真実の愛とは何ぞや…いやほんと何なんです?
学内の大講堂に、職員と学生が集合する日と言うのは、イベントごとのある日である。
本日はお日柄もよく…絶好の研究成果報告会日和だった。
そんな中、場を弁えない愚か者とはいつの世も発生するもので。
今回タチが悪かったのは、ソレが国内でも最高の権力を持った人間の一人であったと言う事だろう。
傲岸不遜、傍若無人、等の言葉を体現したかのような、生きた教材…そう、皇子殿下である。
我が国の皇族の一人であり、御母堂の地位の高さから『今一番皇太子に近い男』と言われるラジルド皇子殿下は、今まさに研究成果報告が行われようとしている壇上で、リヒュティ男爵家の令嬢ミュリルの腰を抱き、押し当てられているふたつのメロンの感触に鼻の下を盛大に伸ばしながら宣言した。
「私は! 真実の愛を見つけた!」
なぜ今その宣言をしたのか。
困惑に包まれる大講堂。
しかし、ここは研究成果報告会の会場である。であれば、これは研究成果なのかも知れない。そう思った者達がいた。
自らの宣言の余韻にひたるラジルド殿下に、報告はこれで終わりのようだと判断した者達は、ここからは質疑応答の時間だと考え、行動を開始した。
講堂中央付近の座席で、手が挙がる。
『あ、質問ですね? 拡声魔器担当お願いします、ラジルドくん、質問に答える準備はできていますね?』
挙手した者を認識した事によって、突然の暴挙に混乱していた司会担当教師の意識が報告会仕様に切り替わった。
「何? 質問だと? 良いだろう、なれそめでも何でも答えてやるぞ!」
「やだあ、ラジーったらやめてよぉ~はずかしいじゃない~」
『はい、では質問者を選んでください』
バカップルと司会の温度差が酷いが、報告会の流れで質疑応答の時間が始まる。
いつの間にか、数人の人間が手を挙げており、そんなに私の話を聞きたいのかとご満悦顔になったラジルド殿下は、目についた一人を指定する。
指定されて、棒状の拡声魔器を握った男子学生が立ち上がった。その人物を見て、講堂内がざわめく。彼が、学内でも有名な学生会長であり、ラジルド殿下の婚約者の兄であるからだ。
婚約者の家は国内に四家しかない公爵家の一つ。兄は次期後継者であり、学内での地位はラジルド殿下に次ぐ高さである。学生会長と言う役職を考慮すれば、上回る可能性もある。(学生からの支持を含むならば遥かに上回るが)
『五学年A組のウィンステン・ランセーグです』
「なんだお前か」
ラジルド殿下が白けた顔になる。無作為に選んだつもりが、今あまり見たくないであろう顔が出て来たのだから、そうなる気持ちはわからないでもない。
しかしそんな事は関係なく質疑応答は進む。質問者が在籍と氏名を述べた後はお楽しみの質問時間だ。
『素人質問で恐縮なのですが、真実の愛とは何なのでしょう?』
「はっ、お前達のような冷血一家にはわからんかもな! 真実の愛とは私とミュリルのように愛し愛される関係の二人の間に存在する尊き愛の事だ」
『ふむ…では、その場合、真実とは何を差すのでしょうか?』
「…へ?」
ラジルド殿下が間の抜けた顔になる。まだ早い、おそらく本番はここからだ。
ちなみに、研究成果報告会は、学内の重要行事として映像と音声の記録が義務付けられている。三方向からの映像と、檀上と審問者の拡声器及び講堂内全体の音が記録され。記録石板は五十年間の保管が義務付けられている。そして、万人に公開されている。
『愛し愛される事と、真実なるモノのは両立はするでしょうが、必ずしもその二つが紐づくわけではないはずです
また、単に愛し愛されると言う場合でも、恋愛・親愛・友愛・敬愛等の愛の種類も様々ですが、いずれの愛でも真実の愛は成立するのでしょうか?』
「…ほ?」
『そもそも、真実と言うのは主観が入る物であり一方向からの視点になる場合が多く、見つけただけで精査のされていない真実は他者からみた事実に劣』
「う……うるさいうるさい! 最初の質問には答えた! お前にはもう答えん、次に行け!」
