悪役令嬢は聖女様にキャベツを投げつける
「セレスティーヌ・フォン・アルバート! 貴様の悪行はすべて明らかになっている!」
王太子レオンハルト殿下は、卒業記念舞踏会の壇上で高らかに宣言なさった。
「聖女リリアの診療所に押しかけ、治療を妨害し、あまつさえ大量の野菜を送りつけたそうだな!」
私は深く礼をした。
「はい。事実でございます」
会場がどよめいた。
「認めるのだな!」
「ええ」
「さらに、リリアが救った孤児たちに対して、治療を受けるなら金を払えと脅したとも聞いている!」
「それも事実ですわ」
どよめきが大きくなった。
「そして昨日! ついにリリアの診療所を閉鎖させようとした!」
「はい」
「何という悪女だ!」
私は少し考えた。
確かに、並べてみると相当に悪い。
何しろ相手は聖女様である。
リリアは、王国で唯一の高位治癒魔法の使い手だった。
切り傷から難病まで、彼女が手をかざすだけで治ってしまう。
しかも治療費を取らない。
貧しい人々にとっては、まさに救世主である。
そんな聖女の診療所に乗り込んで治療を妨害し、野菜を押しつけ、金を要求する。
それはもう、悪役令嬢以外の何者でもないだろう。
「セレスティーヌ!」
殿下は私を指差した。
「貴様との婚約は破棄する! そして、聖女リリアこそ私の妃にふさわしい!」
隣に立つリリアが、小さく首を振った。
「殿下、私はそのようなことを望んでいるわけでは……」
「よいのだ、リリア! 私が必ず守ってやる!」
リリアは困った顔になった。
私はもっと困った顔になった。
この王太子、どうしてこう、人の話を聞かないのだろう。
⸻
事の発端は半年前だった。
私は王立学園の温室で、一本の薔薇が枯れているのを発見した。
別に珍しいことではない。
植物は枯れる。
ところが、その薔薇は少し妙だった。
葉は青々としていたのに、茎も根も、突然数十年の時間が経過したかのように乾ききっていた。
翌日、隣の薔薇も枯れた。
さらに翌週、別の花壇の草花がまとめて枯れた。
庭師は首を傾げていた。
「病気じゃありませんねえ」
「では何でしょう」
「さあ」
そのとき、温室の向こうから歓声が聞こえてきた。
聖女リリアが、怪我をした庭師の助手を治療していた。
脚を骨折したという少年が、元気に飛び跳ねている。
「ありがとうございます、聖女様!」
「いいえ。どうかお気をつけて」
実に美しい光景だった。
ただ、私は一つ気になった。
少年が治癒魔法を受けた瞬間、すぐ隣の薔薇が枯れたのである。
偶然だろうか。
私は庭師に尋ねた。
「リリア様は、よくここで治療を?」
「ええ。温室なら暖かいですからね」
「いつ頃から?」
「半年ほど前からです」
なるほど。
私は少し考えた。
そして、リリアにお願いした。
「聖女様。私の指の傷を治していただけませんか?」
私は裁縫の針で、指先を少し傷つけた。
リリアは快く引き受けてくれた。
彼女が手をかざす。
傷は消えた。
同時に、私のすぐ横に置いた鉢植えの花が、しおれた。
私はもう一度、指を傷つけた。
「もう一度お願いします」
リリアは驚いた。
「えっ?」
「お願いします」
二度目。
傷が消える。
別の鉢がしおれる。
三度目。
「セレスティーヌ様! もうやめましょう!」
リリアは泣きそうになっていた。
私は指先を見た。
血は止まっている。
なるほど。
大変なことが分かった。
⸻
治癒魔法は、傷を消しているわけではなかった。
治療に必要な生命力を、近くの別の生き物から奪っていたのである。
植物でもよい。
動物でもよい。
人間でもよい。
術者と患者を除き、最も近くにいる生物から順番に生命力を取り立てる。
ただ、それだけだった。
私は慌てて、過去半年間の診療記録を調べた。
リリアが王宮で治療を行った日。
庭園の植木が枯れている。
リリアが街の診療所で治療を行った日。
近所で飼われていた犬が急死している。
