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ログ・ホライズン二次短編集

三日月同盟日誌 ~小竜くんたち焼肉を食べる~

作者: 津軽あまに

この作品には、流血、焼肉、原作の独自解釈といった要素が含まれておりますので、苦手な方はご注意ください。

■ 1 ■


 シンジュク御苑の森。アキバから徒歩でおよそ2時間程度の場所に存在するフィールドゾーン。

 かつては貴族の庭園であり、市民に開放された憩い場でもあったとされるこの地は、変異した動植物系のモンスターが闊歩する危険な地となっている。

 ゲームだったころの外周部の攻略適正レベルは55程度。

 そんなフィールドの中、一本の大樹を取り囲むように、4人の〈冒険者〉が布陣していた。

 大樹はまるで獣のような速度で、〈冒険者〉たちの胴はあろうかという幹を振るう。

 大樹の名は〈亜毒樹人(レッサーポイゾナストレント)〉。御苑の入口を守るレベル56のパーティランクモンスターである。

 この世界のモンスターの強さは、エネミーレベルと、エネミーランクによって表現される。

 エネミーレベルは、〈冒険者〉たちのレベルに対応したもの。

 〈冒険者〉のレベルがエネミーレベルに達しており、平均的な装備を身につけていればそのモンスターとの戦闘に対応可能であろうという目安だ。

 それに対して、エネミーランクは、〈冒険者〉たちの人数に対応したもの。

 エネミーランクは、主に三種に分類される。

 エネミーレベルに達した冒険者が1人で対応可能な「ソロランク」。

 エネミーレベルに達した冒険者が6人……1パーティで対応可能な「パーティランク」。

 そして、エネミーレベルに達した冒険者が24人……フルレイドで対応可能な「レイドランク」。

 繰り返しになるが〈亜毒樹人〉は、レベル56のパーティランク。レベル56の〈冒険者〉6人での戦闘が標準とされるモンスターというわけだ。


「飛燕、毒っ!」

「あいよっ! 小竜、ヘマすんなよっ!」


 もっとも、〈大災害〉によって戦闘が現実化したこの状況では、体感的なエネミーレベルは20~30程度上昇する。

 それに対抗するに、4人では本来不足。にも係わらず、〈冒険者〉たちは退却の素振りを見せることはなかった。

 〈狼牙族〉の少年……小竜の咆哮に樹人が動きを止めた隙に、後方に控えていた〈狐尾族〉の少年……飛燕が無骨な連弩を構え、続けざまに3本の矢を放つ。

 〈トリプルディストレス〉。

 時間経過とともにHPを減少させていく「衰弱」、意識を朦朧とさせて移動速度を低下させる「放心」の2種の不調効果を与える毒矢を放ち、トドメに高威力の矢を叩き込む彼の得意技だ。

