10 フルコピーの思惑
横目で見ると、姶良さんが尻餅をついているのが見えた。その顔は呆然としている。
僕は、目の前の男を睨みつけていた。
こちら側に向けられたナイフが、光を反射している。
「お前が、ここのロボットを壊したのか?」
警戒したまま、僕は問い掛ける。
男は、なにがおかしいのか笑い始めた。
「ふふ、ひひっ。そうだよ? その通りだ。ここにいる奴らを殺さないといけないのにさあ、こいつらが邪魔してくるから、壊してやったんだよ」
男は、楽しんでいるようだった。
ここにいる奴らとは、姐さんたちだろうか。今、ここにはその人たちしかいないはずだ。
「それにしても、私は運がいいね。最後の一人、ちょっとめんどくさそうだったけど、まさかそっちからきてくれるなんてさあ」
僕のほうを向いていた男の目は、僕を見ていなかった。その目は、僕の後ろにいる姶良さんを見ている。
僕の周りに水色の粒子が輝き出す。なぜなら、僕が風を打ち出したからだ。
風は、音と共に男に向かっていく。だが、その風が当たることはなかった。
男は、再び飛び退く。
「突然なんだい、風の魔法使いさん。不意打ちで私が倒せるとでも? あなたは少し魔法が使えるからって、その後ろの殺害対象を守れるとでも思ってるのかな? かな?」
男は話を遮られたのがつまらないのか怒っていた。
後ろの殺害対象ということは、やはり、姶良さんが狙われているのか。
――僕は、出発するときに仁にいわれた言葉を思い出していた。
「それじゃ、行ってくるよ」
姶良さんは、すでに外にいる。だから、急いで追いかけようとしたら、後ろから仁に呼び止められた。
「なに? 僕なにか忘れた?」
僕が問い掛けると、仁は首を横に振る。
少しの間の後、仁は話し始めた。
「・・・明石、気をつけろよ。今回のことだが、施設の後ろに何者かがいるような気がする」
顔をしかめたままそう言う仁に、僕は頭にハテナマークを浮かべた。
仁は続ける。
「いや、確証はないんだ。ただ、ネコが姐さんとやらはサイフォスを改造してたって言ってたろ?」
「うん、サイフォスの構造も多分知ってるだろうって言ってたね」
「ああ、それで改造する際に分解してなかったとも言っていた。・・・普通、分解するだろ? 改造するならさ」
なんとなく、仁の言いたいことが分かってきた。
「つまり、構造だけ教えた何者かがいるって言いたいの?」
僕の言葉に、仁は深く頷いた。
「まあ、もしかしたらただの勘違いかもしれない。・・・ただ、注意だけはしておけよ。サイフォスの構造をマジックラボラトリー以外で知っているなんて、絶対に危ない組織だ。・・・もしかしたら、サイフォスの構造を広げない為に口封じもあり得るかもしれない」
「さすがに口封じはないんじゃないかな」
「注意するに越したことはないってことさ。とりあえず、頭の片隅にでも留めておけ」
僕は考えすぎだと思ったけど、とりあえず頷いておく。
「それじゃ、改めて行ってきます」
それから、僕はそう言って出発した。
・・・男の目は、明らかに人を殺すことに躊躇いを覚えていなかった。そして、その目は姶良さんを狙っている。
まさか、本当に仁の言っていた通りになるとは思わなかった。
「ねえ、聞いてるのかなあ。聞いてるのかなあ。・・・困るよ、ちゃんと聞いてくれないとっ!」
そう言うと、男は急に飛びかかってきた。
「シッ・・・!」
「くっ・・・」
間一髪の所で避けるが、ナイフは僕の服を切り裂く。僕は男を少しでも遠ざけるためにデタラメに風を打ち出した。
風は男を捉えることはない。が、男を遠ざけるのには成功した。
「分かったろう? 私はまだ、本気じゃない。風の魔法使いさん。あなたは、避けるので精一杯だ。そんなので、私に勝てるとでも?」
僕は、驚いていた。男が、予想していたより速かったからだ。
けど、今の攻撃を見て確信した。1対1なら、僕は、この男に負けることはない。だから、
「勝てるさ」
そう、僕は言い放った。
男は固まっていた。その顔は徐々に怒りに染まっていく。
「なんでさあ。・・・なんでさあ、そんなこと言うかなあ。・・・お前も! ここのフルコピーとかいうやつも! 生意気なんだよ! なんでそんなに誰かを守れるなんて言うんだよ! 守ろうとするんだよ! 守れる訳ないだろう? 守れる訳ないだろうが!」
男は、怒り狂っていた。唸りながら、そこら中にナイフを振り回している。
僕は、そんな男よりも、男の発言の方に気を取られていた。
男はフルコピーと言っていた。男の発言だと、フルコピーが誰かを守っていることになる。警備ロボットが男の邪魔をしたのは、ただ侵入者に対して自動的にと思っていたが、よく考えればそれならここにだけロボットの残骸があるのはおかしい。それが意味する所は・・・。
姶良さんを見ると、姶良さんは驚いた顔をしていた。僕は、姶良さんも同じ結論に至ったと考える。だから、初めの計画通りに行こうと僕は思った。
「姶良さん! 先に行くんだ!」
姶良さんは、僕のその言葉にさらに驚いているようだった。
「でも・・・!」
「行くんだ! 姶良さん! 君は、お父さんとちゃんと話すべきだ!」
姶良さんは迷っていたが、やがて、先に続く扉へと駆け出して行く。
そこに、男の声が響いた。
「俺を無視してんじゃねぇ! 行かせると思ってんのか!」
怒りからか、男の一人称は変わっていた。
男は、駆け出して行く姶良さんに追いすがる。だが、それは予想してたことだ。
「行かせるに決まってんだろ!」
僕は、素早く間に入り込み魔法を打ち出す。今度の魔法は、威力よりも足止めを優先したものだ。
広範囲に強風が吹き荒れる。男は、軽く吹き飛ばされるが、空中で体勢を整えると着地した。
人のする動きじゃないだろう。僕は、ただそう思っていた。
とにかく、姶良さんを先に行かせるのには成功した。あとは、こいつを倒すだけだ。
男はただ、怒りにまみれた顔をしていた。