12 接触
「あー、疲れた! 本当に疲れた!」
天を仰いでそう嘆く。
あの後、このまま起きてまた暴れられたらかなわないと男を拘束する事にした。どうやって拘束しようかと思っていたら横目で見えた警備ロボットに拘束するための装備が付いていたから、それを利用させてもらった。
今、僕は疲れ果てて床に座り込んでいる状況だ。
魔法は身体的な疲労は感じないが、なんだか、頭が重くなるというか、使いすぎるとそういうことになる。
僕はそんなに魔法を使った訳じゃないけど、ちょっと、最後の連続使用が無理をしすぎてたみたいだった。
早く姶良さんを追いかけるべきだとは思うのだけれど、どうにも、体がいうことを聞いてくれない。
男は依然気絶している。断じて、死んではいない。死んではいないのだが、こう、見ていると、少しやりすぎたかな? とか思ってしまう。
仁がもし聞いていたら、殺されかけたんだぞ、気絶でやりすぎとかおかしいだろうが、とか言われそうだ。
そんな何の意味もない思考を繰り返していたら、不意に、男の言葉を思い出した。
『なんでそんなに誰かを守れるなんて言うんだよ! 守ろうとするんだよ! 守れる訳ないだろう? 守れる訳ないだろうが!』
そんな男の言葉にはまるで確信があるかのようで、過去に何かがあったのかと邪推してしまう。
もしかしたら、過去にこの男は誰かを守れなかったのだろうか。そう思いながら、僕は横になっている男を見る。
どこか暗い気持ちになってしまったので、それを振り払うために僕は再び天を仰ぐ。そして、
「本当に疲れた・・・」
そうつぶやいた。
しばらくはただ無言で座り込んでいた。男は全く起きる気配はない。だから、少し心配になってきていた。
ようやく動けるようになってきたので、ひとまず男の脈を確認する。
・・・大丈夫、死んではいない。
そんな当然なことを確認して、安心していたときのことだった。
「・・・そこの君、たしか、明石くんだったかな」
バッと立ち上がり辺りを見回す。しかし、辺りに人影は見えない。
「・・・驚かせてしまったかな? もしそうならすまない。こちらからは、見当違いの方向を向いているカメラの映像しか確認出来ないものでね」
カメラ?
どこにあるんだ? ここには、カメラなんて・・・。
「できれば、私から見える所に移動してほしいんだが」
その声はずいぶんと遠くから聞こえた。その方向に目をむけても、壊れたロボットがあるだけだ。
いや、あるだけじゃない。逆だ。壊れたロボットがあるんだ。カメラは、ロボットのものだと思えば全て辻褄が合う。思い返してみれば、声に少しノイズがかかっていたような気もする。
そもそも、よく考えれば、カメラなんて今ここにはロボットについたものしかないだろうに。
本当に、僕は察しが悪いな。
そう思いながら、僕はその声がした方向に歩いていく。
「って、誰ですか! あなた。さすがに怪しいでしょう。そんなのには従えませんよ!」
咄嗟だったがために、なぜか敬語を使ってそうつっこむ。
その怪しい声に導かれるまま動こうとしたのは誰だ。そんな声が、どこからか聞こえた気がした。
いや、まあ、確かにそうなんだけど。確かにそうなんだけど!
