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悪役令嬢は聖女様にキャベツを投げつける

掲載日:2026/10/18

「セレスティーヌ・フォン・アルバート! 貴様の悪行はすべて明らかになっている!」


王太子レオンハルト殿下は、卒業記念舞踏会の壇上で高らかに宣言なさった。


「聖女リリアの診療所に押しかけ、治療を妨害し、あまつさえ大量の野菜を送りつけたそうだな!」


私は深く礼をした。


「はい。事実でございます」


会場がどよめいた。


「認めるのだな!」


「ええ」


「さらに、リリアが救った孤児たちに対して、治療を受けるなら金を払えと脅したとも聞いている!」


「それも事実ですわ」


どよめきが大きくなった。


「そして昨日! ついにリリアの診療所を閉鎖させようとした!」


「はい」


「何という悪女だ!」


私は少し考えた。


確かに、並べてみると相当に悪い。


何しろ相手は聖女様である。


リリアは、王国で唯一の高位治癒魔法の使い手だった。


切り傷から難病まで、彼女が手をかざすだけで治ってしまう。


しかも治療費を取らない。


貧しい人々にとっては、まさに救世主である。


そんな聖女の診療所に乗り込んで治療を妨害し、野菜を押しつけ、金を要求する。


それはもう、悪役令嬢以外の何者でもないだろう。


「セレスティーヌ!」


殿下は私を指差した。


「貴様との婚約は破棄する! そして、聖女リリアこそ私の妃にふさわしい!」


隣に立つリリアが、小さく首を振った。


「殿下、私はそのようなことを望んでいるわけでは……」


「よいのだ、リリア! 私が必ず守ってやる!」


リリアは困った顔になった。


私はもっと困った顔になった。


この王太子、どうしてこう、人の話を聞かないのだろう。


⸻


事の発端は半年前だった。


私は王立学園の温室で、一本の薔薇が枯れているのを発見した。


別に珍しいことではない。


植物は枯れる。


ところが、その薔薇は少し妙だった。


葉は青々としていたのに、茎も根も、突然数十年の時間が経過したかのように乾ききっていた。


翌日、隣の薔薇も枯れた。


さらに翌週、別の花壇の草花がまとめて枯れた。


庭師は首を傾げていた。


「病気じゃありませんねえ」


「では何でしょう」


「さあ」


そのとき、温室の向こうから歓声が聞こえてきた。


聖女リリアが、怪我をした庭師の助手を治療していた。


脚を骨折したという少年が、元気に飛び跳ねている。


「ありがとうございます、聖女様!」


「いいえ。どうかお気をつけて」


実に美しい光景だった。


ただ、私は一つ気になった。


少年が治癒魔法を受けた瞬間、すぐ隣の薔薇が枯れたのである。


偶然だろうか。


私は庭師に尋ねた。


「リリア様は、よくここで治療を?」


「ええ。温室なら暖かいですからね」


「いつ頃から?」


「半年ほど前からです」


なるほど。


私は少し考えた。


そして、リリアにお願いした。


「聖女様。私の指の傷を治していただけませんか?」


私は裁縫の針で、指先を少し傷つけた。


リリアは快く引き受けてくれた。


彼女が手をかざす。


傷は消えた。


同時に、私のすぐ横に置いた鉢植えの花が、しおれた。


私はもう一度、指を傷つけた。


「もう一度お願いします」


リリアは驚いた。


「えっ?」


「お願いします」


二度目。


傷が消える。


別の鉢がしおれる。


三度目。


「セレスティーヌ様! もうやめましょう!」


リリアは泣きそうになっていた。


私は指先を見た。