 〈亜毒樹人〉は衰弱毒への耐性はあるものの、その他の効果については効果を発揮する。

 黒く艶のある液体が塗られた鏃が樹皮に突き刺さり、跳ねるように樹人の枝が震えた。


「おおおおおお!」


 怯んだその瞬間を縫うように、小竜が両手の双剣を振った。隙の大きい〈盗剣士〉の高威力特技、〈ラウンド・ウインドミル〉。

 だが、その構えの最中、反射的に振るわれた樹人の枝の一閃が、小竜を打ち据える。


「っ!!」


 巨大な枝は小竜に触れる寸前、突如発生した水色の障壁によって速度が鈍り、胴を浅く薙ぐにとどまった。

 それでも、巨体が繰り出す攻撃は強力。

 小竜は吹き飛ばされ、特技は繰り出される前に中断される。


「……HPバー6割か。微妙だなぁオイ。いっそ5割切れば話が早かったのに」

「な、何よ飛燕っ! 私の障壁が悪いっていうの?」

「別にー?」

「そもそもこの狩場を選んだのはアンタでしょっ? もうちょっとレベル低いところから慣れるべきだと思う!」

「飛燕も明日架も。そんな場合じゃないだろう?」


 後方で周囲を警戒していた〈妖術師〉の青年がため息をつく。

 賑やかな会話だが、状況は決して余裕があるとは言えなかった。

 本来ならばパーティ6人で対応すべき〈亜毒樹人〉の攻撃力は非常に高い。

 しかも、彼らのパーティには本来戦線を構築する要である、戦士職が存在しないのだ。

 武器攻撃職としては比較的HPの高い〈盗剣士〉の小竜が擬似的な戦士職として立ち回りをしてはいるものの、長期戦になればじりじりと押し切られることは時間の問題。

 本来であれば今の〈ラウンド・ウインドミル〉で大きくHPを削り、相手が萎縮したところに攻撃を集中させて決着をつけるのが彼らの目論見だったのだが。

 小竜の背に汗が混じる。最適解は断たれた。ならばどうする。


「俺がもう少し支えるから、状況の建て直しを! 明日架は回復、飛燕は通常射撃で削って……」

「小竜も落ち着いて。それじゃあ、消耗の見通しが立たない」


 後衛の青年は静かに言うと、掌に炎を呼び出した。


「僕らの目的は「こいつを倒すこと」だけなんだから、予測範囲の被害は飲むべきだよ」


 その動作の意味する特技を理解し、〈神祇官〉……明日架が思わず声をあげる。


「な……アイゼルっ、小竜ごとやる気っ!?」

「明日架、〈禊ぎの障壁〉を! ごめんね、小竜っ!」


 簡潔な言葉で互いの意図を理解すると、明日架が小竜に向かって、もっとも初歩的なダメージ遮断魔法をかける。

 それを見届けたところで、〈妖術師〉の青年……アイゼルは、掌に炎を呼び出した。


「〈ブレイジング・ライナー〉!」


 突き出された手から、炎の帯が地を這うように小竜もろとも〈亜毒樹人〉を嘗め尽くす。

 強烈な一撃が、1人と1体のHPを削り取った。だが、強力な範囲攻撃魔法は、急激にエネミーの警戒(ヘイト)を引き上げる。

 迎撃するかのように、毒々しい色の葉がアイゼルへと飛来した。

 青年の厚手のローブを切り裂き、傷口が紫色に変色する。

 急激に減少するアイゼルのHPバー。その色が、危機を知らせる黄色へと変わる。だが、それに構わずアイゼルは小竜へと声をかけた。


「三重加速っ! 終わらせるんだっ!」


 その声に背を押されたかのように、炎の中から飛び出したのは一つの影。

 瞳孔を獣のそれのように引き絞り、狼の尾をたなびかせた小竜の姿だった。

 〈狼牙族〉は、特定の条件化でその姿を半獣に変える特殊な特技を取得できる。

 小竜が取得しているのは〈不屈の獣〉。発動条件はHPの半減。効果は、攻撃動作及び移動の高速化。

 煙をあげながら無数の枝が小竜を襲うが、毒で低速化した枝では、加速した彼を捉えることはできない。

 雷爪風牙。その銘に相応しい速度で、対の双剣が次々と枝を薙ぎ、幹を断っていく。一方的な剪定作業。


「これで……っ」


 本来、獣化だけでこれほどの加速は生じない。

 サブクラス特技、〈毯子功〉によるモーション後硬直のキャンセル効果と、〈盗剣士〉特技の中でも特に出の速い連撃特技、〈ダンスマカブル〉を使用することによって、三重の加速がなされた結果が、この高速機動の秘密だった。

 各種特技の再使用規制時間の問題で、1戦闘に1度、しかも数秒間しか持続しない、文字通り彼の「切り札」。


「終わりだぁぁぁぁぁっ!」


 体躯を一閃し、まるで風車のような勢いで双剣を振るう。

 〈ラウンド・ウインドミル〉。

 今度こそ、必殺の一撃が樹人の幹を断ち割った。



■ 2 ■


「大丈夫か、アイゼルっ!」

「待ってて、今回復するから……〈快癒の祈祷〉っ!」


 草原に仰向けに倒れたアイゼルに、全員が駆け寄る。

 パーティ最年長である大人びた青年は、仲間たちを見上げて微笑んだ。


「……すごく痛いけど、意識ははっきりしてるよ。この前自転車から放り出されたとき程度には元気。小竜こそ、大丈夫かい? 総ダメージ量で言えば、君の方が傷は深いよね?」

「俺の方は問題ない。……すまない」

「はは、戦場に立ってる時点で怪我は当然。謝られても困っちゃうよ」


 その笑顔に、小竜の表情がさらに曇る。

 かけるべき言葉を探して、色々な思いがこみ上げて、声にしようとする前に消えてしまい、結局、戦の後の呼気だけが漏れてしまう。

 アイゼルは、ここにいる四人全員が所属するギルド、〈三日月同盟〉の中では数少ない大人の男性だ。

 だからこそ、小竜はそれを立場として率いるはずの自分の幼さが苛立たしくなる。

 

「はー、そういうもんなのか。オレはダメージほとんど喰らったことないしわかんなかったわ」

「最ッ低。今それ言う? そりゃあいいわよね。アンタはいつも後ろから狙撃してるだけだし」

「ふふん。回避系狙撃ビルドを選んだオレの先見の明を褒め称えるといいぜ!」

「誰も褒めてないわよバカ狐っ!」

「おー怖。助けろ小竜っ!」

「……ん? 悪い。よく聞いてなかった」


 自分の後ろに回り込んで盾にしている飛燕の言葉に、小竜は我に返った。

 そんな様子を見て、パーティの紅一点、明日架がおずおずと問いかける。


「ねえ、小竜。やっぱり調子よくなさそうだよ? そろそろ切り上げない?」

「ありがとう。でも、俺なら大丈夫だ。みんなさえ良ければ、もう少しこのパーティでの動きに慣れておきたい」

「そっか……」

「小竜。自分だけ負担を引き受ければそれでよし。それができないと自分のせいって考えは、君の悪癖だと思うよ」

「あー、だめだめアイゼル。こいつのそこんとこは言われて治るようなもんじゃねーよ」

「……すまない」

「責めてるわけじゃないけどね。まあそれじゃあ、もう少しやってみようか。いいかい、明日架?」

「あ、うん。私は大丈夫だよ」


 〈三日月同盟〉は戦闘を専門とするギルドではない。

 互助系ギルドと呼ばれる、気心の知れた仲間同士で何気なく集まり、様々なことについて互いに協力しあうようなギルドだ。

 〈大災害〉以後、戦闘が現実のものとなり、生々しい暴力と恐怖と死を伴うものとなった現在、こういった互助系ギルドで戦闘訓練は活発ではなかった。

 互助系ギルドに所属するメンバーの少なくない人数は、敵を討伐し、己を成長させることよりも、ゲームを通じて作られた対人関係に価値を置いていたからである。

 それは、〈三日月同盟〉も例外ではなかった。

 ギルド内部に存在する戦闘班の中心人物は、小竜と飛燕の2人だけ。

 他のメンバーは必要に応じて遊撃的にギルドでの冒険に出入りをする形をとっており、戦闘専門で活動をしているわけではない。ギルド全体としても、どちらかといえば生産活動やギルド内、ギルド間交流、初心者の訓練に力点が置かれている。

 今回のパーティに参加している明日架とアイゼルも、戦闘班のメンバーというわけではない。

 この世界で生きるためにはギルド内である程度の危機を潜り抜けることのできる連携が必要だという小竜の提案に賛同し、生産班、交易班からそれぞれ参加した二人だった。


「けどさあ、やっぱ、義仲いないのは辛いよなあ。戦士職やっぱ大事だって」

「飛燕!」


 飛燕の呟きを、明日架が制する。

 だがそれは、この場にいる全員が感じていることでもあった。

 この世界の戦闘では、防御力の高い戦士職が敵の攻撃を引き受けて戦線を構築し、回復職がそれを支え、武器攻撃職と魔法攻撃職がその間に敵を殲滅するというスタイルが一般的だ。

 義仲というのは、〈三日月同盟〉の中でも高レベルの〈武士〉プレイヤーだ。生産職としての活動を中心に成長させているため、レベルは90には届かないが、ギルド内では最強の戦士職であった。

