第20話 黄昏の福音
俺たちは『ダスク・エヴァンジェル』のクランハウスへ向かった。アブとリリカは念のためクランハウスの外で待機してもらっている。中に入ると広間にセリアとルシエラとミリアが居た。
「セリア。モラ様はどこだ?」
「なんだマリアンヌとセラフィーネか、モラ様なら先ほど1軍のみなと一緒に礼拝を済ませた後、執務室に入られたぞ」
「わかった」
「・・・待て。少し様子が変だ。何があった?」
こんな時は察しが良いんだな。
「お前が関わるとややこしくなりそうだが、率直に言うとモラ様に危険が迫っている可能性がある。手を貸せるなら着いてきて欲しい。時間が惜しいので即決しないなら置いていく」
「・・・無論だ」
「その男が一緒というのはやや不満だが、同行しよう」
「私も行きます」
セリアとルシエラとミリアが加わった。
「モラ様。報告があります」
マリアンヌはドアをノックして返事を待った。
「今は誰とも会いたくありません」
「失礼します」
ダァン!
マリアンヌは豪快に扉を蹴破って入室した。
「何事です?誰とも会いたくないと言っているではないですか」
モラは部屋の執務机に向かって座り、書類に目をやっているため、その表情を読み取ることはできない。
「モラ様では・・・ない?」
「ルシエラ!どういうことだ?」
「魔力の流れが違う。これは・・・変わり身?」
「お前は何者だ!」
「まずは捕らえるぞ」
「チッ!」
モラに変身した何者かは窓からの逃亡を図った。
「させん!風の精霊よ!」
窓を割りながら逃亡を図った不審者は外からの逆風を受けて、再び中に転がり込んだ。
「クッ・・・!」
不審者は奥歯に仕込んだ毒を強く噛み砕き、自死を図った。
「毒!?死なせません!『ハイ・クリアランス』!」
「クソっ!」
「モラ様の姿で汚い言葉遣いは許さん!」
セリアが不審者を取り押さえ、セラフィーネがすさまじい速度で捕縄術を施す。
「自死までしようとしたヤツが素直に喋るとは思わんが一応問おう。お前は何者だ。誰の差し金だ。本物のモラ様はどこだ?」
「・・・」
「さっさと変身を解け!」
セリアが我慢できずに拳で鳩尾に一撃を加える。
「ごはっ!」
キン キン
衝撃で不審者の口から吐瀉物とともに金属の鍵のようなものが飛び出し床を転がった。
マリアンヌがそれを拾い上げる。
「これは何の鍵だ?」
「・・・」
不審者は何も喋るつもりはないらしい。埒が明かないので、俺から提案を持ちかけることにする。
「提案なのだが、うちのアブを通じて助っ人として『アーケイン・ナブラ』のリリカ・エラディンを呼んでいる。彼女の力を借りるべきではないか?」
「なんだと?他国と通じていたのか貴様!」
セリアが俺に食って掛かろうとするが、マリアンヌがそれを制した。
「この現状が発覚したのはダンディ氏の疑念が発端だ。最大の功労者に事態を見過ごしていた我々が責める材料はない」
「なっ!?」
セリアは衝撃を受けたように目を見開いた。
「俺に犯罪歴はない。それを吹き込んだのは副官のサラ・モルスレッド。そうだな?」
「ああ、それは間違いない」
ルシエラが返答する。
「だとすると、吟遊詩人という立場を利用しての婦女暴行が目的で我々に接近したわけではなかったのか」
「とんだ名誉棄損だな。弱者男性代表として、裁判所があれば訴えてやるところだ」
ひとまず助力を乞いにリリカ・エラディンを呼ぶことになった。
我々は場所をロビーに移してリリカとついでにアブをクランハウスに招き入れた。
「よくぞ我を受け入れる気になったものだ。あの堅物揃いが」
「背は腹に変えられん。恥を忍んで助力を乞いたい」
「脆弱な存在が我に助力を乞うことの何が恥だというのだ?」
リリカはニヤニヤしながら相手の反応を待つ。
「本来であれば我々が内々で片づけなければならぬ問題。リリカ殿が如何に強大な力を持っているとはいえ、他国のクランの尻ぬぐいなどさせるべきではない」
「リリカ嬢、悪いが今はモラの居場所の特定を優先したい」
「時術師様がそうおっしゃるならそうするまでよ。モラの所持品などはあるか?」
「モラ様の自室からいくつか持って参ります」
ミリアがモラの所持品を取りに行った。
「さてその間に」
リリカはモラそっくりの不審者の方を向き、近づいた。
「『ディスペルマジック』」
不審者は光に包まれ、やつれた中年女性の姿になった。
「精巧な変身の術だが、隠蔽の術式が施されていない。魔力の流れを追える者なら見破るのは容易かろうよ。これならアブでも見破れるだろう」
「違和感はなんとなく分かったかも」
「そこの精霊術師も精霊術だけじゃなく『ディスペルマジック』ぐらい使えるようになっておけ」
「あいにく第2適正はシャーマンで魔術は専門外だ」
「完全に感覚派というわけか。では呪術の『無の風』で代用できる。それでどうにかしろ」
