第25話 ギリ健
私は今、煙草をふかしながら飯を食っている。自宅以外ではほぼ無理だった娯楽がここだと割と大丈夫だ。
「ん~・・・」
しかし、腑に落ちないことがある。不本意だがおっさんに訊いてみることにする。
「おっさんたちってなんで強さにそんなこだわってんの」
「えらい唐突だが、ん~そうだな。改めて聞かれてみると当たり前過ぎて見失いがちではあるな」
「本能ってやつじゃないの?強いものに憧れたり、自分もこうなりたいとか思うことは生き物の自然な姿だもの」
エルネスタが割り込んでくる。今はおっさんと話してたのに。
「そうだな、根源的なところはやはりそこにあるんだろうな」
「生き物としての本能・・・」
私にはそれがない気がする。ペットのピーちゃんも、蜥蜴3号も召喚獣のイフリートも、グレタちゃんもみんな思っているんだろうか。
「パーティのみんなもそうなの?」
今度はエルネスタ含め、みんなに訊いてみる。
「俺も男だからね。強くはなりたいよ。それを本能と言われるとちょっと趣がないけどさ」
クロードはそう答えた。
「ピーちゃんやグー太郎、蜥蜴3号、他にも多くの魔獣をテイムしている私から言わせてもらうと、強い魔獣は魅力的だ。使役することも強さのうちではあるが、私自身は魔獣そのものに惹かれていると言えるだろう」
ライラはそう回答した。
「う~ん、私は召喚術を極めるってところが目標としてあるから。ひいてはそこが強さとつながってる気がするな。だけど、もし召喚師をやめれば強くなれるっていう選択肢があるなら、強さの方を選ばない気がする」
シルヴィアはそう返答した。
「私はヒーラーだから、強いパーティで活躍したいかなぁ。弱い人を助けるためにヒールするのが趣味の人も居るけどねえ?私はそんな聖人じゃないわ」
エルネスタはそう述べた。
「強いってことのどこが魅力的なん?実はさっぱり分からんのだが」
「マジかよ・・・」
「これだけの強さを持ちながら・・・」
「う~ん、強さの魅力って色々あると思うけど、その人が積み重ねてきた努力とかが凄い!みたいな感じなんじゃないかな」
「じゃあ、最初から強いと魅力的じゃないの?」
「いや、圧倒的な才能はより魅力的だろ。俺には出来ないことをやってくれるんじゃねえかっていう期待感がある!」
空気的に言っても良いのか迷うところだが正直に話す。
「ぶっちゃけ、強さに興味があんまりない。ハダカニンゲンとかおっさんとかすぐ誰が一番強いか決めようとするじゃん。一番になってどうするの?弱い人を全員殺すの?」
「サキは一番強いけど殺してないじゃない」
「それは二番の人が勝手に突っかかってきただけ・・・」
「うるせー、二番で悪かったな」
「ブラディオさんが一番だった時も別に威張り散らかしてたわけじゃないしね」
「あのなサキ、一番だからって犯罪を犯したり調子に乗りすぎると集団で仕返しされちまうもんなんだよ。いつか必ずな」
「全員返り討ちにするぐらい強かったらどうなる?」
「その時は、そいつが病気になったり年取って弱ったりする時を狙う」
「せこい」
「そうだ、一番より弱いやつはせこい手段でしか一番に勝てないんだ。だから一番の奴も寝首を掻かれないように一番として相応しい振る舞いをする必要があるのさ」
「ふ~ん?どうやって」
「自分より弱いやつを助けてやることさ」
う~ん。
「その弱いやつが悪いヤツだったら?」
「その悪いヤツが仲間になる」
「う~ん、微妙・・・」
「だからまあ助ける相手は選んだ方が良いな」
「バンドメンバーは別として、誰を助けていいのかまるで分らん・・・とりあえず」
私はみんなに向けて言った。
「私のわけのわからん質問にいろいろ答えてくれるお前らは良いやつだな」
腹ごしらえもしたので帰って一人でドラムを叩くことにした。
