過去からの依頼人(その3)
「お会いするのは、あの事件以来ですね」
安藤が小さく頷く。ミツオはマスターがもう一杯作ってくれたコーヒーを口にした。
「どうしました。私をお捜しのように見えますが、お困りごとですか」
「娘のことなのです……」
安藤夫妻には当時、小さな女の子が一人いたようにミツオは記憶していた。
「たしかお名前は佳央里ちゃん。いくつになりますか」
「20歳になります。あのことがあってから、人の中を嫌うようになりまして、現在はほとんど部屋から出てこないようになってしまいました」
「そうですか。それは心配ですね」
ミツオは安藤の次の言葉を沈黙で待った。安藤はコーヒーを口にした後、話を続ける。
「本人があの事件を忘れることが出来ないようなのです。あの子の才能というのでしょうか、デジタルには明るくて、ほら、電子機器の「タスカル」知ってますか」
ミツオはデジタル機器には疎いが、世の中の人々が、機器の垣根を跳び越えて使えるタスカルの利便性に飛びついて手に入れたがっているというニュースは知っている。
「タスカルを作ったのは佳央里なんです」
ミツオが椅子から転げ落ちそうになりながら、かろうじて机の端を手でつかむ。上半身が倒れ込まないように腕で支えた。
「あの子の生活には心配していないのですが、どうも父の事件を調べているようなのです」
ミツオは心臓がきりりと痛むように感じた。