ある日は、診療所の隣家に住む老婆が、突然寝たきりになっていた。
証拠は十分ではなかった。
しかし、放置するにはあまりに危険だった。
私はすぐにリリアへ報告した。
彼女は青ざめた。
「そんな……」
「まだ仮説です。ですが、実験結果は一致しています」
「では、私は……」
「落ち着いてください。まず、治療を一時中止しましょう」
リリアは泣き出した。
「でも、治療を待っている人が大勢いるんです!」
「分かっています」
「私が治さなければ、死んでしまう人もいるんです!」
「それも分かっています」
「それなのに、やめろと言うのですか!」
私は黙った。
リリアの言い分にも、理があった。
目の前で死にかけている子供を、救えるのに救わない。
それは簡単に決断できることではない。
しかし、子供を一人救うために、隣の家の老人を殺してよいとも思えない。
困った。
私は考えた。
そして、一つの結論に達した。
「キャベツを用意しましょう」
「……はい?」
「大量に」
⸻
翌日、私は領地からキャベツを運ばせた。
百個。
いや、百株と言うべきだろう。
すべて根がついたまま、土を入れた木箱に植えてある。
まだ生きているキャベツである。
これを診療所に並べた。
そして、治療実験を行った。
患者は、腕を骨折した農夫だった。
リリアが治癒魔法を使う。
農夫の骨が元どおりになる。
その瞬間、近くのキャベツが次々にしおれた。
一株。
二株。
三株。
四株。
五株。
そこで止まった。
農夫は元気になった。
ほかの患者も、リリアも無事だった。
「……成功ですわ!」
私は思わず叫んだ。
リリアは口を開けていた。
「キャベツが……」
「五株で済みました!」
「キャベツが死んでしまいました!」
「ええ!」
「かわいそう!」
私は少し考えた。
「では、白菜にしましょうか」
「そういう問題ではありません!」
リリアは怒った。
もっともだった。
だが、私は譲らなかった。
「リリア様。あなたは先ほど、患者を救うためなら治療を続けたいとおっしゃいましたね」
「はい……」
「では、その代償がキャベツ五株なら、どうでしょう」
リリアは黙った。
私は続けた。
「もちろん、キャベツだって生きています。だから命を奪ってよいという話ではありません。でも、私たちは普段から野菜を食べていますでしょう?」
「……はい」
「それなら、治療のために栽培することも、一つの選択肢ではありませんか?」
リリアは長い間、しおれたキャベツを見つめていた。
そして、小さく頷いた。
「そうですね」
よかった。
私はその日、診療所にキャベツを百株寄付した。
ところが、翌日には全部なくなっていた。
患者が多すぎたのである。
⸻
それからが大変だった。
まず、キャベツは無料ではない。
栽培には土地が必要だ。
種も肥料も水もいる。
農民の労働も必要だ。
さらに、生きたまま診療所へ運ばなければならない。
切り取ってしまったキャベツでは、十分な生命力を供給できないのである。
私は診療所へ毎日百株を送ることにした。
すると、領地の農民から苦情が来た。
「お嬢様! これでは普通の野菜が作れません!」
その通りだった。
そこで私は、キャベツの購入価格を引き上げた。
すると、今度は領内の食用キャベツの価格まで上がってしまった。
困った。
私はリリアと相談した。
「治療費をいただきましょう」
リリアは猛反対した。
「それでは貧しい人たちが治療を受けられません!」
「では、富裕層からいただきましょう」
「お金持ちと貧しい人を区別するのですか?」
「ええ」
「私はすべての人を平等に救いたいのです!」
「でしたら、すべての人から平等にキャベツ五株をいただきます?」
リリアは黙った。
少し考えた。
「……それは、困ります」
私も困る。
結局、支払い能力に応じて治療費を徴収し、貧しい患者の費用は寄付金と領地の基金で負担することになった。
しかし、これが評判を悪くした。
