第3話 吟遊詩人と生存戦略
「し、失礼ですが、どちらのご出身ですか?」
私たちは顔を見合わせた。
正直に答えると面倒になりそうだ。少なくとも今は面倒に面倒を重ねられるほど心の余裕はない。
この質問に対して予め用意しておいた回答は、ひとまず「お答えすることはできない」で通す、である。
だが、食い下がられる確率を下げるために、何故出身を知りたがっているかを聞いて相手のクールダウンを図ってみる。
「それをお答えする前に、どうしてそんなに慌てて戻ってきたかお聞かせ願えませんか?」
あたしは至極冷静を装って、相手も落ち着けるような声色で真摯にかつ優しく語りかけた。
「申し訳ありません。状況を説明するのも職員の務めですよね・・・コホン」
これで落ち着いて話ができそうだ。
「まず、登録の仕組みを説明させていただくと、登録者の『母語』で本文が生成される仕組みになっており、登録者様方の言語が未知の言語とされておりまして・・・」
あーそれや!日本語とか分からんよな~。にしても受付嬢さん、表情がイキイキしてて微笑ましいな。そっちが地か・・・。
「登録証としては本人が確認するだけなら問題なく使用可能なのですが、本部登録で例外が発生する可能性もあるので共通語に翻訳して本部登録する必要があるんですよね。なのでご出身からどうにか言語を割り出せないかと思ったのですが」
なるほどな~翻訳部分でデータが詰まってたのね。読み合わせれば翻訳ぐらいはすぐできそうだが、いいこと思いついたんでこっちもちょっとお願いしよっかな。
「状況は理解できました。登録情報の共通語への翻訳はお手伝いできると思いますが、残念ながら諸事情により出身情報についてお答えすることはできません」
受付嬢は一旦残念そうな顔をしたが、一息ついて元の表情に戻った。
「左様ですか。いえ、翻訳だけでも助かります」
「ただし条件が」
「いったいどのような・・・?」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「そちらのプライベートの時間に共通語の読み書きを教えてください。こちらも私どもの母国語をお教えますので」
「え?でも今話されているのは共通語ですよね?」
「都合のいいことに読み書きだけができないんですよ」
受付のお姉さんは少し考える姿勢を取ったが、こちらに向き直った。
「私で良ければお手伝いします。ステラと申します。翻訳についても宜しくお願いします」
「アブと申します。不束者ですが宜しくお願いします。」
よっしゃ取引成立ぅ。横からこいつナンパしようとしてないかってドン引きされてる表情を感じているが構うものか。
「では冒険者登録証の方をお渡しします。起動するとまずニックネームを登録していただくようになりますが、今回は口頭でもお伝えください。翻訳による本登録が終わるまでダンジョン等の外部施設は利用できませんが、私を通せばその他の仕事を斡旋できますよ。」
「アブ」
「リョーマ」
「サキ」
「ダンディ」
我々が宣言をすると、受付嬢は用紙にペンを走らせた。
「ニックネームはいつでも変更可能ですので、気軽にお声がけください」
受け取った冒険者証はどこからどう見ても銅でできたタグだ。ランクが上がると材質もいいものになっていくのかな?
まずはステータスを確認しよう。
濁川鐙 25歳
種族:人族
性別:両性
職業:吟遊詩人
STR 10
VIT 10
DEX 15
AGI 10
INT 25
MND 20
CHA 48
HP 100
MP 250
後衛寄りのステータスだと思うけど比較対象がないと何もわからないな。
「とりあえず職業は吟遊詩人とありました」
「俺も俺も!」
「吟遊詩人だ」
「ぎんゆうしじん」
「全員同じじゃん・・・」
ステラさんの方を見ると目を見開き口元を抑え、驚きの表情をしていた。
「4人全員が吟遊詩人だなんて・・・」
「この吟遊詩人という職業はどういった役割とスキルを持っているんですか?」
「え?あっはい、魔力を使った呪歌によるパーティ全体への強化と敵の弱体を主に担当する職業です。自身の戦闘能力は高くありませんが、支援能力は群を抜いている大人気ジョブですよ」
「つまり志す人が多くて特に珍しくもない職業ってことか」
「いえ、逆です」
「ん?」
「有用なうえにできる人が少なすぎてパーティ間で奪い合いになっているという意味です。なろうとしてなれるものでもないので、未経験でもトップギルドに抜擢されて活躍なさってる事例も少なくないですよ」
(そっちか~)
「勧誘が激しいので今のところあまり口外しない方がよろしいかと思われます。逆にそちらからはパーティを選び放題ですが」
