第4話 鎌は農具です
「アブさん、お待たせしました」
「いえいえ、全然待ってませんよ」
「では行きましょうか」
「はい!」
冒険者ギルド自体は年中無休だが勤務形態は週休2日でシフト制らしい。夜勤は夜行性の種族の方が担当してるとか。ステラさんは日勤なので今日はあがりだ。ギルドの上級職員は採用試験を受けるのにも前提資格が必要な狭き門で、結構な高給取りと聞いた。あたしはこれからステラ邸に乗り込むことになっている。
「家に帰っても趣味の研究と本ばかり読んでて、暇を持て余していたんですよね。本を読むのが退屈というわけではないですけど、お茶にでも誘っていただけるなら気晴らしになりますし、喜んで参りますわ」
「あら、そうなんですね。それは巡り合わせが良かったといいますか、こちらとしても渡りに船というやつですね」
あたしは言葉遣いがまだ猫を被ってるけどステラさんはこれが素みたいだ。
「それで」
「はい?」
「どこまでなら話せるんですか?」
「えっと、その・・・」
これが素らしい。
「え~じゃあ、質問は受け付けます。答えが得られるかどうかは分かりませんが」
「では貴方の生い立ちから・・・」
「え~流石にそれは長くなるのでぇ・・・」
興味津々だが半分冗談といったところか。
「あたしはとても世間知らずで、遠くから来た箱入り娘のようなものだと思って下さい」
「お仲間の方々もですか?」
「はい」
「あのおじさまも?」
「はい・・・」
「ふふっ面白い冗談ですね」
ごめんダンディー。あんたも同じ箱に入れちゃったわ。
「じゃあ、例えばやんごとなき身分のお方とか?」
「あー、それはないです」
これはきっぱりと否定しておいた方が良いと思った。そう思われた方が面倒だ。
「それは残念ですね。尊い身分の方とお近づきになれるかもと思ったのですが」
「あまり残念そうには見えませんけど」
「あら、お分かりですか?」
それからも質問をのらりくらりとなるべく嘘にならないように冗談で返していたらステラ邸に到着した。陽は傾ぎ、あたりをオレンジに染める。
「これで終わりかな?」
「4人分ですので大した量じゃありませんでしたね」
翻訳の読み合わせも早々に終わり、ステラさんに気になっていたことを聞いておこうと思った。
「そういえば」
「はい」
「私たち身分を隠してて見るからに怪しいですけど、ギルドに報告する対象ではないんですか?」
「ん~、そうなんですが、緊急度F以下という扱いなので報告を遅らせることはギルド職員の裁量範囲なんですよね。お尋ね者がわざわざ登録しに来るケースも照会でバレるのでほとんどありませんし。報告する内容も、登録時に出自明かせずの一文を添えるだけです」
へえ、ちゃんとした制度なんだかザルなんだか。でもバックボーンにある思想は分かる。
「何かのきっかけで人生をやり直さなきゃいけなくなった時、受け皿になれるという社会的意義を優先しているっていうことですよね」
「そうなの!ひょっとして社会福祉論や人類文明論に明るい方だったりしますか?」
「いえ、知識として体系的に学んでいるわけでは。丁度そういう状況に立たされているものですから」
「ふふ、そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました。でも、アブさんからは確かな教養を感じますわ」
あたしは一応そこそこ偏差値の高い人文系の大卒ではあるので話にはついていけないことはない。そのあとはこの地域の歴史、政治、経済の話に発展して盛り上がった。あたしは基本的に聞き手に回っていたが。
「ステラさんのお名前」
「はい?」
「あたしの知る古い言葉で『星』を意味するようです」
「私の知る言語でもそうです。偶然でしょうか?」
「いえ、偶然ではなく『星』の導きかと」
静寂が、少しだけ長く辺りを支配した。微笑むステラさんの瞳を見つめ、言葉を待った。
「どうしてお一人で来られたんですか?」
言葉を選ぶ。