 だが、小竜は首を横に振った。


「……義仲にはもう、無理はさせられない」



■ 3 ■


 先日のザントリーフ防衛戦。

 多数の 〈水棲緑鬼(サファギン)〉による襲撃に対し、たまたま居合わせた〈三日月同盟〉はレベルの低い初心者たちとともにその迎撃にあたった。

 〈円卓会議〉の機転と援軍により、その戦闘は勝利に終わったが、被害は少ないもののゼロではなかった。

 その、数少ない被害の一つが、〈三日月同盟〉の〈武士〉、義仲の死亡であった。

 もっとも、この世界の〈冒険者〉の死亡は、恒久的な生命の損失を意味しない。

 〈エルダー・テイル〉がゲームであった頃と同じように、HPが0になり、「死亡」した〈冒険者〉の肉体は光の粒子となって、直近で立ち寄ったホームタウンの大神殿で復活する。

 だが。

 ギルドメンバーたちが目にした、「仮初の死」から蘇生した義仲の表情は、死者もかくやというほどに、蒼白だった。

 朴訥で、だが常に力強さを感じる低い声は見る影もなく。

 彼は小竜に、一言漏らすと、身体を引きずるように自室へと帰っていった。


「悪いな、小竜。俺は、戦闘班じゃなかった」


 俺は、戦闘班ではない。

 義仲のその言葉は、小竜を強く打ちのめした。

 義仲は、戦闘班ではない。ゲーム時代から〈調剤師〉として生産班に所属し、素材集めやレベル上げ以上の戦闘はしてこなかったプレイヤーである。

 しかし、義仲は〈三日月同盟〉で最も腕のいい戦士職であり、パーティでの戦闘となれば小竜が密かに彼を頼っていたのも事実だった。

 その甘えを、責められた気がした。

 小竜自身は、守りたい人のために身を危険に晒すことを、恐怖はあれど納得している。

 それは、戦闘班に所属する以上、腐れ縁の飛燕も同様だと考えている。

 だが、義仲は違うのだ。

 自分の覚悟を無意識のうちに相手に押し付けていたような気がして、小竜は自分を殴りたいような気持ちに襲われた。

 そんな小竜の気持ちを知ってか知らずか、それ以降、義仲は日中、ギルドルームを不在にすることが多くなった。

 自分の無神経が、義仲に戦いへの恐怖を刻み込んだのだと。

 戦闘班長という肩書きを負う少年、小竜は、ザントリーフ防衛戦から今日まで、そんな苦い感情を味わい続けていたのだった。



■ 4 ■


「……あれ、あそこにいるの……にゃん太さんと直継さんじゃね? 知らない人もいるけど」


 噛み合わない連携を実感した戦いの帰り道、飛燕が突然街道から外れた方向を指し示した。

 指の先には、微かに特徴を見分けられるかどうかの小さな人影が4つと、それに取り囲まれた巨大な怪物の姿。

 〈千山巨獣(ベビーモス)〉。

 かつてシンジュクを完全に壊滅させたとされるレイド級エネミー〈万岳霊獣(ベヒモス)〉の幼体とされる存在。特殊なアイテムを使用して初めてフィールドに出現(ポップ)するというレアエネミーだった。

 巨大な胴と太い四の脚。だが、鈍重そうな動きとは裏腹な機敏な動きでサイを思わせる角で〈冒険者〉たちをけん制している。

 控えめに言っても、戦況は劣勢だった。

 リソースを使い切ったのか、4人の〈冒険者〉たちは小技ばかりを繰り出し、豊富なHPを誇る〈千山巨獣〉に対して有効打を与えられずにいるように見える。

 飛燕の言葉によれば4人のうち2人は〈三日月同盟〉と懇意にしている互助系ギルド〈記録の地平線〉の猛者、〈守護戦士〉の直継と〈盗剣士〉のにゃん太である。この2人が負けることなど小竜には想像がつかなかったが、見過ごす理由もない。


「加勢する! 行くぞ、みんなっ!」

「そうこなけりゃな! らじゃー!」


 近づくと、小さな住宅ほどの大きさの怪物の威圧感が小竜たちを圧迫する。

 その足元で立ち回るのは、無骨な鎧に身を包み、身の丈ほどもある盾を構えた青年、直継と、左右の手にレイピアを構えた〈猫人族〉の紳士、にゃん太。

 二人の背後で小柄な体躯を翻しながら石つぶてを避ける、燕のような黒髪の少女。

 そしてもう一人、〈千山巨獣〉の身体の向こうに見え隠れする〈冒険者〉が1人。

 ある程度の距離まで接近したところで、射程圏内に敵を捉えた飛燕が連弩を構えた。


「そいじゃ、まずデカブツ退治のセオリー通り……」


 弱体の毒矢の三連射〈トリプルディストレス〉。

 タフな相手に対して、毒のバッドステータスを与えてスリップダメージを与えるのは、長期戦の定石というべき戦術だ。

 だが、その矢が敵へと命中した瞬間。

 助けを受けたはずの〈冒険者〉たちがあげたのは歓声でも感謝の声でもなく、悲鳴だった。


「にゃんと!?」

「こいつはヤバイ祭りだぜっ?!」


 戸惑うにゃん太と直継。

 そして、黒髪の少女は露骨に不機嫌な様子を隠さず、毒矢を放った飛燕を非難した。

 

「このバカっ! 毒とか使うなーっ! お肉が喰えなくなるでしょうがーっ!!」


 〈三日月同盟〉メンバーが硬直する。

 直継やにゃん太と行動を共にしている小柄な黒髪ポニーテールの少女。

 彼らの記憶に間違いがなければ、彼女はアカツキ。可憐な容姿と裏腹に無骨で不器用なロールプレイヤーの〈暗殺者〉であったはずだ。少なくともこんな砕けた罵倒を出会いがしらに投げかけるような人間ではなかったはずである。