質問の補足なのかなんなのか、早口で説明していた内容を途中で遮られたウィンステン様は、何か言いたそうにしていたものの、係に拡声魔器を渡すよう促されて、そのまま大人しく座った。
ラジルド殿下は次の質問者を選ぶようだ。
そこで、私はようやく、隣で笑いを堪えきれずに小刻みに振動している友人、マルテルトを見た。
マルテルトは、ラジルド殿下の婚約者である、ランセーグ公爵家の一人娘である。兄と弟が一人ずつおり、弟が入学前であった事をラジルド殿下は感謝するべきだと思う。
「お兄様は仕込み?」
「やだわジルフェったら、仕込みなんかじゃないわよ」
「けど?」
「ふふ…この場でやらせたら、間違いなく質問するだろうな、とは思っていたわね」
うーん策士め。いやまあこんな所であんな事を言えば、皆質問したいだろうからね。
ウィンステン様が選ばれたのは偶然――あえて目につきやすい所に着席されていたのだとしても、確実ではない――だとしても、最初に質問をするために挙手をしたのが呼び水となって、質問が止まらない、挙手する人間は減るどころか増える始末。これが、他の場であれば遠慮するような人間でも、ここぞとばかりに挙手をしていたりなどする。
皆が積極性を見せるのには、明確な理由がある。
研究成果報告会の最中は、壇上の発表者とそれ以外が完全隔離されるため、即時報復の恐れがない事。
質疑応答における発言は、無関係な悪口雑言以外は不敬等に問われない事。
そして、所属と氏名を名乗りはするが、先に述べた通り、確実に記録が残る事。
発表者の身を守るために設定されているこれらのルールを頼みに、できるだけ多くの失言を記録に残したい者達が挙って参加しているのだ。
いやあ、大人気だね。今一番ホットな皇子を、そのまま炎上させて皇太子資格剥奪まで追い込みたいと言う気迫が見えるようだ。何せ、入学してからのやらかしが多すぎて、めちゃくちゃ嫌われているのだから。自業自得である。
司会含む教師達も、その事に気付いているが、見ぬふり……どころか、教師陣の動きを見るていると、追加で追い込む小細工をしていそうだ。わくわくしてきたぞ。
本来なら、研究成果報告会では一人当たりの持ち時間が決まっているのだが、それを無視して質疑応答を続けている。そもそも成果報告ではない? それは言わないお約束と言う事で。
その上、ちらほら挙手をしているラジルド殿下の取り巻きはほとんど選ばれないため、回答し辛い質問ばかり。
普段であれば、自分の言いたい事だけ言って逃げるラジルド殿下も、ここからは逃げられない。一言二言の応酬で無理矢理切り上げているが、小さな失言がしっかり記憶されていると思うとにっこりする。
『真実の愛だと確信するに至った経緯を簡潔に教えてください』
「おっ? なれそめを聞きたいんだな、よし、ではまずミュリルとの出会いから」
『いえ、そうではなく、いつどこでどのように真実だと確信したのかをお聞きしたい』
「………出会った瞬間だ! ビビっと来たのだ!」
『出会ってから今まで、それが真実の愛ではない可能性について検討等は?』
「はあ? 何でそんな事をせねばならんのだ! うるさい次!」
『真実の愛と言いますが、では真実ではない愛とは何なのでしょう?』
「それは、政略とかで勝手に決められた婚約者同士とかの間にある感情だ」
『政略であるなら、別に恋愛は義務ではありませんよね? 親愛すら抱けないのは努力が足りないのでは? 政略結婚に必要なのは愛ではないのをどうお考えで?』
「政略結婚なぞ、恋を知らぬ愚か者だからできるのだ! 付き合ってられん! 次!」
『あ、やった! ええと、お二人の将来の展望を教えていただきたく』
「おぉ、そういう質問を待っていたのだ、まず」
『それは成果報告に直接関係のない質問なので却下しますね』
おっと、ラジルド殿下の取り巻きの質問が来たと思ったら、司会による関係ない質問却下を喰らっている。
「まあ、今になってもアレに侍ってるような側近じゃあ、ああなるわよねえ」
「マルテルトが楽しそうで何よりだよ」
