第21話 弱男ディズム
「くっ、かくなる上は・・・」
エイラが持っていた刃物で自身の首の動脈を切断すると、夥しい量の血しぶきが舞い上がる。
「させません。『治癒の祈り』」
ミリアが治癒の祈祷術を発動させると。エイラの自傷が完全に塞がった。
「トリプルスペル『チェインジェイル』『クリスタルケージ』『フェイドサイン』」
「がはっ!」
リリカが詠唱を完了させると。エイラは完全に無力化され、周囲の景色と同化する岩の背景と化した。
「この術はモンスターとの戦闘に使えないの?」
アブが疑問を呈した。
「こちらの攻撃も通らなくなるぞ。それに足止めにはもっと燃費の良い魔法がある。これはそもそも人間専用だ」
「流石に万能じゃないのね」
「魔法を何だと思っておるのだ・・・」
「えっと、理想を実現するための手段、かな?」
「ざっくりとした理解だが、間違っておらんから困る」
所持品には左足の瓶詰があった。辺りはもうすっかり夜だ。
「残るは首謀者のサラだけです」
「時間を食ってしまったな。最後はヴァルファゴとの国境付近だ」
「国境を越えられるとまずいです。急ぎましょう」
「ダブルスペル『エアリーウイング』『スピードブースト』」
「あーるおーすぃーけい」
「うおおおおお!『空中楽隊超特急最終夢幻万華鏡』」
「騒々しいのう」
「楽器が揃ってテンション上がってるから許したげて」
「ふん、むしろ心地よいぐらいだ」
「反応はあの関所だ」
「よし、着陸お願い!」
「『ショック・アブゾーブ』」
街道の脇にクレーターを作って我々は不時着した。髭を蓄えた役人が関所の詰所から出てくる。
「地面にこんな穴を作られるとは、一体どんな勢いで来られたのやら」
「すまんが問答している時間が惜しい。我はドラテナのリリカ・エラディンだ。サラという名のスラン教国民を探している。特徴は肩のあたりまで伸ばしたストレートの黒髪と痩身で小柄な体型だ。ジョブは・・・」
「インクイジター、でございましょうか」
「どうしてそれを!?」
ミリアが驚きの声を上げる。
「私どももヴァルファゴのボロゾ様より内密にご進言があったのです。その人物が現れた場合、決して悟られぬように積み荷を確認して確保するようにと。また、そのための人材も用意すると」
「ボロゾが人族至上主義者側の動きを先に察していただと・・・?」
「知らせがあったのは今日の昼頃でした。積み荷の中身は皆様にお渡しするよう託っております」
「確認させてもらいます」
「悪いけど男性陣はよそ向いててね」
アブが念を押す。バラバラ殺人未遂の現物と考えると流石に立つ物も立たないだろうが。
「なんだよ。頑張って協力してんだからちょっとぐらい見せても・・・ぐへぇ!」
「時と場所と状況を考えろ!このアホは」
「痛えな!おめえも一応付いてるだろうがよー!オネニーサマ!」
「誰がらんま2/2だ!リョーマが見ちゃダメな理由ははデリカシーが無いからだよ!」
リョーマは相変わらず2択で不正解を選択する。
「確かに魔力反応はモラのものだ。隠蔽の形跡もない」
「それで生きてるってんだから驚きだよな。ミート君かっての」
「では回収っと」
アブはリョーマのボケに反応せず、胴体部分をささっとマジックバッグに収納した。
「で、サラは今どちらへ?」
「それが、誠に申し上げにくいのですが、半刻ほど前に一旦確保には成功したものの脱走してしまいまして、現在捜索中です」
「まあ、関所の施設ぐらいでは手練れのインクイジターを長時間拘束できるわけもなかろう。追い詰めれば一人ずつ消されるのがオチだ。捜索は中止してよいぞ」
「しかしそれでは・・・」
「表向きは『手を尽くした』ことにしておけ。親切心からの忠告だ」
「慎重に検討させていただきます」
この場は一旦それで収まった。
「で、我々はどうするべき?」
「一旦帰ってモラの復活を行うべきか、追撃戦を行って後顧の憂いを断つか」
アブの疑問に俺はそう答えた。
「このままサラを野放しには出来ません。ですが、夜間の捜索はリリカ様に頼る他ないのも事実です」
「正味、乗り気はせんな・・・腹も減ったしもう眠いわ」
「まだ子供だもんね」
「今日はこのまま関所近くの旅の宿に泊まるとするか」
「その必要はないよ」
