第19話 事案
俺の名前は柳田泰造。今はジャック・ダンディと名乗っている。本名を隠す意味は無いのだが、強いて利点を挙げるとすれば自身の神秘性が保たれるという点だ。他人からは距離を置かれやすく、プライベートな部分に踏み込まれることもない。もっとも、本名を公開して影響がある相手も今となってはバンドメンバーぐらいのものだろう。その機会もいつ巡ってくるかも分からないが、公開しなくて困ることというのも思いつかないのでそのままにしている。
話が逸れたが、ライブをしていた俺たちは、少しばかり厄介なDEI団体に銃撃され、気が付くと剣と魔法のファンタジーが蔓延るこの異世界に転移していた。それから諸々あって、今は中立的な立場の吟遊詩人として神聖スラン教国の派遣クラン『ダスク・エヴァンジェル』に参加している。
のだが。
「オラァッ!汚らわしいオスブタがっ!」
「ぐはっ」
俺は背中を蹴られ地面に倒れ込んだ。
「初日にあれだけやられてよく今日も顔を出せたものだな。その根性だけは認めてやる」
「打たれて喜ぶ趣味でもあるんじゃないかしら」
「気持ちわるぅ~い!」
「ご期待に沿えなくて悪いが、俺にはそっちの気はないぜ」
「誰が勝手に喋って良いと言ったゴミムシ!」
「ぐっ・・・」
斧槍の石突で肩を強かに打たれて俺は呻き声をあげた。
脂汗を浮かべながら抗議する。
「俺が話すのには誰の許可もいらない。聴きたくなければ耳を塞いでいろ」
「チッ・・・モラ様はなぜこのような輩を招き入れたのだ」
先ほどから俺に乱暴を働いているこの女はセリア。ジョブはアマゾネス。斧槍の女戦士だ。
「しかし、格付けは済んでるから良いのではないか?口は減らないみたいだが」
心底どうでも良さそうに喋るこの女はパラディンのマリアンヌ。剣と盾を持った典型的な女騎士といった風体だ。
「その通りだ。嬢ちゃん達から見れば、俺はただの弱者男性に過ぎない」
「オジサンそんなんで情けなくないの?雑ぁ魚雑ぁ魚~」
煽情的に挑発してくるこいつはセラフィーネ。ジョブは狩人で、火力寄りのスカウトジョブといった位置づけだ。
「そもそも吟遊詩人にまともな女が居なかったのが悪い。お前はなぜ女ではないのだ」
理不尽な文句をつけてくるこの女はルシエラ。精霊術師というジョブで、魔法使いの一種のようだ。
「喫煙者の女性とどっちを選ぶかって感じだったらしいですよ」
丁寧語の女は祈祷術師のミリア。この中では一番まともそうに見える。
「では男の方がマシだな」
「俺はスランのことは良く分からんが、喫煙者の何がそんなに嫌なんだ」
「お前に語って聞かせる教えなどないわ!寄生虫が!」
「もう、いちいち怒鳴ってたら仕事も終わりませんよ。そろそろ我慢してモラ様の言いつけを守りましょう」
「フン、モラ様の命でなければお前など、お前など・・・」
(少しは待遇が改善される動きが見えた。我慢してみるものだな)
俺は今、『ダスク・エヴァンジェル』の2軍とともにダンジョンに来ている。メンバーからの待遇には問題があるが、モラ・キレインへの善意からくる行動だということは分かった。表向きには2軍で鍛えてから1軍への流れが決まっているのだが、俺はこの人事には違和感がある。その正体を探るべく、俺は理不尽な仕打ちにも文句ひとつで耐えているというわけだ。
「ゴブリンの群れだよ!」
「蹴散らすぞ!」
「この規模ならアローレインで先制しちゃうね」
「任せた」
セラフィーネが矢束をつがえ少しの溜めとともに放った。
「『アローレイン』」
空へ向かって放った矢は頂点で分裂してゴブリンの群れを急襲した。
「グゲッ」
「キヒーッ」
ゴブリンの大半は矢を受け消滅した。
「残りは任せろ!」
「斬る」
セリアとマリアンヌが残党に向かって突撃し。群れは全滅した。
「低層は退屈ね」
「おい、お前。なぜ1層から攻略しなければならんのだ」
ルシエラが難癖をつけてきたがこれには回答出来そうだったので答えることにする。
「俺が未踏破だからだろう。攻略深度と練度を上げつつ安全に経験を積ませるためと聞いているが」
「私は不満をぶつけているのだ。理由を聞いているのではない」
「自分で分かっていながら、よくそんなことが口にできるな・・・」
「お前がモラ様に群がる虫の一つであり続ける以上はそうだ」
「ハッ、そうかよ」
やはりスタンスを明確にした方が良いな。
「俺は中立的立場の吟遊詩人枠として五国間協議会の承認を受けてここに参加している。俺が女性でないのは、唯一の女性が喫煙者だったからだ。俺に落ち度はない」
「またゴチャゴチャと屁理屈を!女ばかりと聞いて鼻の下を伸ばしながらノコノコやってきたのだろう男根主義者め」
