第9話 おもんナッツ
「本日の薬草です。ご査収ください」
もはや、あたしが錬金ギルドの扉を通ると、ざわつきが起き、「来たぞー!」「搬入路開けとけ!」など怒号が飛び交う有様だ。
「相変わらずとんでもない量だね。これを半日で取ってこれるなんて、いったいどうやってんの?」
「走って走って走りまくるって感じです」
「意外と肉体派なんだね・・・」
「体力には自信があります」
適当こいてる雰囲気はあるが、異世界来てから走っても疲れにくくなってるのは事実なのでウソは言ってない。ホントホント。
「それじゃこれが今日の割符。取りすぎると生えてこなくなっちゃうからとりあえず明日で終わりにするんだっけ?」
「はい、一応明日が最終日のつもりです」
「まあ、また新しい薬草が伸びてきたら稼ぎに来てね。事前連絡はあれば嬉しいかな。こっちも受け入れ体制とかあるからさ」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドに報酬を受け取りに行くと、ミーナさんが応対してくれた。
「ステラ室長に説教されたっす。あんまりアブさんを不安にさせるなって」
「あはは。でも、そのおかげでなんか色々教えてもらったし」
「聞いたっすよ。訓練用魔法人形の障壁を破ってダメージを与えたとか。結構すごいことっすよ」
「ピンと来ないんだけどどれぐらい凄いの?」
「う~ん・・・いい例えが思いつかないっす」
「枕営業の疑惑は払拭されるのかな?」
「それは大丈夫なんじゃないすかね」
「へ~、ステラさんのリップサービスってだけじゃなかったのね」
「あーしなんか褒められたことないっすよ」
「それはまあどんまい・・・」
それはなんか分かるわ、言動がリョーマに近いものを感じるし。
「でも、力を使いこなしているとは言い難いのよね。立ち回りも身のこなしも実践経験も圧倒的に足りてないわ。そもそも、動かない的に穴を空けたぐらいで喜んでちゃダメでしょ」
「向上心あるっすねえ」
「冒険者ってそういうもんじゃないの?」
「お、アホの仲間になりたいっすか?」
何か引っかかったのでニヤニヤするミーナさんの目をまじまじと見る。琥珀色の虹彩を縦長に象る瞳の中に、満天の星空を覗き込むように散りばめられた輝きを探す。
嬉しそう。とても人を馬鹿にしてるようなニュアンスはない。そこから感じるのは期待と羨望。
あたしは思わずニヤつき返した。
「な、なんすか!?室長のようにはいかないっすよ」
「随分とアホが好きなのね」
「・・・!」
「あたしも嫌いじゃないかも。ふふ」
既に背を向けていたあたしは振り向き様にそう言い残して冒険者ギルドを後にした。
宿に一旦戻って借金の返済分以外の報酬を分配したあたしはメンバーと再び街に繰り出している。今日はシンバルやらスナッピーやら金属製の弦やらを求めて鍛冶ギルドを訪問予定だ。
「そういやアブって自分の事『あたし』って言うし、ほぼ女性人格じゃね?中性的なとこに寄せなくていーのか?」
「藪から棒にラインを超えていくな・・・」
ダンディが呆れ顔だがまあ、気分が良いのでリョーマの質問に答えてやる。
「ちっちっち、浅い、実に浅いよ。そんな物差しであたしをカテゴライズしないでくれ給え」
「ほう?」
「ご存じの通り全人類が恋愛対象であるあたしは魅力的なキャラクターでいることを常に心がけているのだよ」
「言動がアイドルじみてるのはそういうことか」
「そう、アイドルは実に参考になるよね~」
「男性アイドルは参考にしなくていいのか?」
「考えてもみなさい。コホン、男〇器の付いた女性、女〇器の付いた男性。どちらがより魅力的に映るでしょうか。一般論でお答えください」
リョーマにも分かりやすいように直接的な表現を敢えて使ったが、イメージで言うと仁王立ちした豊満な女性のシルエットと内股気味の筋肉質な男性のシルエットを脳内で思い浮かべながら伝える。
「悪いけどどっちもパス・・・ぐえっ!」
「訊いておいてその態度は誠実とは言えないよ?さあ、選びなさい」
「その、前者でお願いします・・・」
「よろしい。女性より男性の方がより視覚的な観点で異性を見ます。では意中の女性を落とすにはどうすれば良いでしょうか?」
「そ、そんなん俺が知りたいわ!」
「答えは人それぞれ。観察眼を鍛えて精進なさい」
「んだよそれ!頼む、教えてくれよ・・・お願いだ」
「ふんっ・・・」
リョーマを鼻で笑って突き放す。答えるんじゃなかったか?と若干後悔する。
「その、無理をしているわけではないのか?」
ダンディが気を使って尋ねる。
「ま、別に演じてるわけじゃないからこれが自然体ってこと。どっちかというと理由の方が後付けね」
「後付けかよ!こちらは偉そうなご高説を賜ったのですが?」
リョーマがエアメガネをクイックイッしながら顔芸で抗議している。
「何よ、衝動を言語化したりして表現するのが人間ってもんでしょ。あたしらが音楽でやってんのがそれ」
「おお、なるほど!それはすっげー分かりやすい」
「分かればよし」