 おまけに、戦闘で毒を禁止する理由が理解できない。

確かに〈千山巨獣〉はドロップ品として〈ベビーモスの肉〉というレア食材を落とすことで知られている(そしてそれは絶品の肉として、〈大災害〉後の世界では有名である)。

しかし、戦闘で毒を使用したことでドロップ品の肉までが劣化するという話は〈三日月同盟〉の誰も聞いたことがなかった。

 かつて大量の食材を狩猟でかき集めた〈クレセントバーガー〉作戦のときにだって、毒を使用した戦闘で得たドロップ品で味が落ちたという話はなかったはずだ。

 そんな〈三日月同盟〉のメンバーの混乱をさておいて、元から戦闘に参加していたメンバーは慌ただしく対応を進めていく。


「おいしいお肉をダメにするヤツはカルビに蹴られて死んじゃうべきです!」

「ポックルどうどう。わざとじゃないんだし許してやろうぜ」

「誰がポックルですかーっ! 私にはエフィという可愛いキャラクターネームがですね……」

「ちみっこ言うとややこしいし怒るからな。ほら、それより早く解毒祭りだ!」


 直継に諌められ、少女は不承不承頷くと手にした短杖を振るった。

 すると、どこからともなく輝く雫が降り注ぎ、〈千山巨獣〉に突き刺さった矢の傷口の変色を消していく。

 〈ピュリファイケーション〉。対象を浄化し、バッドステータスを回復する〈森呪遣い〉の特技だった。

 少なくとも〈暗殺者〉の特技ではない。エフィと名乗る彼女は、どうやらアカツキとは他人の空似の別人であるらしい。

 確かによく見れば、目鼻立ちや声に若干の違いがある。背格好と髪型のイメージで遠目からはわからないが、間近にいればなんとか見分けがつくレベルだった。


「飛燕っち、援護感謝ですにゃ。ただ、この戦闘は敵をただ倒せばいいわけではない事情があるので、吾輩の指示に従っていただけると助かりますにゃ」

「そういうこと! 目指せ焼肉! 狩り祭りだぜっ!」

「カルビっ♪ カルビっ♪」


 奇妙なテンションの三人の奥、〈千山巨獣〉の向こうで、男の叫びが響く。

 〈武士の挑戦〉。敵の敵愾心(ヘイト)を掻き立て、注意を引き付ける特技だ。

 これにより、三連射の矢によって飛燕に向きかけていた敵の攻撃が敵の向こう側にいる〈冒険者〉へと標的を変える。


「それでは、これより調理を開始しますにゃ。明日架っちはメインタンク、エフィっちはサブタンクのカバーを。そしてエフィっちとアイゼルっちは電撃系魔法で麻痺の付与をお願いしますにゃあ」


 奥にいるサブタンクの〈冒険者〉が攻撃を受けている間に直継のHPを明日架が回復。それを見計らって直継は敵愾心(ヘイト)を制御するタウント特技〈アンカーハウル〉を使用して、敵の攻撃を自分へと引き寄せる。

 メインとサブ、二人の戦士職が入れ代わり立ち代わりヘイトを制御して盾役を交代する戦法は、強力な単体型ボスエネミーに対するセオリーの一つだ。

 十分に直継へのヘイト値が上昇したのを見計らって、アイゼルは呪文を詠唱する。

 手にした杖から一筋の放電が疾駆し、地面に五芒星を描き出す。

 と、同時に、その五芒星から天へと立ち上るように、紫色の雷撃が全てを灼いた。

 〈ライトニング・チャンバー〉。単体にしか効果がない代わり、威力の高さは〈妖術師〉の特技の中でも指折りの魔法である。

 その光の残滓が消えぬ間に、今度は天から雷撃が巨体を打ち据えた。

 エフィと呼ばれた黒髪の〈森呪遣い〉の魔法。

 自然を操る魔法を得意とする〈森呪遣い〉の十八番、〈サンダーコール〉だ。魔法攻撃職には及ばないが、それでも度重なる雷撃は巨獣の動きを麻痺させるには十分。


「小竜っち! 「流血」のバッドステータス付与。三段階目に到達したら攻撃中断ですにゃ!」


 遅くなった動作の隙を縫うように、緻密な手裁きでにゃん太のレイピアが踊る。

 前脚に刻まれる赤い傷口。それは狙い過たず血管を断ったか、勢いよく血しぶきが飛ぶ。同時に、奥の前脚の膝のあたりから血が散った。武士の特技〈膝切り〉の効果だろう。

 わけがわからないまま、それでも小竜の反応は迅速だった。

 それぞれ、後ろ脚へと移動し、双剣を振るう。〈盗剣士〉の特技、〈ブラッディ・マリー〉。にゃん太のそれと比べて練度は劣るが、それでも武器攻撃職と秘宝級武具の攻撃力は分厚い〈千山巨獣〉の皮膚を引き裂き、深い傷を刻んだ。

 三人が使用したのはいずれもが、「流血」のバッドステータスを付与する特技だった。「流血」は、時間経過に伴って対象のHPとMPを失わせる。

 長期戦に向いたものではあったが、毒を禁じてこちらを選択する意義が理解できず、小竜はにゃん太を見た。

 しかし、猫顔の紳士はいつも通りの余裕を崩さず、続けて指示を飛ばす。


「では〈戦士職(タンク)〉のお二人、めいっぱい怒らせてやってくださいにゃあ」


 小竜は今度こそ、言葉を失った。

 〈千山巨獣〉は付近のキャラクターのヘイト値が一定値以上になると、行動パターンが変化し、攻撃力と行動速度が著しく上がるのだ。

 俗に「発狂状態」とも言われる行動パターンを持つこうしたタイプのエネミーを相手にするときには、適度に相手の攻撃を受けてヘイト値を低く制御しつつ戦うのが一般的である。少なくともあえてヘイトを跳ね上げるような戦法を、小竜は聞いたことがなかった。