「すまない、名乗るのを忘れていた。・・・そうだな、君にはフルコピーと言った方がわかりやすいかな?」
その声に、よくわからないことを頭の中で議論していた僕は我に返る。
ちなみに、僕が歩こうとしたことに関して、頭の中の僕は有罪という判決を下した。そうだね。当然だね。
僕は、反省する事にした。知らない人にはついて行かないということを、頭の片隅に刻む。
フルコピーということは姶良さんのお父さんだ。一応、敬語を継続して使うことにする。
「姶良さんはどうしたんですか?」
少し威圧的な雰囲気を醸し出しながら、僕は問いかける。本当に威圧的だったかは、疑問がのこるけれど。
特に言いよどむという事もなく、フルコピーあらため、姶良さんのお父さんは答えた。
「君は、私が誰のフルコピーか知っているのだったね。安心してくれ。君に接触したのは娘から話を聞いたからだ。これから私は娘に壊される予定なのでね。これは、娘に力を貸したという人を見たいというのと、そうだな、別れの挨拶というところか」
僕は、姶良さんのお父さんがしゃべっている間に声のする場所にたどり着いていた。
そのロボットは、他のロボットと比べると少し大きく、カラーリングも他のロボットとは異なっていた。
「どうして、そんな結論に至ったんですか?」
そう言いながら、僕はロボットの前方に回り込む。
表情などない、無機質なカメラという名の目が僕を見据えていた。
「ありがとう。私の前に姿を現してくれて。君が、明石くんだね」
僕はしっかりと頷く。
微動だにしないロボットは、あの男がきれいに壊したために、今にも動き出しそうだった。
「そんな、というのは壊されるというところかな?」
先ほどの僕の問いに姶良さんのお父さんが答える。
「そうです。今回の作戦はあなたの説得が第一目標だった。姶良さんは、あなたを説得しなかったのですか?」
言葉は、すぐには帰ってこなかった。沈黙は何を意味するのか。なにが起こったのか知らない僕には少しも予想出来ない。
「・・・それは、私を説得出来ないと判断したからだろう」
沈黙を破った姶良さんのお父さんの答えは、とても簡潔なものだった。
・・・たとえ何も知らなくても、それが違うということは僕にもわかる。だから、
「嘘ですね」
そう返答する。
「あなたを説得出来ないのなら、そもそも僕に会いに来ることもなく壊されているでしょう。それに、あなたは姐さんたちを匿ったはずだ。殺されないように、守ろうとしたはずだ。そんな人が話も聞かないなんてことはないと思います。・・・その嘘は、無理がありすぎますよ」
自分で思っていたより鋭い声がでた。
「はは、ちょっとした冗談のつもりだったんだけどね」
姶良さんのお父さんはそうのたまう。
「趣味が悪いですね」
僕はむっとしてそう返した。
姶良さんのお父さんの乾いた笑いが聞こえた。僕はその態度に再びむっとすることになる。
それでも、そんな感情はいまは関係ないと心の奥に押し込んだ。存外簡単に押し込めて、その事実から僕自身そんなに気にしていなかったのだと気づく。
「・・・君は、私が魔法を研究していた理由を知っているかい?」
突然、姶良さんのお父さんはそう言った。
それは、猫が姶良さんに聞いてほしいといったこと。そういえば、聞いていなかったなと思う。
「いえ、知りません」
そう答えると、そうか、というつぶやきが聞こえた。
「娘は、話さなかったか。なら、私から話そう」
なんとも重苦しい雰囲気で、一つ一つの間が僕に何か寂しさに似た感情を呼び起こさせた。
研究の理由。それは確かに気になるが、出来れば姶良さん本人から聞きたいと思っていた。
「いいんですか? 姶良さんに怒られるかもしれませんよ?」
だから、そう冗談混じりに言った。
姶良さんのお父さんは、そんなこと気にすることではないと言う。
「そもそも、私はこの後壊されるのだ。今更、娘に怒られることを気にはしないよ。それに、もう怒られた。きっと、一回も二回もたいしてかわらない」
でも・・・。そう言い掛けるが、その言葉は遮られた。
「これは私自身の為でもある。・・・いや、違うな。私自身の為だ」
どこか力強く、確信を持って、自分の為だとそう言う姶良さんのお父さん。
それは、心からの言葉に思えた。今ここで研究の理由を聞かなければ、後悔するような気がした。
猫の願いは、叶えられそうになかった。
「わかりました。聞かせてください。あなたが魔法の研究を始めたわけを。僕に」