血は止まっている。


なるほど。


大変なことが分かった。


⸻


治癒魔法は、傷を消しているわけではなかった。


治療に必要な生命力を、近くの別の生き物から奪っていたのである。


植物でもよい。


動物でもよい。


人間でもよい。


術者と患者を除き、最も近くにいる生物から順番に生命力を取り立てる。


ただ、それだけだった。


私は慌てて、過去半年間の診療記録を調べた。


リリアが王宮で治療を行った日。


庭園の植木が枯れている。


リリアが街の診療所で治療を行った日。


近所で飼われていた犬が急死している。


ある日は、診療所の隣家に住む老婆が、突然寝たきりになっていた。


証拠は十分ではなかった。


しかし、放置するにはあまりに危険だった。


私はすぐにリリアへ報告した。


彼女は青ざめた。


「そんな……」


「まだ仮説です。ですが、実験結果は一致しています」


「では、私は……」


「落ち着いてください。まず、治療を一時中止しましょう」


リリアは泣き出した。


「でも、治療を待っている人が大勢いるんです!」


「分かっています」


「私が治さなければ、死んでしまう人もいるんです!」


「それも分かっています」


「それなのに、やめろと言うのですか!」


私は黙った。


リリアの言い分にも、理があった。


目の前で死にかけている子供を、救えるのに救わない。


それは簡単に決断できることではない。


しかし、子供を一人救うために、隣の家の老人を殺してよいとも思えない。


困った。


私は考えた。


そして、一つの結論に達した。


「キャベツを用意しましょう」


「……はい?」


「大量に」


⸻


翌日、私は領地からキャベツを運ばせた。


百個。


いや、百株と言うべきだろう。


すべて根がついたまま、土を入れた木箱に植えてある。


まだ生きているキャベツである。


これを診療所に並べた。


そして、治療実験を行った。


患者は、腕を骨折した農夫だった。


リリアが治癒魔法を使う。


農夫の骨が元どおりになる。


その瞬間、近くのキャベツが次々にしおれた。


一株。


二株。


三株。


四株。


五株。


そこで止まった。


農夫は元気になった。


ほかの患者も、リリアも無事だった。


「……成功ですわ!」


私は思わず叫んだ。


リリアは口を開けていた。


「キャベツが……」


「五株で済みました!」


「キャベツが死んでしまいました!」


「ええ!」


「かわいそう!」


私は少し考えた。


「では、白菜にしましょうか」


「そういう問題ではありません!」


リリアは怒った。


もっともだった。


だが、私は譲らなかった。


「リリア様。あなたは先ほど、患者を救うためなら治療を続けたいとおっしゃいましたね」


「はい……」


「では、その代償がキャベツ五株なら、どうでしょう」


リリアは黙った。


私は続けた。


「もちろん、キャベツだって生きています。だから命を奪ってよいという話ではありません。でも、私たちは普段から野菜を食べていますでしょう?」


「……はい」


「それなら、治療のために栽培することも、一つの選択肢ではありませんか?」


リリアは長い間、しおれたキャベツを見つめていた。


そして、小さく頷いた。


「そうですね」


よかった。


私はその日、診療所にキャベツを百株寄付した。


ところが、翌日には全部なくなっていた。


患者が多すぎたのである。


⸻


それからが大変だった。


まず、キャベツは無料ではない。


栽培には土地が必要だ。


種も肥料も水もいる。