「お一人でお住いの姫君に大勢で押しかけてはご迷惑でしょう?それに・・・」
「それに・・・?」
「秘密は2人で共有するものです。貴女はあたしの体の秘密を既に知り得ている、そうですよね?」
「・・・はい、その通りです」
「検分なさって結構ですよ」
箍が外れた音が聞こえ、唇を塞がれた。唇で。
ステラさんの手はあたしの首と肩に回され、白い翼が2人を覆うように包んだ。
このあとはあたしの主に男の部分が大いに活躍したことは語るまでもない。
「ただいま~」
「お、朝帰りが帰ってきたぞ」
「おかえり~」
宿に到着した私は昨日ステラさんに色々教えてもらったことを掻い摘んで説明した。一応、帰って来なかったらそういうことだからって予め言っていた。
「教えてもらった結果、共通語については日本語の文字の置き換えで済みそう。漢字の置き換えが膨大になるので、しばらくは辞書必須。で、これが借りてきた本」
「地図に辞書に古代史、近代史、吟遊詩人ガイドブック、優しい魔法入門、魔物図鑑、植物図鑑か」
「で、そっちは頼んでたもの買ってきた?」
「おう、背負うタイプの大籠と草刈鎌と手袋4つ、それと草の茎を束ねるための紐」
「なんか1個大鎌なんだけど・・・」
「それはわたしがつかう」
「サキのか・・・」
「これが良いって聞かなくてよ」
「ディックドッグに大鎌で麦を収穫してる動画があってやってみたかった」
「まあその分働いてもらいましょ」
「アブは昨晩お楽しみだったからおあいこ」
「ぐっ、痛いところを突く」
「でさあ・・・ど、どんな感じだったんだ?」
「それ聞くの野暮じゃない?そんなんだから童貞なんだよ」
「うるせー!俺だって分かってっけど変えられねえんだよ!」
「やれやれだぜ」
「そういうダンディはどうなんだよ?」
「俺か?話せば長くなるが・・・」
「んじゃ辞書と図鑑もヨシ!張り切って薬草取りに行くわよ!」
「おい俺の話は」
「時間ないからまた今度ね!すぐ準備しなさい」
正直、ダンディの浮いた話も聞いてみたくはあるが、今は悠長にやってる暇はない。
準備を終えた我々は町の北門から出た先にある街道からやや逸れた所にある野草の群生地へと向かった。
群生地はいくつもあるが、近くて量が取れそうなところはこのあたりだということでステラさんがあたりを付けてくれている。
「この辺のはず」
「おっ。視界が相当開けてきた」
辺りは背の高い木が少なく、野草があたり一面に生い茂っていた。
「薬草と毒草で紛らわしいやつはリストにして渡してるんでそれ見て判断して。判別つかないやつは私が図鑑見て判別するから」
「へい」
「違いが分からない・・・」
さっきまで張り切ってたサキに元気がない。
「んじゃ、手あたり次第刈り取ってといて。私が後から判別して拾っていくわ」
「おうけい。それならできそう」
「ダンディとリョーマでペア組んどいて。ツーマンセルで行動しましょ」
ざくざくざくざく
サキがものすごい勢いで草を刈り取っていっている。半分以上は雑草なので拾う分は少ないが、作業開始して10分ぐらいでもう籠が一杯になってきた。
「もうちょいペース落としていいよ」
「む、せっかくリズムに乗ってきたのに」
「それ以上は籠に入らない気がするから隙間を詰めるのにちょっと時間ちょうだい」
「わかった」
サキは言語野はアレだがコツを掴むのが異常にうまい。プレイヤーとしての才能といった意味でもバンド内ではサキが一番だろう。あたしは勝手にそう思っている。
「さてリョーマとダンディのチームは、と」
こっちのチームの籠が一杯になったので向こうの籠を埋める作業に入ろうと思って様子を覗う。多分、こっちよりは進んでないだろう。
「ダンディそっち持って引っ張ってくれ!」
「分かった!うお、滑る」
スライムで綱引きしてた。
「あんたら遊んでんの?」
「遊んでるように見えるかよ!両手がふさがってるんだ!手伝ってくれ」