「助言、感謝する」
ミリアがモラの部屋から畳まれた衣服や装飾品を持ってきた。
変身が解除された様子を見て少し驚いていた。
「この人がモラ様に変身していたんですね」
「身のこなしから忍術を嗜んでいるかもしれない。関節を外した縄抜けに関しては警戒を怠るな」
「分かっている。任せておけ」
今も手を掴んで離さないセリアが得意げに言った。
「で、これがモラの所持品か、どれどれ『リトレース:モラ・キレイン』」
リリカは所持品の魔力の残滓をもとにクランハウス全域に捜索魔法を展開した。
「強い反応がこちらの部屋からする」
付いていく一行。マリアンヌが口を開いた。
「この先は礼拝室になっています」
「おそらくその方角だ」
礼拝室の扉を開けて中を確認すると、誰も居ない広い空間が広がっており、祭壇に配置された女神像が全てを見渡していた。
「ここだと思ったのだが奇麗なもんだな」
「こういうのはどっかに隠し階段とかあるもんじゃない?」
「そういえば不審者が持ってた鍵がここに」
「はよ言わんか」
「使えそうなとこを探そう」
一行は隅々まで探した結果、女神像の尻の部分に鍵を差せそうな穴があった。
「なんという冒涜的な」
「よりにもよって女神像にこのような細工を施すとは」
「内部の反体制派か、混乱をもたらそうとする外国勢力の犯行でしょうか」
「御託は良いからカギを使うぞ」
マリアンヌは鍵を差し込み、回した。
ガタン。ズズズズズ。
祭壇が移動し、地下へと降りる階段が出現した。
「これは血の匂い・・・!」
「モラ様!」
セリアとマリアンヌは駆け出して行ってしまった
仕方がないので遅れてついていくことにする。
地下室は倉庫のような場所だったが、ありとあらゆる拷問器具や工具が散らばっており、手術台のような場所の上と床には夥しい量の血がこびり付いていた。
「モラ様!そ、そんな!うぁあああああ!」
一番目立つ場所に安置されていたのはモラ・キレインの首から切断された頭部だった。透明な檻に囲われており、触れることはできそうにない。
「取り乱すでない。聖者はこの程度では死なん」
「!?お願いします。モラ様を助けてください。必要とあらば私の命も差し出します!」
こんな状態で生きているとか異世界ってとんでもないな・・・。
「おそらくこの強力な封印の術式のせいで仮死状態にあるようだ。ここをこうして・・・ふふ、これで組成式が丸見えだ」
リリカが目を閉じ深呼吸を始めた。周囲には大量の組成式を展開し始める。
「美しき獣よ、忌まわしき軛より解き放たん『ジェイル・ブレイク』!」
目に見えない鎖が崩れる音がした。途端にモラの頭部は淡い緑の光に包まれて再生を開始しようとする。みるみるうちにモラの血色が良くなった。
「ぐっ・・・ごほっ」
モラの頭部が口から血の塊を吐き出した。動くことができないようなので辺りを目の動きだけで確認しようとする。
「モラ様!」
「セリア、マリアンヌ、ルシエラ、ミリア、セラフィーネ、ダンディ様、アブ様、それにリリカ・エラディン」
喉から声が出せないようなので、思念で部屋全体に声を響かせているようだ。鈴の音のような清浄な印象を持つ声が狭い空間を反響する。
「このような事態に巻き込んでしまい誠に申し訳ありません。身内を疑いたくはなかったので私一人で何とか説得を試みようとした結果がこの有様です」
「これに懲りたら少しは人を疑うことを覚えるといいぞ」
「いえ、幸いなことに私を助けていただける仲間がこんなにいらっしゃるので、これからはもっと人を頼るつもりです」
「つまり、汚いことは他人に任せて自分だけは奇麗なままでいたいということか?」
「リリカ殿!その言いようではあまりにも」
「セリア、口を挟まないようお願いします。リリカ・エラディンのおっしゃる通りです。ですが、それが民の望む道でもあります」
「人に望まれてその道を歩むというのか。他人に責任を転嫁しているようにも聞こえるぞ」
「それは私の意志と民の願いが合致しているからこそです。他ならぬ私が見たいのです。民の幸せが続く様が。そのための偶像となれるのであれば、どんな無様も晒しましょう」
「人は偶像などなくとも生きていける」
「それは強者の論理です。弱き人々がいずれ偶像などなくても迷わぬように、そのために我々は在るのです」
「民が自分の元を離れるのも良しとするか。それは茨の道だぞ」
「神は各々の心の中にあります。偶像など所詮、導でしかありません」
「であれば目指すは高潔な精神、あくまで自身の心の在り方ということか。汝の矜持、関心はせぬが理解した。これ以上は問うまい」
俺も今日、似たような話をセラフィーネにした気がする。セラフィーネが目を丸くしてこちらを見ている。
「こちらの女性に見覚えは?モラ様に化けておりました」