声のする方を振り向くと、見覚えのあるどこにでもいそうな男、ボロゾ・カーンが立っていた。
「あれ?ボロゾじゃん。こんな遠くまでよく来れたね」
「それはお互い様さ。音を立てながら隕石みたいに飛んでクレーターまで作ったのを見て笑いが止まらなかったよ」
「テメェ、必死な人間を笑いやがったな!」
「ごめんごめん。だってあんなの人間業じゃないよ、天災じゃん」
「お、俺の才能が分かるのか?意外と見どころがあるな。君、レッド・ツェッペリンとか好き?クイーンは?」
「掌返し早いな」
「まあまあ、場所を変えようよ」
我々は関所の近くにある宿屋兼酒場へと移動した。
テーブルに着くなり仏頂面のリリカがボロゾを睨む。
「我はもう眠いのだ。用件は手短に頼む」
「君たちが探してた『ダスク・エヴァンジェル』の副官サラ・モルスレッドを始末したよ」
「そうか。死体は『ダスク・エヴァンジェル』宛に着払いで頼む」
「本当はリリカさんに恩を売りたいんだけどなぁ」
「品揃えが良ければ幾らでも買ってやるわい。辛気臭い死体しか用意できないなら出直して来い」
「じゃあさ、うちの吟遊詩人とアブちゃんをトレードしようよ」
「喧嘩を売っているのか?それとも怒りを買いたいのか?」
「どちらも高くつきそうだねえ」
「では文無しはそこの儲かってそうな坊主と交渉せよ。我はもう目を閉じる」
リリカはミリアを指差し、椅子に座ったまま眠り始めた。
「わ、私ですか?交渉事は苦手なのですが」
「ん~・・・」
ボロゾがミリアを足から頭のてっぺんまで眺め回す。
「まずさ、サラは国境を越えてヴァルファゴに入っちゃったんだよね。不法入国。スランとヴァルファゴはちゃんと通商条約を結んでいるけど、犯罪者の身柄を引き渡すのにいくらかかるか分かる?」
「そ、それは私の一存では・・・持ち帰り検討させて頂きたいのですが」
「駄目」
アブがかぶりを振る。
「ここで決めないとサラの身柄は確保できない」
「ふ~ん、なかなかいい読みだね・・・」
ボロゾがにやりと嗤う。
「何なら君が肩代わりするかい?アブちゃん。本当は君とまた商談がしたいなぁ」
「でも生憎とあたしはあなたが苦手。なので~」
アブはくるりとこちらを向き・・・。
「この事態の功労者であるダンディに任せる。言い出しっぺだし、スラン担当だし」
「俺か?」
「ダンディ様。今までのご無礼、深くお詫びいたします。この身は如何様にしても構いません。何卒お力をお貸しください」
「この素敵なナイスミドル、なかなか隅に置けないじゃない。美女にそこまで言わせちゃうなんてさ」
「ならば堂々と舞台に上がらせてもらうとしよう」
そこまで言われて引き下がるようでは男が廃る。
「さて、まずはいくら出す?」
ボロゾは値踏みするように、しかし笑みは崩さず、こちらを睨みつける。
「その前に確認だ。サラの死体は今どこにある」
「我々が確保している。嘘を言うとでも」
「それは嘘ではないだろう。現物を確認したいと言っている。今こちらに用意できるか?」
「そこまで信用がないの?一応ヴァルファゴでは名の知れた商家の生まれなんだけど」
「少なくとも俺は知らん」
「参ったねこりゃ。駆け出しのころを思い出すよ。だけどこれも学びだ」
ボロゾは肩をすくめた。
「それではこちらへ運ぶとしよう」
「国境を超えることになるのでは?」
「そうならないと確信している顔じゃないか。だから僕が折れたんだよ」
ボロゾのパーティメンバーらしき人物の手によって、程なく死体がこちらに運ばれる。
ミリアが身柄を確認する。
「確かに死体はサラ・モルスレッドのものです。毒にやられた痕跡はありますが、損傷も殆どなく蘇生も問題なく行えそうです」
「そうか、ようやく交渉のテーブルに着けたな」
「既に国内に死体がある事について言及しなくていいのかい?」
「持ってこれないなら国外にあると言うだろう。細かい腹芸など知らん」
「なるほどね。国境付近で戦闘になって一度は国境を越えたところまでは事実。討伐した時にはアステール王国側に居てそれからは国境を跨いでない。嘘は言っていないよ」
よくもまあそんなペテンが通るとは思うが、知ったことではない。
「さて、値段のことだが、相場が分からない。このぐらい強い冒険者崩れのお尋ね者を討伐するのに冒険者ギルドならいくら出すと思う?」
