プロローグ
――少し薄暗い部屋のなか、少女はキーボードを叩いていた。
部屋は薄暗く、パソコンの光だけが少女の顔を照らしている。
少女の顔は画面にくぎづけになっており、その画面には、見る人が見なければわからないような文字列が打ち込まれていた。
「・・・ネコ。いける?」
少女の声が誰もいない部屋に響く。
「問題ないみゃ。いつでもいけるみゃ」
その声に、だれもいないはずの部屋に声が響いた。
その声はパソコンのスピーカーから流れている。画面には、鍵を背負った黒猫が映されていた。
「・・・ん、じゃあ始めよう。・・・またあとで会おうね」
「きっと成功させるみゃ。けどお嬢、無理だと思ったら諦めることも考えてみゃ。」
その言葉に少女は微笑むと、パソコンをつけたまま部屋から走り去って行った。
残された部屋で声が響く。
「あれは、絶対にわかってないみゃ・・・。」
鍵を背負った黒猫は、そういって深いため息をついた。
・・・少女は空の下を走っていた。
ビルの間を駆け抜け、迷路のような道に戸惑いながらも、今なお走るのをやめようとはしない。
普段走っていないがために、その少女の体力はもう限界だった。
・・・あの人はもう逃げ出しただろうか。逃げ出したと、そういった確信がないために、少女は立ち止まることができなかった。
目の前にある曲がり角を曲がる。目的地はない。なぜなら少女は囮なのだから。
逃げ切る必要はなかった。むしろ逃げ切っては行けなかった。それなのに・・・
少女は、辺りが静かすぎることに気付いてしまった。
嫌な予感がした。なぜ、足の遅い自分が捕まっていないのか。
今は状況を知る必要がある。あの黒猫に、会わなければならない。
ここがどこかは分からないが、今は走ろうと、そう思った。
どこか、機械のある場所へ、そう思い走り出す少女。
しかし、その勢いは、大きく削がれることになる。
勢いよく角を曲がった少女は、疲れて視線が下がっていたがために、立っている人物に気が付かなかった。
走り出した勢いのままに少女はその人物にぶつかる。
少女は焦る。まさか先回りされていたのかと。
その考えは、目の前の光景にすぐさま否定された。
見上げると、唖然とする少年の顔があり、その奥には、行き止まりに追い詰められた犬の姿があった。
これが、少女、姶良翔子と自警団との出会いだった。