 怒号が、そして鬨の声が響く。

 〈守護戦士〉である直継と、奥で戦っている〈武士〉、二人の戦士職が同時に挑発(タウント)特技を繰り出したのだ。

 それに木霊するかのように、〈千山巨獣〉が咆哮した。

 その瞳は赤く輝き、獰猛な吐息が草原を揺らす。


「それじゃあ、今から数分。攻撃は迎撃程度に手控えて我慢の時間ですにゃ。二班に分かれてヘイトをスイッチ。相手をできるだけ振り回しますにゃあ」

「こっからは逆フルボッコ祭りだぜ! カバーしきれない部分は攻撃逸らすから、自分の回復はアイテムで面倒みてくれよなっ」


 にゃん太と直継が言うや否や、疑問を〈三日月同盟〉のメンバーがさしはさむ余地もなく、猛攻が始まった。

 爪、牙、体当たり、振るわれる四肢。巨木を思わせるその質量は振るわれただけですさまじい破壊力を生み出す。

 振るわれるその四肢からしぶく血が、全員の鎧を汚した。

 ヘイト値は、敵からの攻撃を受けると減少する。これは即ち、直継やもう一人の〈武士〉といった戦士職が特技でヘイトを上げても、連続して攻撃を受け続ければいつか、ヘイト値が他の仲間よりも低くなり、攻撃のターゲットが防御力の薄い他メンバーへと移る可能性があることを意味している。

 加速した〈千山巨獣〉の攻撃は、まさにそうした状況を生み出していた。

 戦士職のヘイト制御が追い付かなくなり、攻撃力の高い武器攻撃職である小竜やにゃん太、飛燕へも攻撃の一部が向けられた。

 二人の回復職がそれを受け止め、また回復はするものの、じりじりと全員のリソースが削られていく。


「にゃん太さん、何を考えてるんだっ」

「いや……そうか、そういう意味では、理にかなった戦い方なのかもしれない」

「あ、アイゼル、何なのよ思わせぶりなこと言って!」

「って、明日架よそ見すんなっ! 障壁切れたぞって、うぎゃー!?」


 飛燕に対して〈千山巨獣〉の腕が薙ぎ払われかけ、

 ……その直前で、圧倒的な質量を持つエネミーの腕が、ぴたりと静止した。


「あれ?」

「……狩猟完了、第二段階クリアですにゃあ」


 一呼吸遅れて、にゃん太の宣言とともに、〈千山巨獣〉の巨体が地響きを立てて倒れこむ。

 誰も攻撃は加えていない。つまりは「流血」によるダメージで、〈千山巨獣〉のHPがゼロになったということだ。


「……やっぱり。これは放血だ。そうですよね、にゃん太さん」

「さすが、ゼルっち。よく御存知ですにゃ」


 得心したようなアイゼルの指摘に、にゃん太は頷いた。


「電気ショックで動きを押え、心臓が動いた状態で四肢を切断して放血処置。敢えて暴れさせたのは、「吊るし」の状態を再現した?」

「ちょっと待ってくれ。アイゼル。何がなんだかさっぱりわからない」

「おっと、申し訳ないが、ここからは時間との戦い祭りだ。説明は後にさせてもらうぜっ」


 直継が巨大な出刃包丁といった風情の大剣を構えた。


「ちょっと刺激が強い血祭りだからな、巫女のお姉ちゃんは後ろ向くのがお勧めだぜ!」


 慌てて明日架が目を閉じるのと、直継が特大包丁で〈千山巨獣〉の腹を切り裂くのが同時。


「……うげ」

「これは……」

「ちょっと衝撃光景かも……」


 赤に染まるその光景に、遅れてアイゼルと小竜、飛燕も目を背けた。


「それじゃあ、頭と手足を頼みますにゃ」

「承知した。〈御首級落とし〉! 〈膝切の太刀〉! 〈小手落とし〉!」

「……あ、あれ? ねえ、小竜、今の声って……」

「次に中身を取り出して……エフィさん、洗浄を」

「うわい、モツですよモツ! んじゃ〈ピュリファイケーション〉!」

「……この魔法がなかったら、正直「中身(モツ)の中身」の処理とか割と挫けるよなあ。実際の仕事人に感謝祭りだぜ」


 ぞり。ごん。ざくり。どちゃあ。

 固体と固体がぶつかり合う音、液体がぬめる音、およそグロテスクというカテゴリで括りうる音のオンパレードが響き渡る。

 途中から血やら何やらの強烈な匂いがしなくなったのは、途中でエフィという〈森呪遣い〉が使用した浄化魔法、〈ピュリファイケーション〉のせいか。

 それからしばし。


「はーい、終わりましたにゃあ」


 にゃん太の声に目を開けた〈三日月同盟〉の前にあったのは、本来〈千山巨獣〉からはドロップするはずがないほどの大量の肉の塊と……


「……その。なんだ。すまん」


 気まずそうに頭を掻く〈武士〉。

 〈三日月同盟〉の、義仲の姿だった。



■ 5 ■


「つまり先ほどの戦闘は、狩り。〈料理人〉による味のある料理や、〈大工〉たちによるオリジナルの建築物の制作の延長線上にある、「ドロップ品に頼らない狩猟による肉の獲得」の実験だったと」

「その通りですにゃあ。エネミーのドロップで肉は入手可能ですにゃ。でも、残念ながらゲーム時代の制作サイドであるアタルヴァ社やフシミオンライン社が「一般的な肉」と認識していなかったであろう部位……たとえば、タンやホルモン、ハラミにモツといった特殊部位はドロップでは入手できない。おまけに、ドロップで入手できる肉はロース、モモにカルビ、どの部分が入手できるかランダムで選ぶことができず、部位単位では安定的に供給できないのですにゃあ」

「その問題を解決するのが、先ほどの回りくどい「狩り」なのですね。味のある料理を創りだすセオリーの応用。〈辺境巡視〉の〈剥ぎ取り〉や〈料理人〉の〈解体〉といった「モンスターからアイテムを取り出すことができる」というフレーバーの特技を取得した〈冒険者〉が、メニュー画面から特技を使用せず、自らの手でエネミーを〈解体〉すれば、我々の元の世界と同じ法則で様々な部位の肉が切りだせる。なるほど、それならば毒の影響を懸念したのも納得できます。因果をすっ飛ばして出現するドロップ品と違い、動いていたエネミーの肉を切りだすのだから、毒は味を落としたり体に悪い可能性もあると。慧眼ですね」