聖女様の奇跡は無料だと聞いていたのに、突然金を取るようになったからだ。
しかも、キャベツを大量に消費する。
何のために使っているのかと問われても、治癒魔法の仕組みはまだ調査中で、十分な説明ができなかった。
やがて、妙な噂が広がった。
『アルバート公爵令嬢が、聖女様の奇跡を金儲けに利用している』
まったく。
私は一銭も儲けていない。
むしろ大赤字だった。
⸻
そして、王太子殿下が現れた。
「セレスティーヌ! 聖女の慈悲を商売にするとは何事だ!」
「殿下。治療には費用がかかります」
「奇跡に費用など必要ない!」
「必要です」
「聖女の力を疑うのか!」
「疑っておりません。仕組みを調べているのです」
「同じことだ!」
違う。
全然違う。
私は説明した。
実験記録を見せた。
枯れたキャベツも見せた。
しかし殿下は、まったく納得しなかった。
「キャベツが枯れたから何だというのだ!」
「だから、生命力が……」
「聖女の奇跡に、代償などあるはずがない!」
そこで私は、少し腹が立った。
「では、殿下ご自身が、治療を受ける患者の隣にお立ちになってください」
「何?」
「キャベツが不要だとおっしゃるのであれば、代わりに殿下がお立ちになればよろしいでしょう」
殿下は激怒した。
「貴様! 私を殺す気か!」
「……殿下」
私はため息をついた。
「今、何とおっしゃいました?」
殿下は黙った。
どうやら、自分でも何かおかしいことを言ったと気づいたらしい。
しかし、時すでに遅かった。
殿下は私を聖女への迫害者として告発した。
私は学園で悪役令嬢と呼ばれるようになった。
そして、卒業記念舞踏会での断罪に至ったのである。
⸻
「セレスティーヌ! 最後に言いたいことはないか!」
殿下は得意満面だった。
私は会場を見渡した。
貴族たちはこちらを見ている。
リリアは泣きそうな顔をしている。
私は深く息を吐いた。
「殿下。一つお願いがございます」
「何だ」
「リリア様の診療所に置いてあるキャベツを、今後もお使いいただけますか」
殿下は鼻で笑った。
「まだ言うか!」
「いえ、本当に重要なことなので」
「くだらん! そのようなもの、今すぐ撤去させる!」
まずい。
私はリリアを見た。
彼女も青ざめていた。
「殿下、それは……!」
リリアが叫びかけた、そのときだった。
がしゃん!
大広間の奥で、大きな音がした。
天井から吊るされていた巨大なシャンデリアが落ちたのである。
悲鳴が上がった。
人々が逃げ惑った。
そして、シャンデリアの下敷きになった一人の少女が発見された。
王女殿下だった。
まだ十歳になったばかりの、王太子の妹君である。
「エミリア!」
殿下が駆け寄った。
王女は血を流していた。
胸が大きくへこんでいる。
呼吸も弱い。
明らかに重傷だった。
「リリア!」
殿下が叫んだ。
「治してくれ!」
リリアは駆け寄った。
そして、手をかざしかけて止まった。
周囲には大勢の貴族がいる。
当然、キャベツなどない。
「殿下……」
彼女は震える声で言った。
「ここでは……」
「何をしている! 早く!」
「でも、ここで治療をすると……」
「妹が死んでしまう!」
殿下は泣きそうだった。
リリアも泣きそうだった。
私は、その光景を見ていた。
本当に、困った。
いま治療しなければ王女は死ぬ。
しかし、この状態で大規模な治癒魔法を使えば、周囲の人々から大量の生命力が奪われる。
王女のすぐ隣には殿下がいる。
その次にはリリアがいる。
もっとも、術者自身は対象から除外される。
だから、最初に生命力を奪われるのは、王太子殿下だろう。
「殿下!」
私は叫んだ。
「王女様から離れてください!」
殿下は私を睨んだ。
「貴様! この期に及んで!」
「早く!」
「私が妹を見捨てると思うか!」
私は歯を食いしばった。
仕方ない。
私は走った。
王女のもとへ。
そして、彼女と殿下の間に割り込んだ。
「セレスティーヌ!」
殿下が叫んだ。