農民の労働も必要だ。


さらに、生きたまま診療所へ運ばなければならない。


切り取ってしまったキャベツでは、十分な生命力を供給できないのである。


私は診療所へ毎日百株を送ることにした。


すると、領地の農民から苦情が来た。


「お嬢様! これでは普通の野菜が作れません!」


その通りだった。


そこで私は、キャベツの購入価格を引き上げた。


すると、今度は領内の食用キャベツの価格まで上がってしまった。


困った。


私はリリアと相談した。


「治療費をいただきましょう」


リリアは猛反対した。


「それでは貧しい人たちが治療を受けられません!」


「では、富裕層からいただきましょう」


「お金持ちと貧しい人を区別するのですか?」


「ええ」


「私はすべての人を平等に救いたいのです!」


「でしたら、すべての人から平等にキャベツ五株をいただきます?」


リリアは黙った。


少し考えた。


「……それは、困ります」


私も困る。


結局、支払い能力に応じて治療費を徴収し、貧しい患者の費用は寄付金と領地の基金で負担することになった。


しかし、これが評判を悪くした。


聖女様の奇跡は無料だと聞いていたのに、突然金を取るようになったからだ。


しかも、キャベツを大量に消費する。


何のために使っているのかと問われても、治癒魔法の仕組みはまだ調査中で、十分な説明ができなかった。


やがて、妙な噂が広がった。


『アルバート公爵令嬢が、聖女様の奇跡を金儲けに利用している』


まったく。


私は一銭も儲けていない。


むしろ大赤字だった。


⸻


そして、王太子殿下が現れた。


「セレスティーヌ! 聖女の慈悲を商売にするとは何事だ!」


「殿下。治療には費用がかかります」


「奇跡に費用など必要ない!」


「必要です」


「聖女の力を疑うのか!」


「疑っておりません。仕組みを調べているのです」


「同じことだ!」


違う。


全然違う。


私は説明した。


実験記録を見せた。


枯れたキャベツも見せた。


しかし殿下は、まったく納得しなかった。


「キャベツが枯れたから何だというのだ!」


「だから、生命力が……」


「聖女の奇跡に、代償などあるはずがない!」


そこで私は、少し腹が立った。


「では、殿下ご自身が、治療を受ける患者の隣にお立ちになってください」


「何?」


「キャベツが不要だとおっしゃるのであれば、代わりに殿下がお立ちになればよろしいでしょう」


殿下は激怒した。


「貴様! 私を殺す気か!」


「……殿下」


私はため息をついた。


「今、何とおっしゃいました?」


殿下は黙った。


どうやら、自分でも何かおかしいことを言ったと気づいたらしい。


しかし、時すでに遅かった。


殿下は私を聖女への迫害者として告発した。


私は学園で悪役令嬢と呼ばれるようになった。


そして、卒業記念舞踏会での断罪に至ったのである。


⸻


「セレスティーヌ! 最後に言いたいことはないか!」


殿下は得意満面だった。


私は会場を見渡した。


貴族たちはこちらを見ている。


リリアは泣きそうな顔をしている。


私は深く息を吐いた。


「殿下。一つお願いがございます」


「何だ」


「リリア様の診療所に置いてあるキャベツを、今後もお使いいただけますか」


殿下は鼻で笑った。


「まだ言うか!」


「いえ、本当に重要なことなので」


「くだらん! そのようなもの、今すぐ撤去させる!」


まずい。


私はリリアを見た。


彼女も青ざめていた。


「殿下、それは……!」


リリアが叫びかけた、そのときだった。


がしゃん!