スライムは核がないと全体を動かせないので、切断していけば体積が減っていずれ核にも命中して倒せる。面的に打撃を行えば核にダメージが入りやすい。熱や冷気、電撃にも弱い。刺突は核に対する命中力という点でやや難がある。魔物図鑑で見たスライムへの対処はざっとこんな感じだ。
とりあえず持っていた手鎌で切断を試みる。
「ふっ!」
ザクッ
やや重い手ごたえだったが切断できた。リョーマが持ってる方に核があるらしく、まだ動いている。
「ゲッこっちが本体かよ」
「小さくなって弱ってるから。さらに細かく刻んじゃって」
「りょ、了解!うおおおお!」
リョーマは手鎌でスライムを滅多斬りにした。すぐにスライムは動かなくなった。
「核が損傷したのね」
「刃が内側向いてるから斬りにくいぜ。ちゃんとした武器も欲しいな」
「ゲームとか漫画でこれを武器にして使ってる奴の気が知れないよね」
「かっこいいとおもうけど」
「「「えっ」」」
「えっ」
スライムも食材や素材になるらしく、死骸を回収しておいた。薬草伐採は追加5分でサキが終わらせてしまった。どちらかというと分別と詰込みの方が時間がかかった。
「思ったより早く片付いたね。今すぐ帰れば余裕で昼食に間に合う時間よ」
「もう既に腹が減ってるぜ。この草食えんのかな?うわ、苦っ」
町に帰った我々は野草採取の依頼元である錬金術ギルドへ向かった。
「お、かなりの量があるね。ん~、橙輪草は根の方が効能あるから引き抜いてもらえたらよかったんだがな・・・」
受付のお兄さんは軽い感じのトカゲ人間だった。
「すみません。採取方法に少々問題がありまして、以後気を付けます」
「まあ、あればあったで査定額が上がるってだけだから。査定は分別してもらってるからすぐ出せるよ。報酬は冒険者ギルドで受け取ってな。どいつもこいつもダンジョンダンジョンで草取って来てくれる冒険者が少ないんだわ」
「分かりました。ありがとうございます」
査定書には受け取った素材の種類と数、値段が記載されていた。一応、数え間違えがないようこっちでも確認する。合計で銀貨21枚と銅貨86枚とあった。早速、冒険者ギルドで報酬を受け取って分配する。ステラさんはバックヤードで書類の整理でもしていたのか別の人が受付をしていた。
その後、昨日の料理屋で昼食を取る。看板には店名である『トラペジスト』と書かれていることが分かった。
「意外と儲かるんだな」
「実作業30分で1人5万円ってとこ?移動には時間がかかるけど相当割は良いね」
「籠のサイズにも限度があるしなマジックバッグとかあれば話は早いんだが」
「あー四次元ポケット的なあれね・・・高いんだろうな」
「煙草見に行こう。あと楽器も」
「あ、替えの服と下着買っていい?流石に風呂にも入りたいわ」
町には公衆浴場があるのは調査済みなのだ。あたしは体がこんななので人目に付く大衆浴場に入る気はさらさらないが。ちなみに昨日シャワーを浴びてる。
「うわっあんたお風呂入ってないの?近寄らないで」
会話を聞いていた昨日のウェイトレスが鼻を袖で押さえながらリョーマを睨んでる。
「うるせー!風呂はむしろ好きだけど事情があっては昨日は入れなかっただけだ」
「どうだか」
「お嬢さん。俺たちはまだそんなには臭っていないはずだ。勘弁してくれやしないか」
「ふ、ふん!懲りずに今日も来てくれた度胸は認めてあげるわ。食後のスイーツとコーヒーも頼みなさいよね!」
おお、これが天然のツンデレってやつか・・・。勉強になりますなあ。
聞き耳立ててる雰囲気あったし話しかけるきっかけを探してたのか?考えすぎか。
お詫びとお礼も兼ねてお近づきの印になんか用意してもいいかもな~。
色々プランを考えてたらその間にウェイトレスさんは踵を返して仕事に戻ってしまった。
「サウナとかねえかな・・・」
「俺もサ道には少しばかり心得がある」
「おお、さすが良い年したオッサン!」
「事実の指摘は時として男を下げるぞ」
そんな会話を横で聞きながらチーズタルトとコーヒーの酸味に舌鼓を打つのであった。