「う~ん今のところこの4人以外と組むつもりはないからな~」
ただでさえ色々あったのに異文化トラブルの火種になるようなことは積極的にしようとは思わない。それは現時点では衣食住と並んで譲れない最低ラインだ。だが、足掛かりが欲しくはあるのは否めない。我々には圧倒的に情報が足りない。
「みなさん全員がなにかしらの楽器を嗜まれておいでなのですか?」
「故郷ではちょっとしたものだったんですよ、帰れなくなってしまいましたが」
「アブ、喋りすぎるなよ」
ダンディから注意が入ったが、これも織り込み済みだ。これまでのやり取りから推察するにステラさんは知識欲がめちゃくちゃ強いタイプだ。だから未知のものに目がないはず。情報を小出しにしておけば少なくとも興味を引けるはず。
「いずれ話せる日が来るとよいですね」
「ふふ、全くです」
他の話も進めていこう。
「このメンバーが現状で可能なお仕事があればさっそく取り掛かりたいのですが、いくつか見繕っていただけませんか?」
「薬や錬金術の材料になる野草採取などはいかがでしょうか。現在ポーションの材料になる薬草全般が高騰しており、大変実入りが良いですよ。スライムなどは出ますが、4人もいれば吟遊詩人のスキルを使用するまでもなく比較的安全に撃退できると思います。ルルイエ周辺の地図や野草図鑑、魔物図鑑等もギルド内で販売しておりますので必要であればお買い求めください」
これはいよいよ共通語のリーディング習得が急務だな。
財布も不安なのでお金のことも一応聞いておくか。
「我々はさしあたって本日は宿に泊まる予定なのですが、先立つものがあまりなくて。お金の借り入れ、借家などの情報がありましたら教えていただけると助かります。」
「実績のある吟遊詩人であれば融資先に困ることはないと思われますが、当ギルドから借り入れを行う場合、期日までに返せない場合は対価に一定期間吟遊詩人として他のパーティに入って働いてもらうことになります。借り入れの上限は金貨100枚で返済期限は3か月です」
「ありがとうございます。後ほどみんなと話し合って検討させていただきます」
「因みに、踏み倒そうと思っても無駄でございますからね。当ギルドは高ランクの引退者や人探しに特化した能力を持った人材も擁しておりますので」
「あはは・・・」
流石に踏み倒そうという気はない。
明日は薬草採取して、ギルドでお金を借りて、借家の内見に行ってって感じで一日が終わりそうかな。
これからの事は宿でみんなで話し合おう。
「それでは大変お世話になりました。ステラさんの勤務時間が終了する前ぐらいにまたお伺いしますね」
「いつでもいらしてください」
そういってあたしとステラさんは手を振って一時の別れを告げた。
これから宿に向かって腹ごしらえしながら今後についてみんなと話し合うつもりだ。
「アブってホント適応力高いよな~。俺なんてスライムにビビッてパニックになってるだけで全然だわ」
「リョーマは地獄耳で通行人の会話聴けるでしょ。ギルドでなんか聞けなかった?」
「『おい、あそこの見ない顔だが新人か?』『超絶美女2人にイケメンとイケオジ』『お前声かけてみろよ』『男がいなきゃ声かけてたぜ』『ハッ、違えねえ』とかそんなん聞こえてきたわ」
「お褒めに授かり光栄だけれどもまあ、ルッキズム的なゴシップは万国共通だよねえ」
「おっ、ここの店なんか良さそうじゃね?」
リョーマの指す方向を見やると大きな看板を下げた料理屋があった。店の外はテラス席が並んでおり談笑する家族連れやカップル、静かに茶を楽しむおひとり様などが見える。店内のカウンターを覗くと吊るした干し肉や瓶詰のハーブ、酒類が並び、まるでイタリアンレストランかのような小洒落た印象だ。
「高そうじゃない?我々は今んとこ明日をも知れない身だよ。節約しないと」
「仕事が決まったようなもんだしパーッと行っても良いと思うけどな~」
「俺もここでいいと思うぜ」
「わたしもここで」
「ん~みんながそう言うなら、でも高いの頼んじゃダメだからね!」
実はあたしもそんなに切り詰めることは無いと思っているけど、敢えて慎重に振舞っていた。
誰も警鐘を鳴らさないのでは普段から危機意識が芽生えないからだ。いざという時に困る。
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!マズくなくて助かったぜ!」
幸いどれも値段はお手頃で、出てきた料理はおいしかった。異世界ということもあって、流通している食料品は体が全く受け付けないぐらいマズいとか、異世界人には有害ということもありえたが完全に杞憂だったようだ。リョーマみたいに口に出して大声で言うことではないと思うが。