「あはは、褒めても何もでないですにゃあ。それにこれは吾輩のオリジナルではなく、まねっこ。ナインテイルで〈料理人〉が豚を手ずから解体してとんこつスープを再現したっていうニュースがありましてにゃあ、それをヒントにしただけですにゃ」

「話が長いー!! ……よし。男衆はほっといて、肉焼いちゃいましょう。明日架ちゃん、タン好き?」

「あ、その、噛みきれないイメージがあってちょっと……」

「ええい、女子に負けてたまるかっ。焼肉ってのは野郎の戦場なんだよ!」

「何を言いますか少年、女の子ってのは肉が大好きなんですよ! 私の友達もみんなそう言ってます! スイーツとかより肉ですよ! 期待のあまり七輪にカルビ色の光とか見えてきちゃったでしょ明日架ちゃん!」

「……アッハイ、見えてきたような気がしなくもないです……」

「うわー、すげー棒読みのリアクション」


 どうしてこうなったのか。

 小竜はぼんやりと思考しながら、目の前で赤熱する炭と七輪を眺めていた。

 ここは、アキバの大通りから一本裏路地に入ったところにある食堂、「焼肉屋とんすとん」。

 〈冒険者〉の経営する料理店で、直継が常連の店であるらしい。

 テーブルを囲むのは、小竜、飛燕、アイゼル、明日架の〈三日月同盟〉パーティと、〈記録の地平線〉のにゃん太、直継、加えて、謎の女性〈森呪遣い〉エフィ。

 そして。

 しばらく日中ギルドで姿を見かけなかった〈武士〉、義仲。

 

「……すまん。小竜」


 義仲は口数の少ないプレイヤーだった。

 交流を求めて参加した者の多い〈三日月同盟〉の中では、異色のメンバーである。

 彼は小さく頭を下げると、再び口を閉じた。

 周りの喧騒をよそに、奇妙な沈黙が二人を包む。

 テーブルに置かれるのは、多種多様な切り方をされた肉、そして、内臓の類。

 食べ盛りの男子高校生であった〈大災害〉前には見慣れた焼肉の光景である。


「まあ、色々あったが協力感謝だぜ少年ズ。今日は謝肉祭だ! おごってやるからたんと喰えー」

「おー、直継さん太っ腹! いっただっきまーす!」

「あーもうっ、フライングしないのバカ狐っ!」


 勢い込んで薄切りのタンを七輪に乗せる飛燕。しかし、その瞬間に肉は生焼けの過程を飛ばして焦げた炭となる。


「あ……れ?」

「何やってるんですか少年! 肉を網に乗せるってのは「料理」なんですよっ! ケジメです!」

「なるほど。すると……〈料理人〉かそれに準ずるサブ職業でなければ、肉を網に置けないというわけですね」

「なんだよー。焼肉って自分で焼き加減が選べるからいいんじゃんよー」

「まあ見てろって。コツがあるんだよ」

「はいはい、お待たせいたしましたにゃあ」


 〈料理人〉のサブ職業をモツにゃん太が七輪の脇に脂身のついた内臓を並べていく。

 すると、肉は皿にあったのと同じ姿で網の上へと収まった。炭の熱に炙られ、じりじりと熱される。


「これは時間がかかるから、にゃん太さん、ハツをお願いしますっ!」

「承知いたしましたにゃ」


 ぶつぎりになった赤い塊。

 赤味魚の刺身を連想する鮮やかなそれをエフィが網の上で転がしていく。

 ステータス画面に見る彼女のサブ職業は〈食闘士〉。聞きなれない職業だがどうやら〈料理人〉の亜種であるようで、彼女もまた調理特技を保有しているらしい。

 ハツやホルモンといった部位は〈大災害〉以降初めてだと、改めて小竜は思い出していた。

 表面がうっすら色づいたハラミに、おもむろに箸が伸びる。

 その手の主は、直継。


「あ、直継さんって〈料理人〉じゃ……」


 小竜の懸念に反して、箸に挟まれた肉は黒焦げやあやしいゲル状の物質になることなく、直継の口へと収まった。

 満面の笑みを浮かべて肉を味わい、〈守護戦士〉の青年は後輩たちへと残る戦利品を勧めた。


「肉を置くのはアウト、肉をひっくり返すのもアウト。でも、網から取り上げるのはセーフってわけだ」

「なるほど。肉を取り上げるのは調理ではなく、調理行為の妨害として処理されるから、誰にでも実行可能であると。興味深いですね」

「おー、なんとか焼肉の矜持はぎりぎりセーフって感じだなっ。ってわけでいただきまーす!」

「……小竜。うまいぞ」


 義仲に勧められ、小竜もその塊を口にする。

 歯ごたえは、新鮮な貝柱のようだった。

 噛みきれなさはまったくない。さく、と歯が通る。断面から滲む濃い肉の味。

 食感はいわゆる肉のイメージとは違う。だが、歯ごたえの強いホルモンのイメージとも別物だった。

 濃い。甘みが濃い。匂いも濃い。歯ごたえが濃い。何もかもが濃い。

 頬が緩む。意味もなく視界が滲む。口の端が上がる。笑いがこみ上げる。


「……なんだこれ」


 気の利いた言葉が出てこない。

 初めて〈クレセントバーガー〉の試作品を食べたときのような衝撃。

 ただ、焼いただけ。そのはずだ。それなのに。

 そんな表情を眺めて、にゃん太と直継、そしてエフィはにやり、と口元を歪めた。


「うまーでしょボーノでしょデリシャスでしょ。このために、お姉さんたち〈食卓の騎士団〉は日々手間をかけてでも、新規食材の可能性を探りつづけてるってわけなのですよっ! ちなみに私がメインで、にゃん太さんやこのデカいの二人は今回たまたまお手伝いをしてくれただけなので、私にもきちんと敬意を向けるように!」

「……この肉は、さっきのような方法で先週狩った〈千山巨獣〉のものですにゃ。付け加えるなら、これは彼が小竜っちたちに食べさせたいと狩りを提案したものでもありましてにゃあ。彼の訓練にもちょうどいいので協力していた次第ですにゃ」

「がびーん、まさかの完全スルー!?」

「狩りの時点でおまえらが乱入してくるとは思わなかったけどな!」

「本当は今日の方がうまく狩れたんだけど、熟成まで時間がかかるから狩りたての肉は出せないの。ごめんねー。ま、そいつはまた今度。自分で狩ったカルビ(おにく)は格別ですよ!」

「義仲……」

「……すまない、小竜。自分が我儘を言って、直継さんとにゃん太さんに戦闘について教えを請うていた。ギルドの活動を放り出して勝手なことをしていたこと、謝らせてもらう」


 小竜は頭を振って思考を整理しようとした。

 義仲は、先の戦いの死亡をきっかけに戦闘から身を引いたのではなかったか?