セリアが割って入ってきた。5人全員と会話しようとするとすぐに論点をずらされる。
「待てセリア。私としても気になる点がある」
「マリアンヌ。お前がそう言うなら尋問を始めてくれて構わない」
「このような事、歩きながらの雑談でいいだろう」
「私の質問は一つ。お前はモラ様をどう思っている」
この質問には慎重に答えざるを得ない。敬意をもって近すぎず遠すぎないと必ず不興を買う。問題は5人のラインが同じではないことだ。
「俺しか選択肢がなかった点は同情する。だが、現状を嘆かずに持てる駒で最善を尽くして欲しい」
「上から目線でえらそ~」
セラフィーネが揶揄うような感想を漏らす。だが、こいつはいつも揶揄うだけで負の感情はほとんどないことに気が付く。マリアンヌは・・・。
「お前が本当にそう考えているなら『ダスク・エヴァンジェル』は変われるかもしれない」
「なんだと!マリアンヌと言えど今の発言の真を問うぞ」
「セリア、貴方は少し盲目的。モラ様を崇拝するあまり、変化を恐れている」
「それがこのような男によってもたらされる変化であればなおのことだ!盲目的と言われようが一向に構わん!私は両の眼を失ってでもモラ様に集る害虫を駆除する!」
このセリアという女、笑えるぐらい頑固で逆に尊敬できるな。
「モラ様はこの男は信用できると仰っていました。その男の姿格好や言動に問題があるのは確かですが、モラ様の判断を疑うつもりで?」
「我々だけなのだ・・・モラ様を守れる立場にあるのは。他の4国がモラ様の善性に付け込み、良いように言いくるめたに違いない」
「であればモラ様はそれを神の与えた試練と考えるのでは?」
「試練・・・だと?」
「敢えてこの薄汚いウジムシを我々の側に置くことで精神面の成長を促そうという意図が・・・?」
「ふむ・・・そういわれると確かに腑に落ちる部分もある」
「癪だけどマリアンヌに乗せられよっかな~。苛めるのも可哀そうになってきたし~」
「おい、お前。今までの無駄な時間を返せ」
「無駄な時間なんて1秒たりとも無い。お前たちの選択とそれに至る経緯を尊重するまでだ」
ルシエラは俺の返答に目を丸くして驚いたようだった。
「・・・ふん、戯言を」
「あまり調子に乗るなよ」
散々な言われようだが、少なくとも手は上げられなくなってきた。
「とどめだ!『破盾衝』!」
セリアが斧槍を激しく前に突き出すと波動が生じ、それまでのダメージを蓄積していた『嘆きの騎士』を構えていた盾ごと貫通し消滅させてしまった。
「片付いたな」
「造作もない。進むぞ」
流石に、戦闘は選りすぐりのエリートだけあってスムーズだった。
「『鏡像のレゾナンス』結構いい感じじゃん」
セラフィーネが小声で俺に話しかけてきた。
「俺個人が気に入らないのは分かっているが、吟遊詩人の性能に偽りはないだろう」
「別にオジサンが気に入らないわけじゃないよ。強情すぎるからなんかあるかなと思って試してみただけ」
「ふっ、とんだ性悪だな。これからはせいぜい罪な女にならないように気をつけろ」
「罪ね・・・」
セラフィーネが目を伏せて何かを考える仕草を見せたが、それも束の間。
「セリアがあれだけ荒れてたんじゃ話にならないでしょ。オジサンには悪いけどセリアのストレス解消相手になってもらったってわけ」
「なるほど、戦略的な判断というわけか」
「物わかり良すぎでしょ。なんでそんなに落ち着いてられるの?」
「俺の半分も生きていないような小娘たちに無様な姿は見せられないさ」
「つんのめりながら地面に倒れこんだりするのは無様な姿じゃないの?」
「心の在り方の話だ。あの時は見上げた雲の切れ間の日差しが美しかったぜ」
「ふ~ん、やっぱ変わってるわオジサン」
(セラフィーネの人となりは少し分かったが、どうする?頼んでみるか)
俺の中の懸念を伝えるに足る人物なら早い方が良いだろう。
「なあ、セラフィーネ。今日は午後から時間はあるか?クランの懸念点について伝えたいことがある」
「・・・!もし、ナンパだったら通報するからね」
「心配なら気の許せる連れを呼んで来い。あと通報は効くから、するな」
感情の機微には敏感な娘だ。きっと心当たりはあるのだろう。
その日は14層まで攻略して帰還した。
「で、ダンディ。言われた通りリリカを連れてきたけど何の用事か説明して」
『カフェ・デュモンド』の看板を付けた喫茶店内のボックス席で、俺はアブに詰め寄られている。
「時間がなくてな。今から説明する」
「時術師様の用事なら貸しを作れるというもの。何の用件かは分からぬが喜んで力を貸そうぞ」
「あいにくだがそちらの方面は期待しないでくれ。俺自身今まで時術を使えたこともなければ仕組みもさっぱり分からん」