大広間の奥で、大きな音がした。


天井から吊るされていた巨大なシャンデリアが落ちたのである。


悲鳴が上がった。


人々が逃げ惑った。


そして、シャンデリアの下敷きになった一人の少女が発見された。


王女殿下だった。


まだ十歳になったばかりの、王太子の妹君である。


「エミリア!」


殿下が駆け寄った。


王女は血を流していた。


胸が大きくへこんでいる。


呼吸も弱い。


明らかに重傷だった。


「リリア!」


殿下が叫んだ。


「治してくれ!」


リリアは駆け寄った。


そして、手をかざしかけて止まった。


周囲には大勢の貴族がいる。


当然、キャベツなどない。


「殿下……」


彼女は震える声で言った。


「ここでは……」


「何をしている! 早く!」


「でも、ここで治療をすると……」


「妹が死んでしまう!」


殿下は泣きそうだった。


リリアも泣きそうだった。


私は、その光景を見ていた。


本当に、困った。


いま治療しなければ王女は死ぬ。


しかし、この状態で大規模な治癒魔法を使えば、周囲の人々から大量の生命力が奪われる。


王女のすぐ隣には殿下がいる。


その次にはリリアがいる。


もっとも、術者自身は対象から除外される。


だから、最初に生命力を奪われるのは、王太子殿下だろう。


「殿下!」


私は叫んだ。


「王女様から離れてください!」


殿下は私を睨んだ。


「貴様! この期に及んで!」


「早く!」


「私が妹を見捨てると思うか!」


私は歯を食いしばった。


仕方ない。


私は走った。


王女のもとへ。


そして、彼女と殿下の間に割り込んだ。


「セレスティーヌ!」


殿下が叫んだ。


「何をする!」


「リリア様!」


私は叫んだ。


「治療を!」


リリアは目を見開いた。


「でも、それではセレスティーヌ様が!」


「構いません!」


私は王女を抱きしめた。


「早く!」


リリアが魔法を発動した。


眩しい光が溢れた。


王女の傷が、みるみる塞がっていく。


その瞬間。


私は、自分の身体から何かが猛烈な勢いで失われていくのを感じた。


息が苦しい。


手足が冷たい。


髪が白くなっていく。


まずい。


想像以上だ。


王女の傷は深かった。


このままでは、私一人の生命力では足りない。


そのときだった。


「お嬢様!」


聞き慣れた声が響いた。


私は顔を上げた。


大広間の入口から、侍女のマリーが走ってきた。


彼女の後ろには、何人もの使用人がいた。


そして、その全員が。


キャベツを抱えていた。


「お持ちしました!」


私は思わず叫んだ。


「遅い!」


「申し訳ございません!」


マリーがキャベツを投げた。


一株。


二株。


三株。


私は必死にそれを受け取った。


そして、王女のすぐ隣へ放り込んだ。


キャベツがしおれる。


次のキャベツも。


その次も。


あっという間に、王女の周囲はしおれたキャベツの山になった。


「もっと!」


私は叫んだ。


「もっと持ってきて!」


大広間に、次々とキャベツが投げ込まれた。


舞踏会用の美しい絨毯が、泥と野菜で汚れていく。


貴族たちは呆然としていた。


王太子殿下も呆然としていた。


聖女リリアだけが、必死に治癒魔法を使い続けている。


そして。


最後のキャベツがしおれたとき。


王女エミリアが、ぱちりと目を開けた。


「……おにいさま?」


殿下が泣き崩れた。


「エミリア!」


王女はきょとんとしていた。


「どうしたの?」


私はその場に座り込んだ。


腕が震えていた。


髪の一部は白くなっていた。


だが、生きている。


どうやら、キャベツが間に合ったらしい。


マリーが駆け寄ってきた。


「お嬢様!」


「……何株使った?」


「二百四十七株です!」


私は目を閉じた。


「……高い治療になったわね」


マリーは泣きながら頷いた。


⸻


さて。


その後の王宮は、大変な騒ぎになった。


まず、王女の治療に使われたキャベツがすべて枯れたことで、私の仮説が公に認められた。


王立魔法研究所が追試を行い、治癒魔法が周囲の生命力を消費することを確認したのである。


この発見は王国中を震撼させた。


何しろ、これまで聖女の奇跡によって救われた人々の周囲では、知らないうちに別の生命が失われていた可能性があるのだ。


聖女リリアは、しばらく治療活動を休止した。


彼女は深く落ち込んでいた。


「私、人を救っているつもりで……」


私は彼女の隣に座った。


「救っていましたわ」


「でも……」


「ただ、代償を知らなかったのです」


「……はい」


「これからは、知っているのですから」