「何をする!」
「リリア様!」
私は叫んだ。
「治療を!」
リリアは目を見開いた。
「でも、それではセレスティーヌ様が!」
「構いません!」
私は王女を抱きしめた。
「早く!」
リリアが魔法を発動した。
眩しい光が溢れた。
王女の傷が、みるみる塞がっていく。
その瞬間。
私は、自分の身体から何かが猛烈な勢いで失われていくのを感じた。
息が苦しい。
手足が冷たい。
髪が白くなっていく。
まずい。
想像以上だ。
王女の傷は深かった。
このままでは、私一人の生命力では足りない。
そのときだった。
「お嬢様!」
聞き慣れた声が響いた。
私は顔を上げた。
大広間の入口から、侍女のマリーが走ってきた。
彼女の後ろには、何人もの使用人がいた。
そして、その全員が。
キャベツを抱えていた。
「お持ちしました!」
私は思わず叫んだ。
「遅い!」
「申し訳ございません!」
マリーがキャベツを投げた。
一株。
二株。
三株。
私は必死にそれを受け取った。
そして、王女のすぐ隣へ放り込んだ。
キャベツがしおれる。
次のキャベツも。
その次も。
あっという間に、王女の周囲はしおれたキャベツの山になった。
「もっと!」
私は叫んだ。
「もっと持ってきて!」
大広間に、次々とキャベツが投げ込まれた。
舞踏会用の美しい絨毯が、泥と野菜で汚れていく。
貴族たちは呆然としていた。
王太子殿下も呆然としていた。
聖女リリアだけが、必死に治癒魔法を使い続けている。
そして。
最後のキャベツがしおれたとき。
王女エミリアが、ぱちりと目を開けた。
「……おにいさま?」
殿下が泣き崩れた。
「エミリア!」
王女はきょとんとしていた。
「どうしたの?」
私はその場に座り込んだ。
腕が震えていた。
髪の一部は白くなっていた。
だが、生きている。
どうやら、キャベツが間に合ったらしい。
マリーが駆け寄ってきた。
「お嬢様!」
「……何株使った?」
「二百四十七株です!」
私は目を閉じた。
「……高い治療になったわね」
マリーは泣きながら頷いた。
⸻
さて。
その後の王宮は、大変な騒ぎになった。
まず、王女の治療に使われたキャベツがすべて枯れたことで、私の仮説が公に認められた。
王立魔法研究所が追試を行い、治癒魔法が周囲の生命力を消費することを確認したのである。
この発見は王国中を震撼させた。
何しろ、これまで聖女の奇跡によって救われた人々の周囲では、知らないうちに別の生命が失われていた可能性があるのだ。
聖女リリアは、しばらく治療活動を休止した。
彼女は深く落ち込んでいた。
「私、人を救っているつもりで……」
私は彼女の隣に座った。
「救っていましたわ」
「でも……」
「ただ、代償を知らなかったのです」
「……はい」
「これからは、知っているのですから」
リリアは私を見た。
私は笑った。
「もっと上手に救いましょう」
彼女は泣いた。
今度は、治癒魔法を使わなかった。
よかった。
⸻
それから、王国では医療用の農作物を栽培する事業が始まった。
最初はキャベツだった。
しかし、キャベツは案外かさばる。
しかも、栽培にはそれなりに時間がかかる。
そこで、もっと効率よく生命力を供給できる植物を探す研究が始まった。
成長の速い草。
多年生の低木。
大型の樹木。
さまざまな植物が試験された。
結果として、最も重要なのは植物の大きさではなく、旺盛に成長しているかどうかだと分かった。
同じ重量なら、老木より若い植物の方が多くの生命力を供給できる。
そこで、大量の若い苗を生産する農園が作られた。
病院の周囲には、専用の温室が設けられた。
患者一人を治療するために、どれほどの植物が必要か。
治療費はどうするか。
貧しい人をどう救うか。
新しい問題はいくらでも出てきた。
だが、少なくとも、知らない誰かの生命力を奪ってしまう危険は減った。
聖女リリアは、再び治療を始めた。
今度は、必ず患者の周囲に大量の苗を用意してから。
