点なのかもしれない。
それに、あなたたちということは多分姶良さんも入ってる。情報源がわからないが、ここで拒否してもなにも始まらない。
だから、僕はおとなしくついていくことにした。
「わかりました。あなたたちについていきます」
そう言うと、男の人はわかりやすい安堵の顔をした。そして、「あっ」となにかを忘れていたような声を出して、「あー」とどことなくつぶやくと僕の隣を指差す。
「・・・あと、それ。俺らの方で預からしてもらってもいいか?」
男の人は指差したのと逆の腕で頭をかきながら言った。
僕は突然の話題転換に少し戸惑うが、すぐに殺し屋の男のことを言っていると気づいた。こいつも犯罪者だし、捕まるのが当然だろうと僕は首を縦に振る。
それを確認したSSMTの組織の人達はすぐに男を連れて行った。
「じゃあ、俺は奥に行ったらしい他の皆様方を保護してくるわ」
男の人はそう言って半分ぐらいの人数を連れて走って行く。
僕はいまだに不機嫌そうな顔をする女の人について、この施設からマジックラボラトリーへの移動を開始した。