昨日届いていたのだが、ダンディのバイト先でトラブルが発生していて助けに行っていたり後始末などでドラムセットは設置できておらず、叩けていない。まずはセッティングからだ。バスドラの周りに椅子とスタンドを並べマウントできるように揃える。高さは後で叩きながら変えていく。その後、軽くチューニングしたスネアを載せる。
(スナッピーのスイッチを切り替えてっと)
シャン・・・
誰もいない部屋、微かに細やかな金属の振動が響く。消耗品なのであまり高い素材は使っていないはずだが、前世で使ってたTAMAのカーボンスチールで作った物と遜色ない出来栄えだ。
(違うのはシェル)
シェルとはスネアドラムの本体部分のことを指す。まず、その素材は異質を放っていた。ソナリウム材と言われる地中深くに根と幹を伸ばしていく埋没樹に分類されるそれは、地表部分に美しい大輪の花を咲かせることで有名らしい。これをスネアの素材にしたのはリョーマの判断だ。
(さて)
スティックは消耗品というところもあって特にこだわらずに作ってもらった。それを振り下ろす。
タンッ
鳥肌が立った。まるで最初から自分の体の一部であったかのような憧憬と、これから歩む栄光の先を現したような理想を、それらを併せ持った音の響きに感情が洪水のようにとめどなく押し寄せる。
タンッタタン ダァン!
今度は連続して強めに叩いてもみる。
望みを叶えてくれる。期待に応えてくれる。確かな手応えと共に、極上の音が練習部屋に響き渡る。
シャン シャン シャン シャン
たまらずハイハットでカウントを取り、セット全体で16ビートを叩きだす。BPMは100ぐらい。ゆっくり確かめるにはこれぐらいが良い。
ドンツクタンツドッドッドタン!
止まらない。しばらくこのまま叩き続ける。
(これやっば・・・)
1人で叩いていてこんなに楽しい時間は、初めてドラムに触れた時ぐらいだ。勉強について行けず家庭の事情もあって荒れていた私に中学の教師が勧めたのがちょうど空席だった吹奏楽部のドラムだった。その年は私の喫煙がバレてコンクールへの出場は流れてしまった。
(他の部員には思えば悪いことしたな)
バレないようにすればよかったのだが、私の頭が悪すぎた。しかし、煙草が私の精神を救ってくれたのも確かだ。
(やめられないもんはやめられない)
煙草と言えば、リョーマは煙草吸ってるせいで私のことを女として見ない。私もリョーマのことを男として見てないのでお互い様というか、そもそも私には性欲がない。さりとて嫌悪も頓着もないので、バンド内恋愛禁止とかの掟がなければリョーマには童貞を捨てて自信を付けさせるぐらいの礼はしてもいいかなと思っている。多分、リョーマは嫌がるだろうから無いが。まあ、そもそもこじれて音楽が続けられなくなるのが嫌なのでバンド内はやはり恋愛禁止で良い。
(アブはそういうの好きだよな。ちゃんとバンド外というルールは守ってるけど)
アブは異世界に来る直前に男と別れている。大泣きして大変だったけど、よくもまあ傷つきながら新しい恋を始められるよなとは思う。そういうのが詩歌の機微にも繋がっているので、やめろとも言わないし、むしろ好きにすればいいと思っているが。
(音楽が一番楽しいのに)
私にとってこれを超える娯楽はない。煙草との2択を迫られた場合、おそらく煙草を捨てるだろう。もっとも、その場合はいつでもドラムを叩ける環境を所望するが。
(アブは私のドラムすごい好きって言ってくれるんだよな)
ハイハットのオープンクローズとバスドラの組み合わせ方が好き。インテンポじゃない時の揺らぎが好き。無駄な力が倍音に変わっていくのが好き。拍を敢えて埋めない判断が好き。キメに使う全力のフラムが好き。シンバルの叩き方だけ繊細な所が好き。野性的なタム回しが好き。セットを捨ててパーカッションだけやってる時が好き。
(そんだけ好きならもう、告白じゃん・・・)
だから、なるべくアブの想いに応えるようにしている。勿論音楽での話だが。