リリアは私を見た。


私は笑った。


「もっと上手に救いましょう」


彼女は泣いた。


今度は、治癒魔法を使わなかった。


よかった。


⸻


それから、王国では医療用の農作物を栽培する事業が始まった。


最初はキャベツだった。


しかし、キャベツは案外かさばる。


しかも、栽培にはそれなりに時間がかかる。


そこで、もっと効率よく生命力を供給できる植物を探す研究が始まった。


成長の速い草。


多年生の低木。


大型の樹木。


さまざまな植物が試験された。


結果として、最も重要なのは植物の大きさではなく、旺盛に成長しているかどうかだと分かった。


同じ重量なら、老木より若い植物の方が多くの生命力を供給できる。


そこで、大量の若い苗を生産する農園が作られた。


病院の周囲には、専用の温室が設けられた。


患者一人を治療するために、どれほどの植物が必要か。


治療費はどうするか。


貧しい人をどう救うか。


新しい問題はいくらでも出てきた。


だが、少なくとも、知らない誰かの生命力を奪ってしまう危険は減った。


聖女リリアは、再び治療を始めた。


今度は、必ず患者の周囲に大量の苗を用意してから。


そして、治療のたびに頭を下げるようになった。


患者だけでなく、苗を育てた農民たちにも。


⸻


ところで、王太子殿下との婚約は、結局破棄された。


殿下は何度も謝罪した。


「セレスティーヌ。私はそなたを誤解していた」


「そうですわね」


「そなたは、本当に素晴らしい女性だ」


「ありがとうございます」


「もし許してくれるなら、もう一度……」


「お断りいたします」


殿下はしょんぼりした。


少し可哀想だった。


だが、婚約を続ける気にはならなかった。


何しろ、私はこの先も研究を続けるつもりなのだ。


次に何か発見したとき、また説明するのが面倒である。


それに、もっと大きな問題があった。


王女の治療の際、私は大量の生命力を失った。


髪の一部は白くなったままだし、以前より疲れやすくなった。


そのため、王宮から多額の補償金が支払われることになった。


しかし、私はそれを受け取らなかった。


代わりに、王立病院の敷地内に研究用の温室を建ててもらった。


「本当に、それでよいのか?」


殿下は驚いていた。


「ええ」


「金貨千枚でも足りぬか?」


「温室の方がよろしいです」


「そなたは変わった女だな」


私は微笑んだ。


「よく言われます」


⸻


それから三年後。


私は、王立医療農園の責任者になっていた。


農園では、さまざまな植物を育てている。


その中でも、キャベツは特別な位置を占めていた。


何しろ、王女を救った植物である。


王宮では、キャベツがたいへん縁起のよい野菜とされるようになった。


王女エミリアなどは、キャベツが大好物になった。


毎日のように食べているらしい。


ある日、王女から手紙が届いた。


『セレスティーヌお姉様へ。今度、お茶会に来てください。キャベツのお菓子を用意します』


私は少し困った。


キャベツのお菓子。


一体どんなものだろう。


マリーに相談した。


「お嬢様、キャベツのケーキでしょうか」


「美味しいのかしら」


「さあ……」


私たちは顔を見合わせた。


まあ、王女のお誘いだ。


断るわけにはいかない。


⸻


その頃、王宮では新たな問題が発生していた。


王太子レオンハルト殿下が、リリアに求婚したのである。


リリアは断った。


「申し訳ございません。私は治療活動に専念したいのです」


殿下は落ち込んだ。


それでも、何度か求婚した。


リリアは何度も断った。


やがて、殿下は諦めた。


もっとも、リリアは殿下を嫌っているわけではなかった。


ただ、結婚するほど好きではなかったのだ。


殿下は、そのことをなかなか理解できなかったらしい。


「私は、王太子なのだぞ……」


と呟いていたという。


まあ、そうでしょうね。


しかし、リリアは聖女である。


王太子だからといって、結婚しなければならない理由はない。


私はその話を聞いて、少し笑った。


⸻


その後、私は王都の医療農園をさらに拡大した。


そして、新しい事業を始めた。


医療用キャベツの専門生産である。


従来は病院ごとに小さな畑を作っていたが、それでは効率が悪い。


そこで、王都の郊外に大規模な農園を建設した。


さらに、栽培した植物を根付きのまま輸送する専用の馬車を作った。


これによって、王国内の多くの病院で、安全に治癒魔法を使えるようになった。


もちろん、すべての問題が解決したわけではない。


治療に必要な生命力の量は、病気の種類によって違う。


大怪我の治療には大量の植物が必要だ。