「それを僕に訊く?ぼったくるとは思わないの?」
「しないさ。今後とも取引をしたいと思う相手ならな」
ボロゾは考えるような仕草をした後呟いた。
「・・・金貨100枚だ。もし僕が同等の賞金首の討伐を依頼するならこの強さに金貨100枚出す」
「ではその10倍出そう。金貨1000枚だ」
「なっ・・・」
ミリアの顔が恐怖で固まっている。
ボロゾは両肘をついて手で口元を隠したまま、表情を崩さない。
「貰い過ぎだと思うけど?」
「なんとも殊勝なことだ。情報を収集し、関所に連絡し、絶好のタイミングで我々に助け船を出した。恩を売るには最も価値の高い潮時ではないのか。相場の10倍。それが正当な報酬だ」
「ふふ、ふははっはっはっは!」
ボロゾは急に笑い出した。
「商談成立だ。君、いいね。アブちゃんとは違った趣を感じるよ」
「そうか、ならば覚えておけ。これが弱☆男ディズムというやつだ」
「弱・・・何だって?」
「俺のような洗練された弱い男にしか出せない魅力さ」
ミリアが青い顔をしてブツブツ呟いているのが印象的だった。
「みんなのへそくり・・・で足りるかな?」
俺は悪夢にうなされていた。人並みの青春、かつての自分。
「そうか、バンド、辞めるのか。お前とだったらどこまでも行けそうな気がしたのにな」
そう言った大学のバンド仲間はやがてプロになり夢を掴んだ。俺は就職氷河期真っ只中を彷徨う羽目になる。
「大学3年生?今から就活じゃ遅いんじゃない?」
「新卒?今年は採用してないよ」
「君みたいな人材は正直どこにでもいるんだよね」
「うちではスーパーマンしか採用しないよ」
「特技はベースとありますが、当社にどのようなメリットがあると考えますか」
「正規雇用じゃなければ採用するけどどうする?」
「第二新卒はもう即戦力しか採らないよ」
「もう少し若かったらな」
「君みたいな職歴なしの人より新卒を採用するよね」
俺は?俺が新卒だった時はどこも採用してくれなかったのに。
「泰造。愛している」
「まだ、決まらないの?就職先さえ決まれば結婚に踏み出せるのに」
「もう何年も待てないわ。さようなら」
愛しい女。残酷な女。いや、彼女は優しかった。俺が弱かっただけだ。
「泰造。ご飯置いとくね」
「育て方、間違えたかしら」
「今日は施設の方に来てもらったの」
「ちょっと何するの!泰造!」
やめてくれ。それは、効く。
そうだこんな時、俺の理想の男は、なんて言うかな。常にニヒルで、クールな洗練された本物の男。例えば・・・。
「泰造。男は弱くたってカッコ良くなれる。格好を付けろ」
「辛くても我慢しろ。そういう時は、同じように我慢している奴を助ければどうでもよくなる上に格好がつく。一石二鳥だ」
「馬鹿なフリをするな。賢いフリもするな。自分が思う格好いい自分のフリを考え続けろ。それがいつか芯になる」
憧れていた。いつかこんな男に成れるなんて思っていたけど、成れなかった。いつの間にか憧れていた男の年齢を超えてしまってたんだな。
弱い。なんて弱いんだ。そうだ、かつての青春。あの頃は輝いていたな。今の時代、音源なんて無限に漁れる。気晴らしにもう一度やってみるか。
「泰造さんすげーっす!今日はスポットですけど是非またやらせて下さい」
「含蓄ある音だねえ。君みたいな若い子が珍しい。ワシはもう還暦だよ!」
「あの〇〇〇〇っていうバンド、泰造さんの大学の時の同期なんだって?すごーい」
そういえば何年も連絡を取っていなかったな。
「泰造か。丁度積もり積もった話がある。あのバーで話そう」
「そうか就職難で苦しかったんだな。アイツとも別れてたのか」
「俺、今のバンド辞めることにするよ。自分のやりたいことが何もできない」
「そうだ。俺と一緒にまたバンドをやろう。ソロ名義だがサポートを頼みたい。腕は落ちていなかったようだからな」
「これか?打つと気分が上がるんだ。最悪な気分なんか吹き飛ばせるぞ」
「おい、泰造どこへ行くんだ。俺と一緒にまた始めるんじゃなかったのか」
俺は友人を通報した。正しかったのか。いや、格好を付けたかったのか?
もう何も分からない。俺は弱い。この先もずっと弱いまま。
「弱者男性ベーシスト募集」
光が差した。アブ、リョーマ、サキ。俺は・・・。




