転生
ええ,つまらないものですが...
はい,...ええ.それでは,
どうぞよろしくお願いします
隣に角刈りのプロレスラーが引っ越してきた.
名を角田と言う.
始めのうちは,角田が最強になって帰ってきた!とばかり,有りもしない妄想に興奮する僕であったが,彼のフルネームが角田宏明だと知るや,何故だか彼をどこか冷めた目で見てしまう自分がいた.
なに,良いことじゃないか.僕が最強になって帰ってきた!
こんなにめでたい事は無いはずだ.
あの角田があんなに立派なプロレスラーだなんて,烏滸がましい.
角田さんに失礼な話だ.迷惑な虫だ.あいつは,死んでもゴミ虫だ.
角田さんは,同じ名前である僕を甚く可愛がってくれた.
試合の前日などには,よく僕にチケットを渡しながら,
宏明,明日は決めるぜ.お前の大好きな,パロスペシャルだ!!
と,僕が魅了された角田さんの必殺技を宣言し,プロレスの何たるか,美しさを,様式美を興奮と伴に教えてくれた.
僕は,自身がパロスペシャルに一目置いていることを告げた事は一度として無い.
角田さんは,見ていた.
血を流しながら,吠えながら,命を危機に晒しながら,それでもリングの上から僕の目を見ていた.
握った手を,額にかく汗を,僕みたいなゴミ虫なんかのために,僕が全力でプロレスを好きになれるよう,いつも見てくれていたのである.
角田さんは,ヒーローだ.
事実,角田さんはヒーローだったのだ.
そんな角田さんを,冷めた目で見る自分がいる.
違うのである.
あいつは.
角田は,ヒールだった筈だ.