「それはゆくゆく返せばよい」
「恩に着る。で、その用件だが、『ダスク・エヴァンジェル』のメンバーと上手くいっていないという話は昨日したな?」
「まさかここに呼んだの?出会い頭で顔面にグーパンお見舞いしていい?」
「早まるな。コミュニケーションを続けていくうちに不審な点を発見したんだ。食い違いについて是正できないかと思ってな・・・お、来たな」
赤い髪をサイドテールにしてまとめた少女と言ってもいいような見た目の狩人、セラフィーネともう一人。堅物そうだが何を考えているのか読めない鈍色の瞳に橙色の巻き毛を揺らせた女パラディン、マリアンヌが姿を見せていた。2人とも目立たないように私服姿だ。
「待たせたな」
「今来たところだ」
「それデートの待ち合わせのお決まり文句」
「この人数だと合コン?男女の人数ちゃんと合わせときなさいよねダンディ」
「男2名に女4名か。次からは留意するとしよう」
「あれ?5人しかいなくない?」
「気にするな。冗談はそのくらいにして早速、本題に入るぞ」
セラフィーネとマリアンヌが息を呑むのが分かった。
「まずは俺の加入が決定した時の会議の様子について認識の齟齬を是正したい。証人として『アーケイン・ナブラ』のリリカ・エラディン、『ストレンジ・ストレンジャーズ』の濁川鐙を呼んでいる」
「濁川鐙です。ダンディがいつもお世話になっております」
「私はセラフィーネ。狩人だよ」
「パラディンのマリアンヌだ」
リリカは挨拶もせずふんぞり返っている。話したくなったら口を出すだろうし、まずは話を進めるとしよう。
「その時の様子についてアブから話してもらえるか?客観的な視点が必要だ」
「あたし?別にいいけど」
変に自分を美化したり、誇張したり、へりくだったりするのを防ぎたいというのがある。相手への印象には気を使いたい。
「まず、ダンディの加入の経緯としては、ファーストコンタクトを取った『幻影の刃』を除いて、『ダスク・エヴァンジェル』が最初に我々との交渉権を得たの。そして、一位指名したのがあたしこと濁川鐙。でも、そこで加入するには至らなかった。なぜなら、あたしは女性であると同時に男性でもあったから」
「その件については聞き及んでいます」
「あ、だからさっき人数が合わなかったのね」
感心したようにセラフィーネが漏らした。
「で、次に指名したのがうちの朽名紗季。だけどこれも喫煙者という理由で話が流れた。そして残りは男性しかいなくなった」
「そこまでは聞いてるわ」
「それから条件を満たす人が居ないからってことで『ダスク・エヴァンジェル』の順番が流れちゃって、『アーケイン・ナブラ』とあたしが先に合意に至ったわけ。ダンディは余ったところに行くって終始言ってたんだよ。余計な争いが起こらないように。モラさんは最終的にダンディに涙を流してまで感謝して、クランメンバーを必ず説得すると伝えた」
「・・・そこは聞いている話と違うな」
マリアンヌは眉を顰め、瞳も細くなる。
「リリカ・エラディンの名において濁川鐙の証言に偽りがないことを保証する」
リリカの宣言によりマリアンヌとセラフィーネに更に緊張が走る。
「誰にどう聞いたか話してもらえるか?」
「私が話を聞いたのは副官のサラ・モルスレッド。彼女によるとジャック・ダンディは犯罪歴があり、『ダスク・エヴァンジェル』を1位指名したと話していたわ。それを哀れんだモラ様が加入を許可したと」
「犯罪歴があることについて本人に触れてはいけないと言われたのよ。まさか心証を悪くするため・・・?」
「本人に触れてはいけないというのはなるほどな。あの歯切れの悪い理不尽な待遇にも納得がいく。分断は必ず起き、認識の違いを指摘できないため是正もされにくい。狡猾な手を考えたものだ」
「お前のところの察しの悪い猪女にはさらに色々吹き込んだのだろう。具体的な犯罪の内容などをな」
リリカも口を挟んできた。
「ちなみにリリカはモラさんに対して隊員の妊娠が嫌なら避妊魔法を使えだのかなり酷いことを言ってたよ」
「あっはっは!そりゃそうだよね。私もそう思うよ」
「セラフィーネ!お前というやつは・・・」
マリアンヌが呆れたように腹を抱えて笑うセラフィーネを見やる。
「1位指名したことについては、解釈によっては間違いではないが、犯罪歴については出鱈目もいいとこだ。いや、俺自身の罪というのはこの半生の中であったのかもしれないが」
「ダンディ、今そういうのは良いから」
「ともかく、話をまとめると今モラ様は・・・」
「ああ、おそらく危険な状況にある」
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