そして、治療のたびに頭を下げるようになった。
患者だけでなく、苗を育てた農民たちにも。
⸻
ところで、王太子殿下との婚約は、結局破棄された。
殿下は何度も謝罪した。
「セレスティーヌ。私はそなたを誤解していた」
「そうですわね」
「そなたは、本当に素晴らしい女性だ」
「ありがとうございます」
「もし許してくれるなら、もう一度……」
「お断りいたします」
殿下はしょんぼりした。
少し可哀想だった。
だが、婚約を続ける気にはならなかった。
何しろ、私はこの先も研究を続けるつもりなのだ。
次に何か発見したとき、また説明するのが面倒である。
それに、もっと大きな問題があった。
王女の治療の際、私は大量の生命力を失った。
髪の一部は白くなったままだし、以前より疲れやすくなった。
そのため、王宮から多額の補償金が支払われることになった。
しかし、私はそれを受け取らなかった。
代わりに、王立病院の敷地内に研究用の温室を建ててもらった。
「本当に、それでよいのか?」
殿下は驚いていた。
「ええ」
「金貨千枚でも足りぬか?」
「温室の方がよろしいです」
「そなたは変わった女だな」
私は微笑んだ。
「よく言われます」
⸻
それから三年後。
私は、王立医療農園の責任者になっていた。
農園では、さまざまな植物を育てている。
その中でも、キャベツは特別な位置を占めていた。
何しろ、王女を救った植物である。
王宮では、キャベツがたいへん縁起のよい野菜とされるようになった。
王女エミリアなどは、キャベツが大好物になった。
毎日のように食べているらしい。
ある日、王女から手紙が届いた。
『セレスティーヌお姉様へ。今度、お茶会に来てください。キャベツのお菓子を用意します』
私は少し困った。
キャベツのお菓子。
一体どんなものだろう。
マリーに相談した。
「お嬢様、キャベツのケーキでしょうか」
「美味しいのかしら」
「さあ……」
私たちは顔を見合わせた。
まあ、王女のお誘いだ。
断るわけにはいかない。
⸻
その頃、王宮では新たな問題が発生していた。
王太子レオンハルト殿下が、リリアに求婚したのである。
リリアは断った。
「申し訳ございません。私は治療活動に専念したいのです」
殿下は落ち込んだ。
それでも、何度か求婚した。
リリアは何度も断った。
やがて、殿下は諦めた。
もっとも、リリアは殿下を嫌っているわけではなかった。
ただ、結婚するほど好きではなかったのだ。
殿下は、そのことをなかなか理解できなかったらしい。
「私は、王太子なのだぞ……」
と呟いていたという。
まあ、そうでしょうね。
しかし、リリアは聖女である。
王太子だからといって、結婚しなければならない理由はない。
私はその話を聞いて、少し笑った。
⸻
その後、私は王都の医療農園をさらに拡大した。
そして、新しい事業を始めた。
医療用キャベツの専門生産である。
従来は病院ごとに小さな畑を作っていたが、それでは効率が悪い。
そこで、王都の郊外に大規模な農園を建設した。
さらに、栽培した植物を根付きのまま輸送する専用の馬車を作った。
これによって、王国内の多くの病院で、安全に治癒魔法を使えるようになった。
もちろん、すべての問題が解決したわけではない。
治療に必要な生命力の量は、病気の種類によって違う。
大怪我の治療には大量の植物が必要だ。
また、病院の周囲に十分な植物を用意できなければ、周囲の人々が危険にさらされる可能性も残る。
そのため、治癒魔法の使用には厳しい規則が設けられた。
患者の周囲に必要な植物を配置すること。
治療中は、必要のない人間を近づけないこと。
緊急時に備えて、十分な予備を用意すること。
そして、治療が終わった後には、必ず使用した植物の数を記録すること。
こうした制度が整えられた。
聖女リリアは、たいそう喜んだ。
「これで、もっと多くの人を救えますね!」
「ええ」