結局、チューニングやらなんやらを挟みつつ5時間ぐらい叩き倒した。
「ただいま~」
「おかえり」
アブが帰ってきた。私はドラムを叩いていたせいで汗だくだ。戦闘では1ミリも汗かかないのに。
「あれ、サキ、叩いてた?」
「うん、早く上がれたから」
「そっか、30層抜けたんだ。そこからはごり押しできなくて大変だよ~。あたしもまだ36層だ」
「沼ってそんな大変なんだ」
「移動で足引っ張ってるのはあたしだし、先が思いやられるわ~」
31層からは浮遊魔法の類は禁止されているらしい。地道にぬかるみを歩くしかないのだとか。
「そういえば、なんか冒険者ギルドで話題になってたけど、昨日、変なレスラーと決闘になったんだって?勝ったの?」
「勝った」
「ええ~なんで教えてくれないの?」
「大した話題じゃないと思ってたんだけど。それに音合わせする時間減るじゃん」
「まあ、サキからすれば鬱陶しい虫を手で払ったようなもんなのかな」
「近いかも。興味が無さ過ぎる」
「倒された人かわいそ」
「あ、鎌にヒビ入れられたの思い出した。全然かわいそうじゃない」
「あの気合入れてデコってたやつ?」
「そう。腹が立ったので今度会ったら、打楽器になってもらう」
「えっ、それはもしかして皮を剥いでドラムのヘッドにするとかそういう話?」
「なにその悪魔的発想。怖っ」
「あはは、流石にやらないよね」
「頑丈だから、殴りながら呪歌を発動できるかどうかの実験に加わってもらう」
「打楽器にするってそういうこと?やっぱり悪魔的発想じゃん・・・」
「アブの案よりマシかも」
「ふふっ、それはそう」
「それに」
「それに?」
「強いやつは相応しい振る舞いをする必要があるっておっさんに教えてもらった。だから命までは取らない」
「ほえ~、サキが音楽以外のところで成長してる・・・」
「みんな強いものとか強くなることが好きみたい。私も好きなものを馬鹿にされると嫌な気持ちになる。だから強さを求める人を馬鹿にしたりしないことにする」
「まあ生き物としての本能ってやつ?あたしはそっちはさほど興味はないけどね。ただ・・・」
「ただ?」
「仲間を傷つけられたりしたらということを考えると、対抗策として戦力は持っておきたいなっていうのはある」
「アブの得意技は言霊か。私は言語障害があるから厳しいな」
「言霊はできればステージ演出の方面を伸ばしていきたいけどね」
料理屋・トラペジストでやった時のアブの演出はホログラムみたいですごかった。ようつべに上げれば1億再生は堅い。
「それこそ『みんな違ってみんな良い』じゃない?」
「うん、金子みすゞは神。みんなのことも許せるし、あたしもここに居ていいって思えるもん」
「私も好き」
「そういえばちゃんと聞いたことなかったかもだけど、サキの好きなドラマーってどんなの?」
「いっぱいいるけど?」
「じゃあ10人」
私は指を折りながら数えた。
「これとあれとそれとどれとあっちとこっちとそっちも・・・」
「あの人が入ってるのサキらしい」
「でしょ」
「音源もスマホの電池復活できればダウンロードしてあるやつは聴けるんだけどなぁ。魔法でできないかな。定格電圧が分かれば調節して行けそうなんだけどリョーマに訊いてみるか」
「私たち以外にバンドって居ないからそれも張り合いがない」
「そう、それはあたしも思ってて、だから音楽を習ってくれる生徒を募集しようと思って。住み込みでクランハウスの家事とかしてくれれば給金の他に楽器教えるよ!吟遊詩人への近道かもよ!みたいな誘い文句で、冒険者ギルドに求人出したんだよね」
「来てくれるといいね」
「明日は丁度トラペジストでライブの日だし宣伝になるかもね」
そのあと、リョーマとダンディも帰ってきて、夕食のあとリハの流れになった。ダンディと私の音が大幅補強されたのでみんなテンション上がりまくってた。楽しかった。