ここ暫く、ラジルド殿下との結婚を穏便に回避する方法に思い悩んでいる姿ばかりみていたので、楽しそうに笑うマルテルトを見られて私も嬉しい。
あと、普段はやりたい放題のラジルド殿下が、言葉だけとは言えろくな反撃もできない姿はなかなか見ていて気分が良い。
同じように思っている学生は多いのか、心なしか周囲の学生達にも笑顔が増えて来た気がする。
「もう少し見ていたい所だけど」
「うん、そろそろ終わりかな…まあ記録も十分とれただろうしね」
教師陣の動きを見ていると、準備が終わったのだろう。
お客様をお迎えする態勢が整ったようだ。
「ふざけるな! なぜこうも答え辛い質問ばかりするのだ!」
「ら…ラジー、おちついてぇ」
『研究成果報告の場ですから、どう研究したのかに言及されるのは当たり前ですよ、ラジルドくん』
いつものように実力行使にも出られずイラついているのだろう、顔を真っ赤にしてぷりぷり怒っているラジルド殿下に、ミュリル嬢が抱き着く力を強くする……と言うかメロンを強く押しつけている。
制服のボタンを開けているので、ラジルド殿下の目線にはたわわな胸の谷間がよく見える事だろう。
やわらかな感触と、視界に飛び込んで来た魅惑の谷に、ご機嫌は急転。赤い顔はそのままに、見る間にだらしのない笑顔に変わる様は、下手なだまし絵でも見ているかのような気持ち悪さがある。これ、映像記録に残ってるんだぜ?
「ふん、私が真実の愛を見つけた幸せのおこぼれを分けてやろうと思ったが、余計な事だったようだな!」
まあ、余計な事だったと言う一点においては、誰も反論しないと思う。
そこで、教師が一人、司会に近づいて耳打ちをする。いよいよ最後の仕上げのお時間らしい。
『えー、もう御一方、質問をされたいとの事なので、最後に回答をお願いします』
「うるさい! 私にはもう一つ発表せねばならん事があるのだ! 質問など…」
『これは、聞こえているのかな?』
と、そこでラジルド殿下が言葉を切って、息を呑んだ。
目の前に、よく見知った方が現れたからだ。上半身だけだけど。
去年の研究成果報告会で、一番盛り上がった『多方向からの映像を重ねて立体像を結ぶための技術構築』が、一年の時を経て試験機稼働にこぎつけられたようだ。
それを知っていても知らなくても、突然この国で最も貴き方の声が聞こえればざわつくのも致し方ないだろう。
ご本人の今の映像と、音声がこちらに届いているようだ。
『もう一つの発表とは何だ? ラジルド?』
「あ…の、ちち、うえ……」
『お前の研究成果なのだろう? 遠慮なく申せ』
座席側には執務机に座っているであろう上半身の後ろ姿しか見えないが、講堂内に響く声で、優しい笑みを浮かべているであろう事は想像に難くない。目の奥が笑ってない顔で。
「わ……わたし、は、マルテルトとの、婚約を」
『破棄か? それならもう済んでいる』
「はぇ…」
『先程のお前の質疑応答をこちらで見てな、偶々皇城に来ていたランセーグ公爵と合意の元、お前有責で破棄が決まった』
「はっ?! なぜ私が有責に…」
『先程から自分で言うておったではないか、婚約者のある身ながら、政略による婚約を愚弄し、婚約者を蔑ろにしていたと』
陛下のお言葉で、ようやく先程までの質疑で自分が何を口走ったかに気付いたのだろう。
ラジルド殿下が真っ青になった。
『いい加減、お前の愚かさにも辟易していてな、皇位継承権の剥奪の準備を整えていたのだが、手間を省いてくれて感謝するぞラジルド』
「そ…んな」
『お前の居室は、今日から北東の離宮だ、荷物は運ばせておくから安心しろ』
北東の離宮は、別名『時駆けの宮』と言う。皇城から一番遠い離宮で、一番奥まっているからどこに行くにも時間がかかる、それゆえに時を駆けているようだ、と笑われたのが元になっていると言う。要は隔離である。皇族としての公務等からは漏れなく除外され、離宮内で済ませられる仕事が細々と回ってくるらしい。
そこまで聞いて、ラジルド殿下は膝から崩れた。すごい音がしたが、それどころではなさそうだ。