また、病院の周囲に十分な植物を用意できなければ、周囲の人々が危険にさらされる可能性も残る。


そのため、治癒魔法の使用には厳しい規則が設けられた。


患者の周囲に必要な植物を配置すること。


治療中は、必要のない人間を近づけないこと。


緊急時に備えて、十分な予備を用意すること。


そして、治療が終わった後には、必ず使用した植物の数を記録すること。


こうした制度が整えられた。


聖女リリアは、たいそう喜んだ。


「これで、もっと多くの人を救えますね!」


「ええ」


私は頷いた。


「ただし、治療費はいただきますわよ」


リリアは少し困った顔をした。


「……やっぱり?」


「ええ」


私は笑った。


「キャベツは勝手には生えてきませんもの」


⸻


さて。


さらに十年が経った頃。


私は王国最大の医療農園を経営するようになっていた。


治癒魔法に必要な植物の供給は、今や巨大な産業になっている。


私の農園では、数百人の農民が働いている。


毎年、何百万株もの植物が生産されている。


王国の医療制度は、大きく変わった。


以前は、聖女一人の善意に頼っていた。


今では、多くの農民、運送業者、医師、研究者、魔術師たちが協力して、治療を支えている。


その仕組みを作ることができたのは、私にとって大きな誇りだった。


ただ、一つだけ困ったことがあった。


私は、今でも悪役令嬢と呼ばれている。


王都では、私の名前を知らない人間でも、「聖女にキャベツを投げつけた悪役令嬢」の話は知っている。


しかも、その話は年々大袈裟になっていった。


最初は、キャベツを投げたという話だった。


次には、王太子をキャベツで殴ったことになった。


さらに、聖女をキャベツの山に埋めたことになった。


最近では、私がキャベツの魔物を召喚して王宮を襲撃したことになっている。


ひどい話である。


私は一度、王都の劇場で上演された芝居を見た。


題名は『キャベツの悪女と聖女の奇跡』。


舞台の上では、黒いドレスを着た女優が巨大なキャベツを振り回し、王太子殿下を追いかけ回していた。


観客は大喜びだった。


私も笑った。


なかなか面白かった。


ただ、最後の場面だけは少し気に入らなかった。


芝居では、聖女リリアが自らの力で王女を救い、悪役令嬢を改心させることになっていた。


私が、改心。


一体、何から?


私は不思議に思った。


まあ、どうでもよいことだ。


芝居が終わった後、劇場の支配人が挨拶に来た。


「セレスティーヌ様! ご覧いただけて光栄です!」


「とても面白かったですわ」


支配人は喜んだ。


「ありがとうございます!」


私は少し考えた。


そして言った。


「ところで、あの巨大なキャベツですが」


「はい?」


「実物に比べて、少し小さすぎませんこと?」


支配人は目を丸くした。


私は続けた。


「王女殿下の治療には、二百四十七株も使ったのです。あの程度では、とても足りませんわ」


支配人はしばらく黙っていた。


やがて、目を輝かせた。


「なるほど! では、次回の公演ではもっと大きなキャベツを!」


「ええ」


私は頷いた。


「できれば、舞台いっぱいに」


支配人は大喜びで走っていった。


私は劇場を後にした。


⸻


翌年。


『キャベツの悪女と聖女の奇跡』は、大幅に改訂されて再上演された。


今度は、舞台いっぱいに巨大なキャベツが並んでいた。


悪役令嬢役の女優は、その上に立ち、王太子殿下を見下ろしながら高笑いする。


観客は大喜びだった。


そして、劇の最後。


悪役令嬢は、巨大なキャベツを聖女に投げつける。


聖女はそれを受け止める。


すると、キャベツが光り輝き、王女が蘇る。


なかなか見事な演出だった。


私は思わず拍手した。


隣に座っていたリリアが、くすくす笑っていた。


「セレスティーヌ様。私たち、ずいぶん変な人たちになっていますね」


「そうですわね」


「でも、面白いですね」


「ええ」


私は舞台を見た。


悪役令嬢が高笑いしている。


聖女が祈っている。


王太子殿下が、なぜかキャベツに埋まっている。


私は少し考えた。


「リリア様」


「はい?」


「来年は、もっと大きなキャベツにしましょうか」


リリアは吹き出した。


「もう!」


私たちは二人で笑った。


そして私は、ふと思った。


あの日、王女を救ったのは、聖女の奇跡だった。


だが、その奇跡を支えたのは、農民が育てたキャベツだった。


そのことを、少しでも多くの人が覚えていてくれればいい。


もっとも、舞台の上では、キャベツが王太子を殴っていた。


……まあ、それも悪くない。


おしまい

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