セリアが縄で縛られている不審者を前に突き出した。
「過去に採用した女中さんですね。館内で顔を見かけることはありませんでしたが」
「首謀者はサラで間違いないでしょうか」
「はい、スラン本国の人族至上主義派閥との繋がりがありました。私の存在が邪魔なようです」
「他の4名も、なのでしょうか?」
「ティリス、エイラ、ルシンダ、フィオナの4名については個別に会話しなければ事情は分かりませんが、サラに協力しておりました」
「行方を追わなければ!」
「だがどこへ向かった?」
「こやつに訊いてみるか」
リリカは変装していた女中の眉間に指を突きつけ集中した。
「『ヒプノタイズ』」
女中(仮)の表情がぼんやりとし、焦点が合わなくなった。
「問おう。サラ、ティリス、エイラ、ルシンダ、フィオナの5名はどこへ行った」
「聖者モラの聖骸を5つに分け、それぞれを持って早ラゾを使い別方向へ向かったはずだ」
「それはモラを完全に殺害するためだな?」
「そうだ」
「他に手引きしている者は居るか?」
「分からない」
「頭をここに置いたのは何故だ」
「驚くべきことにモラの頭は切り離してもまだ生きており、さらに意思を持っていたため、やむなく封印した。封印するとその場から容易に動かすことはできない」
「ふむ、まだ聞きたいことはあるがモラの体を取り返すのが先だの。首だけの状態では長くとも3日が限度よ」
そう言ってリリカは催眠を解除した。
「持ち出しからどれくらいの時間が経過している?」
「およそ1刻かと」
「追うぞ!『ダスク・エヴァンジェル』の面々はツーマンセルで各方面を探せ」
「そんな曖昧な方法では先にモラの命が尽きるだけだ」
リリカはあたりに流れて固まりつつある血液を指にこびり付けた。
「『ブラッド・リトレース』」
赤黒い光を放ち、リリカにだけ見える『道』が視える。
「北門から1名、東門から1名、南門から2名、西門から1名だ」
「くっなんと卑劣な・・・」
「ここまでせんとモラを殺害できないのだ。苦労が伺える」
「リリカ!」
「分かっておるわ。口が過ぎるのは愛嬌のうちだ、しかし困ったな・・・回って行って確保していく間に国境を越えられてしまう。そうすると捜索はさらに困難になる」
「ああそれなんだが」
俺が口を挟む。アブも察しがついたようだ。
「いい方法がある」
「うおおおお!『空中楽隊超特急』」
リョーマが何か叫んでいるが、今俺たちは空を飛んでいる。空を飛びつつ演奏をしている。すさまじい速度が出ている。
「ははは!呪歌にこのような相乗効果があったとは初耳だ。よくもこんな隠し玉を持っておったな」
「ごめんけど移動中は集中させて!」
「後で詳細は聞かせてもらうぞ」
しばらく飛んでいるとラゾに乗ったフードの人物を発見した。
「標的はあれだ。着陸するぞ」
「着陸の仕方分かんない!リリカ!なんとかして」
「仕方ないの。『ショックアブゾーブ』」
ドゥン
我々はラゾの進行方向にクレーターを作りながら不時着した。
御者が手綱を握っていたラゾは大きく嘶き、ラゾは停止した。
「ルシンダ!モラ様の体、返してもらいますよ!」
ルシンダと呼ばれたフードの人物は決死の表情で反発した。
「ミリア、なぜここに!・・・私はここで終わるわけにはいかないのに!」
「多勢に無勢ですよ。これ以上罪を重ねるつもりですか?」
「リリカ・エラディン!?こんなに早く他国に知れ渡るとは・・・」
ルシンダはそう呟くと涙を溢しながら急に力が抜けたように崩れ落ちた。
「もう終わりだ。やはり、このようなこと、決して許されるべきではない」
「犯行の動機については取り調べで真実を話してください。我々には時間がありません」
我々はルシンダの所持しているマジックバッグの中身を確認し、モラの右腕が入っているホルマリン漬けのような大きなショーケースを発見した。一旦こちら側のマジックバッグに格納する。
「悪いが方々に散らばって逃げたせいで手間が増えた罰だ。護送体制が整うまで封印させてもらうぞ」
リリカが冷たく言い放ち、周囲に組成式が展開される。
「トリプルスペル『チェインジェイル』『クリスタルケージ』『フェイドサイン』」
リリカの詠唱と同時にルシンダは巨大なクリスタルの中に閉じ込められ、鎖で拘束された上に意識を失った。その上から岩の幻影を被せられる。
「刺客に始末されると厄介だから防護結界と隠蔽魔法のおまけつきだ。表面上はただの岩にしか見えんし魔力反応もそこらの岩と同等で解除も容易くはない」
「ミリアさん。地図にマークしておいた方が良いんじゃない?これ、流石に分からないよ」
アブが進言する。
「そうさせてもらいます」
ミリアは所持していたマジックポーチを開け、中から地図を取り出し、この地点に情報を書き込んだ。
「では次へ向かうぞ」
「カウントォ!」
「わんつーさんしー」