 それがどうして、戦闘の稽古をつけてもらっていたのか?

 おまけにどうして、自分たちに希少な肉を食べさせようとしたのか?

 助けを求めようと仲間たちを見る。明日架はちんぷんかんぷんとでも言うように首を振り、アイゼルは全て承知とでも言うかのように頷き、飛燕に至ってはひたすら肉に舌鼓を打っている。いずれも助け舟は望めそうになかった。


「義仲っち、沈黙は金なら、信頼する人への必要な言葉はそれ以上の価値を持つ宝石ですにゃ。寡黙は貴重な美徳でも、誤解を生んでは悲しいですからにゃあ」


 言いながら、にゃん太は鮮やかな赤のぶあつい肉を七輪の端に乗せた。タンのさらに芯の部分であるらしい。

 ぱちり、ぱちりと、炭のはぜる音が響く。

 しばらくの沈黙の後で、義仲は訥々と言葉を吐き出した。

 自分は現実世界で武道を修めていたこと。

 しかし、その経験はこの世界での戦いで、役に立たないどころかかえって束縛となったこと。

 武の心得があるとして、この世界の戦闘の経験のない状態でも戦えるはずだとどこか慢心していた自分に愕然としたこと。

 〈大災害〉後の戦闘を積み重ねてきた戦闘班の二人、小竜、飛燕と比べて自分を恥じたこと。


「……俺は戦闘班じゃなかった。心得が。覚悟が。多分、その資格を満たしていなかった。お前たちの隣で戦うには不足していた。少なくとも、自分はそう思った。申し訳のしようも、語る言葉もないと考えた。だから、せめてお前たちの背に追いつくまでは、黙って修練を積もうとした」


 皆が、その言葉に耳を傾けながら、七輪の中の炎を眺めていた。

 炎は人の目を惹きつける。もしも全員が義仲に注目していたとしたら、彼はこれ以上話を続けることはできなかっただろう。

 くるり、くるりと。遠火の炭火でゆっくりと。焦らず。急かさ。焦がさずに。

 にゃん太は周りを眺めて微笑みながら、手際よく肉を炙っていく。

 

「……まったく救いようもない。それで誤解を招いてさらに心配をかけていたんだから。すまなかった、小竜」


 頭を下げた義仲の言葉に、小竜はかける言葉を思いつくことができなかった。

 気にするな、と言っても、目の前の生真面目な青年は頷かないだろう。

 そんな言葉の空白を破ったのは、にゃん太ののんびりとした声だった。


「小竜っち、飛燕っち、覚えてますかにゃ? ベビーモスの肉をおいしく狩るには、どう戦ったか」


 昼間の戦いを思い出す。

 〈妖術師〉と〈森呪遣い〉が魔法で相手を麻痺させ、〈盗剣士〉が流血のバッドステータスを与え、四肢を落とし、首を落とす。

 その、通常の戦闘と比較して遥かに多くの工程を踏んだ戦闘の間、敵の攻撃を引き受け続けていたのは……戦士職。

 爪。牙。尻尾。そしてブレス攻撃と、多彩な攻撃手段を誇るエネミーに対しての盾役を、義仲は長時間に渡って張り続けたということである。

 小竜は七輪に炙られたからという理由だけでなしに、頬に熱を感じた。

 義仲が死亡をきっかけに戦いを恐れるようになったという予想。

 何て的外れな誤解。事実はそれとは全く逆であったのだ。


「こいつはいい戦士職だと思うぜ。気構えに判断力にクソ度胸。まあ、ダメだしするとすりゃあ、全部自分で抱え込もうとしすぎるトコかねえ」

「う」

「あ」


 直継の言葉に、義仲と小竜が同時にうめき声をあげた。

 隣でアイゼルが耐えかねたように笑いをもらす。


「戦士職の目的ってのは、パーティの勝ち。別に「全ての攻撃を引き受けること」じゃない。敢えて敵の標的(ターゲット)を自分以外に押し付ける判断もありえるわけさ。さっきの戦いでもあっただろ? 〈千山巨獣〉の発狂モードのときとかな。それを、義務感だけでオレ一人で引き受けるぜっ! って突っ走って戦士職が倒れちまったら、それこそ戦線崩壊なわけだ。ま、これは戦士職に限らずパーティの指揮官(リーダー)役にも言えることだけど」

「申し訳ない……」

「すみませんでした……」


 がくりと二人は頭を下げた。

 直継の言葉には特別誰かを非難するような棘はない。

 だが、経験から生み出された言葉は、何より義仲と小竜に突き刺さった。


「義仲っちも小竜っちも謝るのはそこまで。二人ともわざと悪手を打とうとしていたわけではなかった。よかれと思って自然とした行動だったのですよにゃあ?」

「そうですけど……」

「コイにつける薬はない」

「は、はいっ!? なんですか突然!?」


 小竜が思わず言葉を詰まらせる。

 自分が身体を張ってギルドの仲間を守ろうとする動機をずばり言い当てられた気がしたからだ。

 だが、そんな彼の様子を知ってか知らずか、にゃん太は全く異なる方向に話を向けた。


「……でも、過失につける薬は無数にある。故意(わざと)だったなら救いようがないけれど、二人のは過失(たまたま)。修正などいくらでも効くものですにゃ。謝るより、おいしいお肉を食べて明日からがんばる方が建設的ですにゃあ」


