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たかがタコ焼きされどタコ焼き

作者: じー

 今日、久しぶりに高校時代の友人と会った時、危うく絵を描かされそうになれました。

 絵が上手い四人の中、一人、美術が2だった私。

 そんなアウェイな空気で描くのは何が何でも避けたかったので、代わりにキーワードを一つずつ出してもらって小説を書きました。

 キーワードは「タコ焼き」「中二病」「大根」「メガネ」です。

「ホントにアキちゃん、大きくなったねぇ。もう大学生だっけ?」


 そう言って、彼女は目を細めた。いとことは言え、女性に見つめられると気恥ずかしい。


「ハァ。あの、一年です」


「そっか。見違えるはずだね」


 彼女の頬は、新春の冷気に当てられて紅潮している。こちらの頬も同じく赤いが、これは寒さのせいでは無い。


「そういえば、最近バイト始めたんだって? 叔父さん、ようやく学生ニートから抜け出してくれたって喜んでたよ。何のバイトだっけ?」


「−−タコ焼き屋、だったよな」


 彼女の肩にポンと手を置いて、もう一人の人影があらわれた。

 お父さん、と女性が振り返る。精悍な顔付きの伯父は、ニッと笑うと手に持ったビニール袋を差し出してみせた。


「寒い中待たせて悪かったな。ほれ、食え食え」


「もう、お父さんったら。おせちが入らなくなっちゃうよ」


「若い男なんだ。これぐらい、菓子にも入らないさ」


 言って、伯父はガハハと笑ってみせた。奥に覗く金歯を見ていると、不思議と安心する。


「すみません、伯父さん」


 両手を差し出し、袋を受け取る。

 中にはパックが入っている。まだ温かい。熱い、と表現したほうがいいぐらいだ。


「何の何の。年に一度、正月だけに来てくれる可愛い甥っ子のためなら、これぐらい。さ、早く食え食え。あったまったら行くぞ」


 お礼を言って、蓋をあける。瞬間、湯気が立ち上り、メガネが曇った。


「わ。美味しそう」


 いとこの歓声が聞こえる。少し遅れて、視界が明瞭になった。

 それは、タコ焼きだった。キツネ色にコンガリと焼けた表面からは、温かい湯気が立ち上っている。だが、その上で鰹節は踊っておらず、代わりにカイワレ大根が乗せられていた。パックの隅には、大根おろしが添えられている。


「和風タコ焼きっていうのが売っていたんだ。アキヒロは普通のタコ焼きは食べ飽きてるだろうからな」


 そこまで言って、甥の様子がおかしい事に気づく。

 彼は、未だタコ焼きを凝視したまま顔を上げる様子は無い。その肩が、僅かにだが震えていた。


「アキちゃん、どうしたの? 寒いの?」


 女は心配そうに言うと、彼の肩に手をかけた。


「ふざけるなァ!」


 瞬間、男が吠えた。女は呆然と、振り払われた手を見、次に男を見る。


「『普通のタコ焼き』は『食べ飽きているだろう』だと……? フン、これだから馬鹿舌な一般人は困る。良く聞けよ、愚かなしんたこ信者ども」


 メガネが太陽の光を反射し、その瞳を隠している。表情を窺い知ることはできない。

 気圧されて言葉を発することも出来ない二人に、男は一喝する。


「元祖・タコ焼きこそ史上初にして至高! それ以外のタコ焼きなぞ、全て! ポッと出のまがい物に過ぎぬわ!」


 彼は上空に手を差し延べると、太陽を振り仰いだ。その右腕にぶら下がるレジ袋は、まさに天使の翼のよう。


「あぁ、神よ! 何故あなたは何も答えないのか! 我は下したいのだ。元祖タコ焼きのことを、『普通』などと表現する下賎な者に、正義の鉄槌を! 失われしエターナルファイアーの力さえあれば、全ての偽物たちを灰と化すことも可能なのだ! 世界が平和になった暁には、僅かなコストで数多の鉄板を熱そう。

 さあ、神よ! 今こそ! 今こそ、我に力を!」


 男の背後には、確かに見えた。中濃ソースとマヨネーズによって飾りたてられた黄金色の生地、パラパラと青海苔を散らされ、彩りも美しい。ふんわりと立ち上る湯気により、鰹節が悩ましげに揺れる。粛々とその側に控えるは紅生姜。背後にそびえるタコ焼きは、確かに元祖の迫力を持ち合わせていた。

 その瞬間、黄金のタコ焼きに呼応するように風が吹いた。レジ袋が大きく揺れ、和風タコ焼きが一つこぼれ落ちる。

 神のいたずらだろうか。それは、狙い違わず男の口内に落下する。


「−−グッ」


 アキヒロが、むせた。転げ落ちるように転倒し、地に伏せる。その姿は、正に神の一撃を落とされた罪人のようだ。

 しばらく胸を掻きむしり、もがく。やがて、背中を一度大きく上下させ、沈黙した。

 さわさわと風がそよぐ。髪が持って行かれそうになって、女は頭を抑えた。

 もう一度さわさわと風がそよぐ。持って行かれる髪の無い伯父は、ボリボリと頭を掻く。

 その手を下ろすと、ツカツカと甥の側に歩み寄り、しゃがみ込んだ。


「おぅい。大丈夫か?」


 ぽんぽんと背中を叩いてみるが、反応は無い。どうしようかと娘に視線を送ったところで、ぼそりと甥がつぶやいた。


「え? ……うわ」


 うまく聞き取れなかったので、顔を覗き込む。

 その頬は涙と鼻水によって汚れ、おまけに砂が付着して黒い線となっている。メガネが割れた時に破片が刺さったのか、顔面をところどころ出血させていた。ひどい有様だ。

 乾燥して割れた唇が、もう一度動いた。


「美味い……何という美味さだ。元祖タコ焼き以外など、タコ焼きに非ず。そう教えられたはずなのに……このさっぱりとした後味、ほのかなカイワレ大根の辛み……私は今、禁断の果実を口にしてしまったアダム。楽園を追放されし堕天使。もう、戻れはしない……」


「お父さーん、なんだってー?」


 女が、限りなくどうでもよさそうに問い掛ける。持っていた手提げから鏡を取り出し、髪の毛を直していた。

 直す髪の毛のない伯父は、アキヒロを無理矢理抱え起こしながらため息を一つついた。


「今すぐこいつを学生ニートに戻すぞ」

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