まあ、話してよかったかな。
鍛冶師ギルドに着いた。石造りの館内に鳴り響くハンマーの金属音は、陽炎のように立ち上る熱気に揺らぎ、その音像を曇らせるように彷徨っていた。働いているのは7割ぐらいがドワーフで人族が2割、残りの1割が火蜥蜴族や炎に耐性のありそうなゴーレム族などが散見された。
「俺は鍛冶ギルドルルイエ支部の主任技術者のヴァンダルだ。で、お前さん方が作りたいものってのは何なんだ。設計書の持ち込みと聞いたが」
あたしらの前にいるのは人族の鍛冶ギルド職員だ。バイザー付きのメットを被っており、太い眉に無精髭を生やして彫刻のような凹凸のはっきりした顔立ちだ。
「設計書っつーかただのポンチ絵だけど。作って欲しいのは吟遊詩人用の楽器の部品なんだよな。小さいけど精密な加工技術が求められるので鍛冶ギルドで作れるかも含めて相談しに来たんだ」
今回はリョーマが交渉を買って出た。「どうせ直すのは俺だしな」ってことらしい。予め用意して持っていた紙をヴァンダルに渡す。
「なるほど楽器の部品か。確かにこの図の造りなら金属の方が良いな。それで、お前たちの誰が吟遊詩人なんだ?オーダーであれば使い手の手に馴染むようにさらに品質を磨き上げねばならん。守秘義務があるから無論他言はしないが」
「全員だ」
「は?」
「4人全員が吟遊詩人だ」
「なんだと・・・いや、あり得るのか?」
ヴァンダルはしばらく思案した。
「すまない、吟遊詩人は孤高の存在。普通は群れることはないと聞いている」
「そうなのか?」
「ああ、なにも群れないのは吟遊詩人だけではないか。ジョブというものは相乗効果を期待された上でパーティで果たすべき役割がある。故に同じジョブ同士で組むメリットは薄く、ましてやそれが吟遊詩人4人というのは編成としてかなり奇を衒っているようにも見える」
「なんだ?それじゃ、あんたらは集まって演奏したり歌ったりしないのか?」
「そりゃするが、俺達のはただのお遊戯さ。吟遊詩人となると話が違う」
「ふ~ん、そんなもんかね」
「・・・おもんない」
「ん?」
「おもんないよ!それ!!!」
あたしは叫んだ。
「運命のセッション。奇跡のマリアージュ。魂のコラボレーション。そんな機会をみすみす逃してきたって言うの!?この世界の吟遊詩人どもは!あり得ないでしょ!」
「おい、気持ちは分かるが少しは落ち着け」
頭を抱えて嘆くあたしをダンディが嗜める。
「これが落ち着いてられるもんですか!」
なおもキレ散らかすあたしは口を開けたままポカンとしているヴァンダルに向かって指を突き出す。
「あなたも職人なら分かるはずよ。目の前に大したリスクもなく物をより良く作れる方法があるなら飛びつかない選択肢なんてあるわけ?」
「なっ!?」
いきなりの問いに戸惑ったヴァンダルだが、最後は真剣な眼差しで言い切った。
「ああ、無い」
「でしょ!」
あたしは気が晴れたとばかりに笑みを溢す。
「まともな人間がいてほっとしたわ」
「俺もあんたがそんなに熱いハートを秘めてるとは思ってなかった」
ガシっと空中で腕相撲をするように握手を交わす。
「出会ったばかりのあんたに話すのは気が引けるが、仕事のチップ代わりだと思って俺の昔話を聞いて行け。長くはしないつもりだ」
そう言ってヴァンダルは椅子に腰を落とした。
「俺は、鍛冶に関しては幼少から天才と言われながらドワーフに囲まれて育った。人族なのにだ。だが、俺は俺自身を認められずにいた。火入れはヴァジュの方がうまい。金槌はダンの方が叩ける。目利きはドクの方が正確だ」
間を空けるヴァンダルの様子を黙って見守る。
「そんなときふとある考えが頭をよぎったんだ。ドワーフたちは俺のことを『人族にしては』天才だ。『人族にしては』よくやってる。そう思ってるんじゃないかって。だから俺はどんなに頑張っても永遠に二番手三番手でしかないんだって。その時、俺は自分の運命も、仲間の視線も、何もかもが恐ろしくなって工房から逃げ出した」
天を仰ぎながら呟く。
「でも違ったんだ」
自嘲するような笑みを溢す。
「すぐに親方に取っ捕まってな。『早く仕事しろ』『お前がいないと全体の品質が下がる』とか言われたよ。俺は言った、そんなはずはない、俺より立派な職人が何人もいるはずだって。でも親方は『お前より視野の広い職人は他に知らん。岩の隙間を自然と埋める水のようだ』って言ってな。その言葉は俺にとって天啓だった。すぐに一番になろうとするのをやめたよ」
なるほど、自嘲するような笑みは過去の自身に対するものだったのか。
「それから仲間の技術をどう生かそうかを腐心するうちにここの工房を任されるようになったってわけさ。お前たちの背景に何があるかは知らんが、うちの職人と似たような眼をしている。ならばきっとそうなんだろうな」
そして立ち上がりこちらへ向き直った。
「これからは作りたいものがあれば遠慮なく言え。金と材料さえあればどんな要望にも全力で応えてやる」
その瞳はかつての少年の光を宿した一人の男の眼だった。