 こんがりと焼き目のついたホルモン、そしてゆでるように遠火で炙られたタンの芯が網の端へと寄せられる。


「と。吾輩のお説教はここまで。年寄りは話が長くていけませんにゃあ」

「ぐ。それってさらに話が長かった俺に対するアレな何ですか班長。肉焼きを待たせた腹いせとかですかそうですか祭りかー!」

「お? シリアス時空終わり? 肉タイム開始? 長かったー!」

「こ、こら、バカ狐っ。もうちょっと空気読みなさいよ!」

「ンだよ、おまえもお腹すいたーってな顔全開じゃねえかよー」

「なっ……だ、だれがっ」

「じっくり遠火で茹でるように、が、このお肉のおいしいいただき方ですからにゃあ。どうぞ、召し上がれですにゃ」


 節くれだった義仲の親指よりもさらに一回りもぶあつい肉に、小竜はかぶりついた。

 じわりと、噛んだ断面から、熱い汁が溢れる。濃い。脂の華やかな味ではない。引き締まった、鍛えられた筋肉の、無骨な、けれど噛むほどに広がる肉の味。

 それが、眼前の仏頂面な青年の姿勢と重なった。


「……うまいな」


 目が合ったことに気づいた義仲が、表情を変えぬまま呟く。


「ああ。うまい」


 けれど、その口元が緩く歪んでいることに気づいて、小竜は全身にかかっていた重しが取れたような感覚を味わっていた。


「……なあ、小竜。この肉に免じて、俺を、戦闘班に入れてはくれないか?」

「肉はうまいが関係ないな。元から、義仲がいいなら、喜んで」

「そうか」


 言葉は足りない。

 けれど、同じ火を囲み、同じ肉を食べて、それが不足を補ってくれた気がした。

 

「おうおうおう、青少年は酒はだめだから、せめて肉祭りだぜっ!」

「……なんか直継さんが仰ると、どこかアレな響きを感じるのは気のせいかなあ」

「エロスだなっ!」

「ああもうせっかくおいしい食事なのに最ッ低っ!」

「ぶふっ」

「おうおう、何に反応したんだよ小竜この性少年がっ! むっちりすけべがっ! やっぱりおぱんつ班長なのか!」

「まあ、ここでの焼肉も同じ。みんな力を合わせて、みんなでするからよいのですにゃあ」

「ふーふーふー、お姉さんは機嫌がよいので今日は必殺技を見せてしまいましょう! 店主さん、アレお願いしますー!」

「って、ぐは、なんだ俺の腕くらいある長い肉ー!?」

「括目せよ、これが別名「オロチ」と言われる隠しメニュー! 〈千山巨獣〉のハラミの塊肉なのだー! さっき食べたのもハラミだけど、切り方が違うと味も別物なのですよ!」

「ちょっと待ってくださいこれ七輪に乗り切らないですよ! どうやって焼くんですか!?」

「おう。これをだな、こうやって……」

「まさかの七輪三つ横並び信号機状態だとー!?」

「あれー? 直やんに小竜ら、帰ってけえへん思ったらこんなところで寄り道しとるー!」

「……あら。焼肉ですか。随分食べていないですね。って、アカツキちゃんが森ガール的な衣装を着てるっ! 嗚呼……こ、これはこれでまるでコロボックルのような愛らしさが引き立ってまた別の一面が……」

「な、なんですかこのお姉さんはっていうかアカツキって娘は私と別人であって……の以前に肉焼いてる途中で引っ付くのダメ絶対! プリーズサンキューグランダッシャー!?」

「ま、マリエさんにヘンリエッタさんまで!?」

「おーおーおー、うちらを差し置いてこんな楽しそうなことなんて、ちょっとひどいんやないのお?」


 思わぬ乱入者に宴はさらに賑やかなものへと姿を変えた。

 小竜は、そして〈三日月同盟〉の皆は改めて自覚する。

 ギルドマスターが「みんなのおうち」と常々語るこのギルド。

 それは、言葉が一つ欠けてしまっただけで。ボタンが一つかけちがっただけで。

 壊れてしまうようなものではないはずなのだと。



 ◇  ◇  ◇



 わいわいと肉に盛り上がる一同の中で、アイゼルは視線を網に向けたまま、小声で呟いた。


「これは独り言だけど。帰り道に義仲たちの戦いを見かけたときに、飛燕、君は、「あそこにいるのはにゃん太さんと直継さんと、知らない人だ」と言ったね」


 飛燕の耳がぴくりと動く。


「近間で見てもアカツキさんと瓜二つのエフィさんを、あの距離で別人と判断するのは無理じゃないかな。しかもにゃん太さんと直継さんと一緒に戦っているんだから、まして普通は同じギルドのアカツキさんだと思うのが自然だ」


 わかりにくい口元だけの笑顔を浮かべる義仲と、直継にいじりまわされて慌てる小竜を眺め、アイゼルは木製のジョッキを掲げた。


「おまけにあの狩場を決めたのは君だ。……そもそも君は、全部知っていたんじゃないかな、と僕は思うわけさ。まあ、独り言なんだけどね」

「こいつも独り言だが。話が長ぇよバカ」


 肯定も否定もせずに飛燕もまた手にしたジョッキをアイゼルのそれにぶつける。

 〈三日月同盟〉。

 強固な結束を誇るそのギルドの旗印は、無論ギルドマスターとその補佐である。

 しかし、その影でぐるぐると気を回す青年たちの存在があることは、あまり知られていない。


「はい。気配りの二人には吾輩からご褒美ですにゃあ」

「恐縮です」

「おー、いっただっきまーす!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 原作の世界観と設定を上手く利用しているところ。 三日月同盟のアットホームな雰囲気も、十分描写できていると思います。 [一言] この世界で焼肉を成功させた、その手法に感服です。 特に材料の入…
[良い点] 久しぶりの新作、堪能しました。 D.D.D日誌、最近読めないんでつまらないです。 でもこの新作でとりあえず四級不満は解消しました。 この次はD.D.Dの新作待ってますw [気になる点] 護…
[良い点] 三日月同盟の仲間達の心情がじんわりと伝わってきます。 引き込まれる構成力にやられました。 [一言] 津軽あまにさんの作品、久々に読めて嬉しいです。今回は三日月同盟のお話、次は誰が描かれ…
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