私は頷いた。
「ただし、治療費はいただきますわよ」
リリアは少し困った顔をした。
「……やっぱり?」
「ええ」
私は笑った。
「キャベツは勝手には生えてきませんもの」
⸻
さて。
さらに十年が経った頃。
私は王国最大の医療農園を経営するようになっていた。
治癒魔法に必要な植物の供給は、今や巨大な産業になっている。
私の農園では、数百人の農民が働いている。
毎年、何百万株もの植物が生産されている。
王国の医療制度は、大きく変わった。
以前は、聖女一人の善意に頼っていた。
今では、多くの農民、運送業者、医師、研究者、魔術師たちが協力して、治療を支えている。
その仕組みを作ることができたのは、私にとって大きな誇りだった。
ただ、一つだけ困ったことがあった。
私は、今でも悪役令嬢と呼ばれている。
王都では、私の名前を知らない人間でも、「聖女にキャベツを投げつけた悪役令嬢」の話は知っている。
しかも、その話は年々大袈裟になっていった。
最初は、キャベツを投げたという話だった。
次には、王太子をキャベツで殴ったことになった。
さらに、聖女をキャベツの山に埋めたことになった。
最近では、私がキャベツの魔物を召喚して王宮を襲撃したことになっている。
ひどい話である。
私は一度、王都の劇場で上演された芝居を見た。
題名は『キャベツの悪女と聖女の奇跡』。
舞台の上では、黒いドレスを着た女優が巨大なキャベツを振り回し、王太子殿下を追いかけ回していた。
観客は大喜びだった。
私も笑った。
なかなか面白かった。
ただ、最後の場面だけは少し気に入らなかった。
芝居では、聖女リリアが自らの力で王女を救い、悪役令嬢を改心させることになっていた。
私が、改心。
一体、何から?
私は不思議に思った。
まあ、どうでもよいことだ。
芝居が終わった後、劇場の支配人が挨拶に来た。
「セレスティーヌ様! ご覧いただけて光栄です!」
「とても面白かったですわ」
支配人は喜んだ。
「ありがとうございます!」
私は少し考えた。
そして言った。
「ところで、あの巨大なキャベツですが」
「はい?」
「実物に比べて、少し小さすぎませんこと?」
支配人は目を丸くした。
私は続けた。
「王女殿下の治療には、二百四十七株も使ったのです。あの程度では、とても足りませんわ」
支配人はしばらく黙っていた。
やがて、目を輝かせた。
「なるほど! では、次回の公演ではもっと大きなキャベツを!」
「ええ」
私は頷いた。
「できれば、舞台いっぱいに」
支配人は大喜びで走っていった。
私は劇場を後にした。
⸻
翌年。
『キャベツの悪女と聖女の奇跡』は、大幅に改訂されて再上演された。
今度は、舞台いっぱいに巨大なキャベツが並んでいた。
悪役令嬢役の女優は、その上に立ち、王太子殿下を見下ろしながら高笑いする。
観客は大喜びだった。
そして、劇の最後。
悪役令嬢は、巨大なキャベツを聖女に投げつける。
聖女はそれを受け止める。
すると、キャベツが光り輝き、王女が蘇る。
なかなか見事な演出だった。
私は思わず拍手した。
隣に座っていたリリアが、くすくす笑っていた。
「セレスティーヌ様。私たち、ずいぶん変な人たちになっていますね」
「そうですわね」
「でも、面白いですね」
「ええ」
私は舞台を見た。
悪役令嬢が高笑いしている。
聖女が祈っている。
王太子殿下が、なぜかキャベツに埋まっている。
私は少し考えた。
「リリア様」
「はい?」
「来年は、もっと大きなキャベツにしましょうか」
リリアは吹き出した。
「もう!」
私たちは二人で笑った。
そして私は、ふと思った。
あの日、王女を救ったのは、聖女の奇跡だった。
だが、その奇跡を支えたのは、農民が育てたキャベツだった。
そのことを、少しでも多くの人が覚えていてくれればいい。
もっとも、舞台の上では、キャベツが王太子を殴っていた。
……まあ、それも悪くない。
おしまい