ミュリルの腰からも手を離してしまうくらいなのだから、ショックの程は推して知るべしであろう。
マルテルトの震えが大変ひどくなっていて、ちょっとそちらを見られないけど、嬉しいのと可笑しいのとで震えているであろうから、見ないのが友人の優しさと言うものだろう。どんな顔になってるのか、怖くて見られないとも言う。
『ああそうだ、最後に一つだけ』
陛下の言葉に、一縷の望みを見出したのか、ラジルド殿下が少し生気を取り戻した顔をしている。そんなだから切り捨ての準備されてたんだよ…。
『肉の塊に溺れて見つけられるのは、真実の愛ではなく、爛れた欲求だけだ、せめて自覚しろ』
ラジルド殿下の脳までその言葉が届くより前に、陛下の映像は消えた。お忙しい方ですもんね。
その後、魂が抜けたようになったラジルド殿下は、強制的に撤去されたが、イベント予定時間の半分近くが消費されてしまった為、日を改めて開催しなおす事が決まった。
本日のイベントはここまで、少し早いが帰宅許可を出された学生達は、一部を除き足取りも軽く大講堂を後にする。
大講堂をほぼ最後に出た私とマルテルトは、いい天気の中ゆっくりと校舎に向かう。荷物を回収したら、どこかに寄って帰ろうかな…いい天気だし、ピクニックに行ってもいいかも知れない。
ふと、一つ気になってマルテルトに質問する。
「そういえば…アレは婚約破棄を収穫祭の大夜会でやらかそうとしてたって情報を入手してたんだけどさ?」
「あら、ジルフェも知ってたのね……そうよ」
「それを、礼服も着ない、かつ丁寧~に記録されるイベントでのやらかしに変更させたのは、マルテルトだよね?」
振り返った先のマルテルトは、とても美しい微笑みを浮かべていた。良くできました、と褒められてる気がする。子供扱いやめてください~。
「どんな甘言を弄したの?」
「心外だわ、そんな言い方をしたら、私がとんだ悪女のようではないの」
「心にもない事言ってないで、教えてよ」
うふふ、あはは、と見つめあったまま笑い合う私達。あっという間に立場を失ったアレから見たら、間違いなく悪女ではあるんだろうねえ。
「簡単な事よ、報告会の壇上であれば、誰の邪魔も入りませんよって教えてさしあげたの」
「それだけ?」
「それだけ」
好みそうな要素だけ抜き出して教えて上げれば『ぼくのかんがえたさいきょうのこんやくはき』を勝手に想像して、気持ちよくなってくれたのよ。
と笑うマルテルトは、とてもすっきりした顔をしている。青空の下で見るマルテルトの笑顔は…徐々に崩れて思い出し笑いの様相に変わっていった。
「ふ……ふふふ…あははは…!」
夜会みたいに煌びやかな格好はできないけど、壇上で自分達だけの世界を皆に見せられるって、喜んでた二人の顔を思い出してしまったらしい。
それはさぞ無邪気で見苦しい様子だったんでしょうとも。
苦笑しながら、でも、と思う。
「でも、研究成果報告会以外にも条件の合うイベントはあったよね? わざわざ報告会選んだのは…質問責めにしたかったから?」
壇上を飾り立てるようなイベントの方がノリノリになりそうだったけど、と言う私の疑問に、少し思案したマルテルトは、ぽつりと呟いた。
「私も知りたかったから、かも、知れないわね……真実の愛って、何なのか」
「……多分その場のノリと勢いだよ」
もしくは、見たいモノしか見えない人間の目を眩ませる幻かなんかじゃないかな。
何なんだろうね、ほんと。
いやほんと、真実の愛ってなんだろう、とか思った結果こうなりました。
『真実の愛を捧げる』とかの文脈ならまだわかるけど。
真実は主観が入るから、ヒトの数だけあるんだよ。みたいな気持ちもここに添えておきます。
追記(指摘ありがとうございます…誤字脱字報告も)
・ミュリルは壇上に放置されたのでそのまま帰りました。箸にも棒にもかからないので特におとがめもナシですが、多分最終的には家から除籍されて平民になるんじゃないですかね…メロンでのしあがる未来はあるかも知れない。
・マルテルト/マルエルトで名前が混在していたのをマルテルトに統一しました。