「うちの料理を褒めてくれるのは良いけど、随分と極端な心配をしてくれるのね?」
ほーら、店の人が気を悪くしちゃったみたいで絡んできたじゃん。ほんと周りのことが見えてないんだから。この店のウェイトレスと思しき女性は頭から角まで生やして相当お冠だ。いや、角はたぶん生まれつきだろうけど。それにしても爆乳・・・。エロ漫画でしかお目にかかれないサイズだ。
「げっ、すまん!正直死を覚悟してたとか思ってたりしてごめん!」
「は~?なんでそんな覚悟を決められなきゃならないのよ」
「ところでお姉さん胸大きくないですか?何歳?」
「質問を質問で返した・・・?そもそも胸のサイズと歳が今関係あるわけ???」
「と、とりあえず褒めて機嫌を取ろうと思って・・・」
「胸のサイズが大きいことを指摘されたら喜んでもらえると思ったの???」
「はい!俺も股間が大きいことを指摘されると悪い気はしません」
「リョーマ、謝るにしてももうちょっとうまくやりなよ・・・」
あたしはリョーマをジト目で睨んで突き放すように言った。こんな奴の仲間だと思われたくない、とまでは言わないが同じ意見をもっていないことをアピールするためだ。たとえ肚の内が何であろうとも礼節は守らねばならない。毎回フォローする身にもなって欲しいので、たまには怒られろ。
「すまないな、お嬢さん。俺たちはこの辺の出じゃない上に、この若いのはちょっとばかり世間知らずでな」
「世間知らずってレベルじゃないでしょ。よくもここまで失礼で生きてこられたわね」
「はは。おっしゃる通り、そいつは俺たちの悩みの種ってところだ」
あたしが助ける気がないので、ダンディが助け舟を出したが、表情や声のトーンから、怒っているというよりは呆れている印象だ。
「ま、悪気が無いのは分かったし、客とはいえあんまり騒がないでよね。つまみ出したくはないから」
「はい・・・」
余計なことを喋らない方が良いと判断したのかリョーマはそれから一時的にかなり大人しくなった。
「んで今後の方針なんだけど」
「おう」
「しばらく薬草やら素材の採集でその場をしのぎつつ、私は語学学習。覚えたらみんなにもシェアするからよろしくね」
「おぼえれる気がしない」
「時間かかっても良いから数字ぐらいは覚えとこ」
「がんばる」
実は数字だけはステラさんにさっき教えてもらったのだが、ちゃんと10進数で助かった。
「それと我々は演奏家、ミュージシャンってかバンドです。本業は疎かにできないのでいつか披露するチャンスが巡るまで個人練はちゃんとするし、できないならできる環境を整える。住む物件も借家でも一戸建てでもいいけど防音が完備したスタジオ付きシェアハウスが理想。そのためには多分それなりにお金がいる」
「当面はそれを目標にすることについては賛成だ」
「で、ちゃんと情報収集できるようになったら、ダンジョン攻略に手を出す」
「本気かよ・・・」
「あたし思うんだ」
「何をだ」
「こんなところに飛ばされた意味ってなんなんだろう?って」
「そいつは今考えたって答えはないんじゃないか」
「そうかもしれないね、でも、そんな冷めた気持じゃいられないの」
「ほう・・・?」
「立ち止まらず前を向いて歩けって、目の前にチャンスが転がってるなら掴めって」
「それは力ある者の考え方だ、大層な自信だが、そいつは過信になって身を滅ぼすかもしれないぜ?」
「それに俺達をここに呼び込んだ存在の掌の上で踊ることになるかもしれない」
「そうだとしても今はできるだけ後ろを向きたくないの」
「・・・」
自分で言っててびっくりするぐらい前を向く動機が後ろ向きだ。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだが。
「大丈夫、自分にもう少し余裕が持てるようになったら、必ず向き合うから。みんなも協力して」
「そうだな。俺達にはアブの交渉力が必要だ。協力できなければこの難局は乗り越えられそうにない」
「それに、みんなもそうだと思うけど、そもそも普通の生き方してないでしょ。これぐらいのアクシデント、突然大舞台に立たされたと思って演じきってみせなさい」
「やれやれ、リーダーのオーダーはいつもチャレンジングだ」
「一旦は分かった、だけどダンジョンに行くかどうかは直前まで考えさせてくれ」
「あら?怖気づくとかリョーマらしくないんじゃないの」
「うるせえよ、もしみんなが死んじまったらとか考えるとよ・・・」
「あーそんな風に考えてくれてたのね・・・嬉しいけど余計な心配よ」
「合点がいった」
「リョーマのアホ」
「シンプル悪口やめろ!」




